第8話 橘さんに詰め寄る山碕を退治する

(やっぱりこの学校は、異世界では兵士訓練校だったんだ……)


俺はそんな感想抱きつつ、放課後の学校の様子を見て回っていた。


 異世界では訓練校の地下にMOAの格納庫があったので、冗談半分でそこへの入り口に相当した扉を開いてみる。

もちろんそこはただの用具入れだった。


(本当にMOAの格納庫があったら、それはそれで困るけどな……)


 さて、そろそろ、家路へ着こうと考えていたときのこと。


「なぁ! アンタ、俺が告った時言ったよな!? "誰とも付き合うつもりはない"って! なのになんなんだよ、アレは!」


「そ、それは……!」


 物陰から山碕の怒鳴り声が聞こえる。

同時に怯えた様子の女子の声も。


(あいつはなんなんだ……!)


 もはや、俺にとってはあんな奴恐るるに足らない。

そして、もしもアイツに困らされる人がいるのなら助け出すべきだ。


 俺は堂々と山碕へ姿を晒す。

そして一瞬で、山碕に対して明確な怒りを覚えた。


「田端くんっ……!」


 なんと山碕が壁際に追い詰めていたのは、あろうことか"橘さん"だったのだ。


「た、田端、てめぇ! なんのようだ! 邪魔すんな! これは俺と橘さんの問題だ!」


 焦った表情を浮かべる山碕。

そして壁に追い詰められている橘さんは救いを求めるかのような視線をこちらへ寄せている。


「橘さんが嫌がっている。さっさと解放しろ」


「さっきからてめぇは調子に乗って……!」


「早くしないか!」


「だから、てめぇは関係ないだろうが! いちいち絡んでくんじゃねぇー!」」


 山碕はの拳が俺の腹を穿った。

 かつての俺はこの拳に何度も苦しめられたと記憶している。


「なっ……!? なんなんだよ、この硬さ……!?」


 山碕は驚愕の表情を浮かべ、後ろへ下がる。

 実際、俺自身も大したダメージは受けていない。

むしろ、女性である林原軍曹殿の方が、よっぽど良い拳だと思った。


 異世界での厳しい訓練のおかげで、俺には鎧のような筋肉が付き、軟弱な拳などまるで効かなくなっている。


(こういう輩は徹底的に潰しておかないとな!)


 そう心に決め、ぎゅっと拳を握りしめた。


「ひぃっ!?」


 俺が鋭く拳を突き出すと、山碕は情けない悲鳴をあげながら、尻餅をついた。

もちろん、当ててはおらず、寸止めでた。

こんなくだらない奴を殴って、停学になどなりたくはないからだ。


「これが本当の拳だ。覚えておけ」


「あ、あわ……」


「失せろ! 速やかに! そして2度と橘さんへ近づくな!」


「ち、ちくしょぉぉぉーーーー!」


 山碕は苦々しい表情を浮かべながら、その場から走り去って行くのだった。


「あ、ありがとう! 田端くんっ!」


後ろから橘さんのお礼がきこえたので、振り返った。

彼女はすごく安堵した表情を浮かべている。


「山碕と何があった?」


「そ、それはえっと……なんだか山碕くん、私が、た、田端くんにクッキーあげてたの、気に入らなかったみたいで……それで……」


 確か"元の世界の橘さん"はあらゆる告白を断る、難攻不落の女子だったと記憶している。

男性との関わり自体を避けているという噂も耳にしたことがあった。

そんな子が、特定の男子に、何かを渡していると知ったから、山碕は逆上したのだろう。


(そんなことぐらいで感情が爆発できるのだから、元の世界はかなり平和なんだな……)


「あ、あのね! 田端くんのこと、探してましたっ!」


と、元の世界の平和をありがたがっていた俺へ、橘さんは顔を上気させつつ声をかけてくる。


「俺のことを探してた?」


 コクコク愛らしく頷く橘さんだった。

さすがにこのまま話すのはよくないと思った。


「ではそこの休憩スペースで話そう」


「あ、ありがとっ!」


「座って待っていてくれ。飲み物を買ってくる」


「あ、べ、別に! そんな……」


「遠慮しないでくれ」


そう橘さんへ言い残し、自販機へ向かってゆく。


(確か異世界のめぐも"これ"が好きだったから、おそらく橘さんも……)


たぶん"橘さんも好きであろう飲料"と自分用のブラック缶コーヒーを購入し、席へ戻ってゆく。


「どうぞ」


「あ、ありがと……って!?」


「ロイヤルミルクティーじゃなかったか?」


「だ、大好物……!」


 食糧事情の厳しかった異世界では、牛乳入りの紅茶などというものは、貴重品だった。

異世界のめぐは好物のこれを飲むために、ひたすら訓練で高得点を叩き出し、報酬としてロイヤルミルクティーを獲得し続けていた時もあった。


「でもなんでこれを選んで……?」


「な、なんとなく橘さんはこれが好きなような気がして……」


 まさか"君の好みを把握している"などの、キモいことを、正面切って言えるはずもない。

何故なら、こうして橘さんとまともに話すようになったのは、元の世界ではあくまで"昨日から"なのだから。


「ところで、俺への用事とは?」


「あ、えっと、またお礼を……」


「?」


「今朝、山碕くんたちへいってくれたこと……作った人の気持ちを考えろ、踏み躙るなって……あと、それにさっきのお礼も加わって……」


 朝に俺が山碕へ放ったを言葉を、橘さんはそう解釈しているらしい。

もっとも、あの時の俺は、怒りのあまりどんな言葉を言ったのかよく覚えてはいないのが正直なところだ。


「すごく嬉しかったです……だから、本当にありがと」


「なんだか後半は巻き込んだみたいになり申し訳なかった……」


「そんなこと! せっかく田端くんが、言ってくれたんだから、私も!」


「勇ましいな」


「そ、そう?」


「そうだとも。橘さんのそういうところ、かっこいいと思う」


素直な感想を口にすると、橘さんは顔を真っ赤にして照れていた。


 実際、異世界のめぐは、状況に流されたとはいえ、最終的には数十名の部下を従え、五稜郭要塞の最終防衛ラインE地区の守備を受け持っていた。

 しかも進駐軍に解体されたとはいえ、あちらの世界の過去では、とても尊敬されていた華麗なる一族の"橘氏"の血筋を受け継ぐものだったのだ。元の世界の橘さんが勇ましくても何ら不思議なことはない。


「なんだか昨日からずっと不思議な気分……」


 橘さんはミルクティーを口に運びつつ、そう溢す。


「こうして田端くんとお話しするようになったのは、昨日なのに、不思議とずっと前から知っていたかのような気分……」


「……気が合ってた、ってことじゃないか……?」


「はぁ……」


「なぜ急にため息を?」


「えっと、その……も、もしも……去年から、仲良かったら……もっと学校、楽しかったかなぁって……」


 橘さんの雰囲気からなんとなくだけど"話を深掘りしてほしい"という気配を感じとる俺だった。

異世界で、とはいえ彼女と重ねた時間と経験が、俺にそう判断させたのだ。


「学校がつまらないのか?」


そう問いかけると、彼女は迷わず首肯をしてみせた。

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