第7話 もうお前らなど恐るるにたらん!

「見せろよ」


(……ああ……確か、こいつは"山碕やまざき"って奴だ。で、山碕へ金魚の糞みたいにくっつているのは……ええっと……そうだ、川島と豊田だったな……)


 山碕を含む、この三人は、異世界へ旅立つ前の弱気な俺へ、度々ちょっかいを出してきていた連中だとは思いだしていた。


「このクッキーなんだよ? 誰から貰ったんだよ?」


「ママからじゃね? 進級おめでとう! 的な?」


「良い歳こいてマザコンかぁ。情けねぇなぁ」


 阿呆三人は俺にヘラヘラとした視線を送っている。


「てかお前、なに生意気にネクタイ緩めてんだよ? イメチェンのつもりか?」


「僕、春休みで変わると誓いまちた〜!」


「イキってるだけじゃね?」


 三人は好き放題、俺のことを揶揄っていた。


 おそらく……転移前の俺ならば、恥ずかしかったり、悔しかったりで、こいつらの喜びそうなリアクションをとっていたことだろう。

しかし、今は何を言われても、何も感じず、ただ煩いと思うばかり。

ここは嵐が過ぎ去るのを待つが如く、大人しくしているのが賢明だろうか。


「おい、なに無視してんだよ!」


 山碕が苛立たしげに詰め寄ってくる。

俺はただ静かに、貝のように口を閉ざし、山碕らが飽きるのを待つ。

そんな中、橘さんより貰ったクッキーの包みが目の前から消失する。


 犯人はもちろん山碕。

俺は思わず、山碕を睨み上げてしまう。


「なんだよ、その目は? そんなに大事なもんなのかよ、こんなもんがよ?」


 ようやく俺がリアクションしたことに山碕らは満足したのだろう

奴らはより一層にやけた表情で俺を見下ろしてくる。


「……悪いが、それを返してもらえないか? 大事なものなんだ」


 俺は声を低めにし、山碕の目を見ながらそう言った。

瞬間、山碕は明らかに動揺したリアクションをしてみせる。


「なに睨んでんだよ! こっち見んな!」


 山碕がそう叫んだ瞬間、彼の手元からクッキーの包みが、床へ滑り落ちた。

そして床からグシャっといった、不穏な音が上がるのだった。


「拾え」


「は?」


「人のものを勝手に奪っておいて、床へ落としたんだ。拾ってくれ」


 俺は込み上げる怒りを、なるべく抑えつつ山碕へ要求する。


「お前、俺に命令するだなんて随分偉くなったのな?」


 この阿呆はまだ俺の怒りに気づいていないのか、そのままの調子で絡んでくる。


「おい、聞いたかよ。田端、この俺に拾えだってよ」


「あれれー良いのかなぁ? この後どうなっちゃっても」


「あー、俺、帰りにチーズバーガー食いてぇなぁ〜」


「……黙って拾え! 良い加減にしろ!」


 流石に我慢の限界を超えた俺は叫んだ。

こんなリアクションなど予想外だっただろう山碕らは、一瞬で表情を凍り付かせた。


「俺を揶揄ったり、馬鹿にしたりすることに文句は言わん! 好きにすればいい! だけど、そのクッキーは別だ! 早く拾え!」


「な、なに、マジになってんだよ……! たかがクッキーだろうが……」


「たかがじゃないっ! これはとある人が丹精込めて作ったものだ! その気持ちを今のお前は踏み躙っているに他ならない!」


「な、なんだよ、コイツ……!?」


 それでも山碕は、クッキーを拾おうとはしなかった。

さすがにいつまでも床の上にあるのはよくないと思い席を立つ。


透明な包みの中で、クッキーの何枚か落下の衝撃で割れてしまっていた。


「なんの騒ぎ……?」


 無垢な声が頭上から降り注いできた。

振り返るとそこには、きょとんとしている橘さんの姿があった。


「なんでもない。気にしないでくれ」


「あっ……割れちゃってる……」


 橘さんはわざわざ俺と同じ目線までかがみ込んでそう言った。

彼女の横顔はとても悲しそうなものになってしまっている。


「申し訳ない。こんなことになってしまって……」


「大丈夫、です……わざとじゃないの、わかってますから……でも……」


「え? え? そのクッキーって、もしかして……!?」


ようやく山碕は気がついたらしい。

ついでに、取り巻きの川島と豊田も。


「なんで橘さんが田端なんかにクッキーを!?」


 橘さんは山碕の言葉に一切答えない。

先ほどまで悲しみが浮かんでいた横顔には、明確な怒りが滲んできている。


「……あの……橘さん……ごめんなさい……」


さすがの山碕も、橘さんへ謝罪を述べたのだが、


「私に謝られても困る! 謝るなら田端くんへ、ですっ!」


「ーーッ!!」


 全くもってその通り……だとの、ヒソヒソ声が周囲から上がり始める。

同時に山碕と同じく"どうして橘さんが、田端へ……"などという声もちらほらと。

 俺はあえて立ち上がり、腰を折っている山碕を見下ろした。


「改めていう。お前が落としたんだ。拾え」


「っ……」


「早くしないか!」


「っ!!」


 山碕は苦々しい表情を浮かべつつ、クッキーの包みを拾い上げ、机の上へおく。

そして川島と豊田を引き連れて、逃げるようにその場から走り去ってゆく。


そんな中、教室のスピーカーより、始業式が始まるので体育館へ集まるように、との放送が流れ始めた。

山碕らを含め、クラスメイトたちは、続々と足早に教室を出てゆく。


そうして教室に2人きりになると、それまで厳しかった橘さんの横顔が、急激に寂しそうな雰囲気へと変わっていった。


俺は包みのリボンを解き、割れたクッキーを口へと運ぶ。


「……美味いな。昨日のオムライスも最高だったが、このクッキーも」


「でも、割れちゃってます……綺麗なの食べて欲しかったのに……」


 橘さんはすごく寂しげな様子でそういった。


「俺の方こそ、守りきれなくてすまないと思っている」


「え!? で、でも、別に田端くんが悪い訳じゃ……!」


橘さんがそう言った直後、教員が早く体育館へ移動するよう促してくる。


「行こうか」


「うん……ありがと……」


 俺と橘さんは足早に急いで体育館へ向かってゆくのだった。

 その道中、何故か橘さんがずっとこちらを見ているような気がしてならなかった。



【作者からの重ねての大事なお願い】


 本作はカクヨムコン9の参加作品となります。

読者選考を通り、先を見据えるためにも、是非作品フォロー・★評価・各エピソードへのいいね・ご感想などをください。いずれも本作の評価の基準となり、躍進するきっかけとなります。

 ですので、本作を良いと思ってくださいましたら、些細なことであろうともなにかしらの“アクション”を起こしてくださいますよう、お願い申し上げます。

 また併せて作者フォローもしていただけますと、大変ありがたく存じます。

それではどうぞよろしくお願いいたします。

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