第4話 絶品! 橘さん特製たんぽぽオムライス。元の世界の味。

「こ、これはまさか……!?」


「ふふん」


 橘さんは得意げに鼻を鳴らし、オムレツへナイフを入れる。

瞬間、割れたオムレツから、トロリと半熟卵が流れて出て、朱色のチキンライスを黄金で覆ってしまう。


「まさか、たんぽぽオムライスを家で楽しめるだなんて……!」


「よ、よく知ってるね!? そう、たんぽぽオムライス!」


 嬉しそうにそう言った橘さんに、俺は見惚れてしまっていた。


「これってね、とあるオムライスの大好きな映画監督さんが、映画の中で、これと同じものを出したんです! その映画の名前が【たんぽぽ】だから、たんぽぽオムライス! 【たいめいけん】さんのものがすごく有名ですっ! あと、これは一つの説なんだけど、この映画監督さん、エッセイの中でプレーンオムレツを作る話を披露……」


 先ほどとは違い、早口なオタク喋りを披露する橘さんだった。

そういえば、異世界のめぐも、料理や食材の話をする時は、こんな風だったと思い出し微笑ましく思う。


 だが、そんなほっこりした気持ちを上回るほどの、食欲が俺の中で大暴れをしていた。


 異世界は長引く戦乱のため、食糧事情がかなり厳しかった。

よってこんなにも暖かく美味しそうなものを拝むのは3年ぶりな俺は、必死に生唾を飲み込む。


「これも、使ってください……!」


と、差し出されたのはゴロッと角切りのトマトが浮かんだ色鮮やかなソースだった。


「まさか、手作りケチャップ!?」


「そ、そう!……ご飯もこれで炒めてるから……だからっ……!」


「なるほど。同じケチャップでご飯を炒めてるから、相性はバッチリだろうな!」


「うんっ! 自信、ありますっ!」


橘さんは察してくれたことを喜んでいる様子だった。


 もはや我慢の限界だった。

食が貧困だった異世界から、飽食の元の世界へ帰ってきた途端のこのおもてなし。

しかも調理者は、こちらの世界では全く交流のなかった橘さんだ。

とはいえ、ここでいきなりがっつくのは絶対にNGだ。


「頂きます」


 俺がきちんとそういうと、橘さんは満足そうな笑みを浮かべたのだった。

やはり、こちらでもこの子はこうした"礼儀"にはうるさいらしい。


さて、きちんと言うべきことは言ったわけでいざ実食!

「あわ! だ、大丈夫!?」


突然、目の前の橘さんが狼狽始めた。

そんな彼女が霞んで見えているのは、俺が涙を流し始めたからである。


「う……うっ……ひっく……」


「卵が、熱かった、ですか……?」


「美味い……」


「へ?」


「こんなにも美味いオムライスを食べたのは初めてだから……」


 俺は恥も何もそっちのけで、涙を流し、鼻を啜りながらオムライスを食べ進めてゆく。


 バターのよく効いたとろとろ卵が、ほんのり甘いチキンライスと溶け合って、口の中が幸福で満たされた。

そこへ自家製ケチャップの絶妙な酸味が味を引き締め、気づけば一口、もう一口とオムライスを口へ運んでしまっている。


 久方ぶりに、本当に美味しいといえる食事をしたというのもある。

でも、1番嬉しかったのは、このオムライスを橘さんが、俺のために作ってくれたことだった。


(まさか、めぐの手料理をまた食べられる日が来るなんて……!)


「お代わり……?」


「するっ! お願いしますっ!」


 迷わずそう告げると、橘さんは嬉しそうに微笑んでキッチンへ向かってゆく。

やがて再び、バターの香ばしい香りと、卵の焼ける良い音が聞こえ始めた。


⚫︎⚫︎⚫︎


「ご馳走さまでした……」


「お粗末さま、でした……まさか卵が全部……」


橘さんが持参した6個1パックの卵は、すでに俺の腹の中だった。


「それは……すまない……」


「あ、え、えっと、良い、です……その……」


 橘さんは視線を右往左往させつつ、必死に言葉を選んでいる様子だった。

実際、この話し方が苦手な人は一定数存在するらしい。

でも、俺は気にならないし、むしろこれこそが"めぐ"だと思っている。

だから、こうしてゆっくり待つのは全く苦にならない。


「感謝、しています……」


「公園で助けたことか?」


橘さんは何度も頭を縦に振って、意思を伝えてくる。


「さっき助けてもらわなかったら、私、たぶん今頃……」


 ああやっていきなり、変な男に襲われれば怖いのは当然だ。

むしろ、"男"という存在に恐怖心を抱いてしまってもおかしくはない。


(それに確か"元の世界の橘さん"は、数々の告白を断るばかりか、男子とはいつも距離を置いていたような……)


だからこそ、妙に思うところがある。


「橘さん」


「な、なに!?」


「こうして美味しいオムライスをご馳走してもらって言うのもあれだが……お隣さんで、同級生とはいえ、俺男だろ? 急に部屋へ上がり込んで怖くなったのか……?」


「あ、えっと……ちょっと、躊躇ったのはあります……あ、あ! で、でも怖いとか、そういうのあんまりなくて……」


 声は震えているものの、本当に俺へは恐れを抱いてはいないようだった。


「なくて?」


「め、迷惑かなって……」


「迷惑? 何に?」


「い、いきなりお家に押しかけたこと……」


「そっち? 俺は怖くないのか?」


 橘さんは俯き加減にコクリと頷く。


「田端くんは平気……だって……」


「だって?」


「な、なんでもない、ですっ! あ、洗い物しますっ! 片付けまでがお料理、ですから!」


 橘さんは慌てた様子で食器を重ね、キッチンへ駆け込んで行った。


 女心は秋空のとはよく言うが……危ない場面を助けたと言っても、ご都合展開すぎるというか……


(もしかすると俺が異世界の記憶を持っているように、橘さんも何かしらの影響で、異世界の記憶が? だから俺に安心感を……? まさか……それこそご都合展開なのでは……)


とはいえ、こうして橘さんとの距離が縮められたことは本当に良かったと思っている。


「今夜は本当にありがとっ! 失礼しますっ!」


そして彼女は洗い物を終えると、足早に自室へ戻ってゆくのだった。

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