第9話 橘さんはハンバーグのきぶん

「……話せる子はいます……だけど、なんか空っぽで……」


 そういえば異世界のめぐも、同じことを言っていたような気がした。

"橘氏"の宿命と、彼女は言っていたような気がする。

となると、元の世界の橘さんは"鮫島さん"とは、まだ仲良くなっていないらしい。


「上部だけの付き合いは辛いのはよくわかる」


俺は異世界のめぐへ伝えたことと、全く同じ言葉を橘さんへ返す。


「そういうところ!」


橘さんは綺麗なその顔立ちを、ニカっと笑わせる。


「みんな空っぽって言ってもわかってくれない……でも、田端くんはわかってくれました……!」


まぁ、かくいう俺も、めぐの指す"空っぽ"という言葉を理解するのに、割と時間がかかったと思いだす。


「なんでわかったんですか? 空っぽの意味……?」


 橘さんのやや青みを帯びた、丸い瞳がじぃっと俺のこと見つめてくる。


「た、たまたまだ……」


 俺は努めて平静を装って、そう答える。

だが実際は、意図して、こうして彼女の望む答えを返しているという自覚はあった。

なにせ俺は、異世界に存在した彼女と長い日々を共に過ごし、最終的には副官としてこの子のことを支え続けていたのだから。


「たまたまでも良いです……たまたまでも、こうして田端くんと一緒にいるのが心地良い……」


「そうか……それはありがとう……」


 またまた平気な風を装って、受け答える俺。

ここまで言われて、胸が高鳴らない男などいないだろう。

しかも相手は勝手知ったるやとはいえ、学校内でも評判の高い橘さんなのだから。


「……だから……その……」


「?」


「い、一緒に帰りませんか……?」


 そんな橘さんは、俺へ更に追い打ちをしかけてくる。

さすがにこれは予想外の言葉だった。



●●●



「田端くんって、やっぱり紳士、ですね……?」


帰り道の中、橘さんの横顔が妙に嬉しそうなものに変化する。


「急にどうした?」


「さっきからずっと車道側を歩いてくれて、ます……」


「た、たまたまだ……」


そう答えた俺へ、橘さんは優しい笑みを返してくれた。


 ちなみにこれは、副官だった頃の癖だ。

彼女を守ることこそ、人類の平和へつながると考え、いつでもこの子の盾になれるよう意識的に動いていたのだから。


 しかし、やけに周りの視線が気になった。

特に下校途中の我が校に通う男子生徒からの……。


「なんか、田端くん、良い意味ですごく変わり、ましたね……?」


だが橘さんは、そんな周囲の視線などものともせず、俺へ親しげに問いを投げかけてきた。


「そうか?」


「すごく、その……大きくなったような気がします……!」


 確かに体付きは、兵士としての訓練で鍛えられ、大きくなった自覚はある。


「よく見てるな」


「あ、えっと! そ、それは……お、お隣さん、ですからっ! なんとなく見かけていた前と比べてっ!」


 こうして狼狽える彼女を見るのも久々だった。

異世界の頃は、訓練校の時こそ、こうした年相応の表情を見せてくれていた。

だけど軍に正規配属され、北海道へ逃げ延びて以降は、だんだんとこうした表情を見せなくなっていた。

だからこうして、コロコロと表情を変える彼女を見られて、正直に嬉しい。


「春休み中? に何かありました……?」


「色々とあって……ちょっと自分を変えてみようと思って努力したんだ……」


 とりあえず、それっぽい言葉でお茶を濁すことにした。

まさか、3年以上も悲惨な異世界にいて、こうならざるを得なかった……などと言っても信じてもらえるはずもないだろう。

むしろそんな話をすれば、頭のおかしい人と思われかねない。


「凄い……尊敬します……」


「そうか?」


「変わろうと努力して、それができたことが……」


「あ、ありがとう……」


ここまで褒めちぎられて、動揺しない方がおかしいと思う。

そんな俺の様子を楽しげにみている辺り、元の世界の橘さんも、俺の扱い方を理解し始めている様子だった。


「あ、あの、田端くん……!」


 突然、橘さんは随分思い詰めた様子で俺の名前を呼んでくる。


「ん?」


「えっと、その……ば、晩御飯は、どうするつもり、ですかっ!?」


 そう問われ、よく考えてなかったと思った。

ふと視界の隅に、チェーン店のハンバーグ屋さんが目に止まったので、「ハンバーグでも食べようかと」と答える。


「あそこのハンバーグ美味しいと思います。ハンバーグが、好き、なんですか……?」


「いや、たまたま目に入っただけだから」


「だったら……作りましょうか……?」


「え?」


「実は私も今夜は……たまたまハンバーグの気分……ちょうど良いかなって……ダメ……?」


 ここまで言われて、断る方がどうかしていると思う。

それに今夜も一緒に美味いものが食べられるのは心底嬉しい。

だから俺は「よろしくお願いします」と答え、彼女は「よろしくお願いされます!」と戯けた様子で返してきてくれたのだった。


「じゃあまずはお買い物から……うわぁ! もうこんな時間!」


「な、なんだ急に!?」


「好機! 今日は万丈桜井のセールの日!」


「万丈桜井って、あの高級スーパーの!?」


「クーポンも……あった! これでタイムセールに加えて、二割引!」


 橘さんはものすごくノリノリな様子でスマホを印籠のように突きつけてきた。

いつもの様子とは全然違って、無茶苦茶イキイキしている。


「急ぐっ!」


「りょ、了解っ!」


 思わず異世界のノリで応答してしまう俺だった。

思いっきり、今の橘さんと戦場に立つめぐを重ねて見てしまっていたからだった。


ーー高級スーパー万丈桜井での、ひき肉争奪戦は苛烈を極めた。

しかし歴戦の猛者? らしい、橘さんの指揮、そして俺の的確なサポートにより、無事この戦場を潜り抜け、見事に目的を達成し、ひき肉を手にいいれる。


そうして迎えたニ晩目の我が家のキッチンーー


少し大きめな青のエプロンを巻き、亜麻色の髪を赤いヘアゴムで髪を一本にまとめれば、バトルスタイルの橘さんが完成する。


「よしっ! 完了まで40分! それまでごゆっくり!」


まさか、二日連続で晩御飯が作ってもらえるなど予想外であった。


「あの田端くん……ちょ、ちょっと、聞いても……?」


 ふと、みじん切りにした玉ねぎを炒めつつ、橘さんが聞いてくる。


「なんだ?」


「一人暮らし、なんですよね……?」


「ああ。両親は研究者なんだ。その都合で去年から海外赴任をしている。だから俺だけこうして残ってるというわけだ」


「そうなんだ! ふふ……」


 橘さんはとても印象深い笑みを浮かべた。


「どうかしたか?」


「色々と一緒なんだなぁて……!」


 橘さんはハンバーグのタネを捏ねつつ、嬉しそうにそういったのだった。

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