第5話 元の世界での新たな日常の始まり
『生きなさい! あなた達は何のために厳しい訓練を積んできたのか思い出しなさい! 日本を、人類を守るため……あぐっ……ああああっ!!』
林原軍曹殿の乗るMOAへ、多数のペストが群がった。
ペストが有する強靭で、凶悪な顎が、MOAの複合装甲をまるで紙切れのように食い破る。
すでにコクピットブロックが存在していた胸部からは、赤黒い液体が滴り初めていた。
これがマシンオイルなのか、それとも……暗闇の中なので、はっきりと判別はできない。
しかしこうなってしまっては、もう手の施しようがないのは、座学やシミュレーターで嫌と言うほど味合わされている。
「いつまでそこにいるつもり!?
感情を露わにした真白中尉の声が、俺とめぐの意識を現実へ引き戻す。
俺たちは、林原軍曹殿の犠牲を無駄にしないため、そして生き残るために走り出す。
………………
『や、やだ、俺……俺ぇ……! ぎやあぁぁぁぁーーーー!!』
医務室へ蒼太の最期の悲鳴と、大量の血液が飛び散った。
蒼太は内側から身体を無数の
すでに死体と化した蒼太から次々と蔓が生え、医務室を席巻してゆく。
『蒼ちゃん……いや……いやぁぁぁぁぁーーーー!!
「ななみん、ダメっ! しゅうちゃん!」
「あ、ああっ!」
俺とめぐは、泣き叫ぶ鮫島 七海を医務室から引き摺り出す。
ーーこの後、めぐの親友である鮫島 七海訓練兵は、真白中尉の退避命令を無視し、単身で押し寄せるペストの幼体群へ戦いを挑んだのだが、MIA認定を受けてしまう結果となったーー
………………
『ごめんなさい、しゅうちゃん……』
俺は青白くなっためぐの顔へ降り積もる粉雪を必死に払ってゆく。
白い粉雪が、あっという間にめぐの血で真っ赤に染まってゆく。
★★★
「ーーはっ!?」
ベッドから飛び起きると、脇の窓から麗らかな陽光が差し込んでいた。
窓の外には立ち並ぶ家々の存在が確かに見て取れる。
そうして俺は、先ほどの光景が夢であり、今目の前に広がる風景こそ、現実と思うのだった。
(時間は6時半……もし、異世界だったら大遅刻で、重い懲罰を課せられただろうな……)
ふと、そんな中、スマホが鳴り響く。
アラームではなく、海外で仕事をしている母親からだった。
『あら? 早いわね。モーニングコールにはならなかったかしら?』
「母さん……母さんの声だ……!」
実に数年ぶりに聞く母親の声に、胸と目頭が熱くなってゆく。
異世界では俺の両親はとっくの昔に戦争によって亡くなっていた。
よってこうして会話を交えるのは、俺の体感にして数年ぶりである。
『ど、どうしたの? 大丈夫?』
「ああ、うん……ごめん……ちょっと嫌な夢を見ちゃってて……父さんも元気?」
『元気よ。まぁ、相変わらずお互いに忙しいけどね。それよりも大丈夫?』
「うん……大丈夫。母さんの声聞いたら安心した……」
『そう……夏頃には父さんと一緒に一回帰れそうだから」
「分かった。待ってる……母さんも、父さんも、くれぐれも体には気をつけて」
『ありがとう。それじゃあね。ちゃんとご飯食べるのよ』
母親との通話を終えた俺は、スマホを抱いてしばらくの間、感涙を流す。
そしてこの平和な世界へ帰ってこられたことに、心底感謝するのだった。
(さて……そろそろ支度をしないと……)
ようやく涙が落ち着いたので、登校の支度を始める。ことにした。
久々に袖を通したブレザー型の制服が妙にキツく感じた。
当初は太ったのかと思ったが、やがて異世界で兵士として体を鍛え、筋肉が付いたためだと納得する。
(首周りが特に苦しいな……まぁ、しかたない……少しみっともない格好だが、シャツは第二ボタンまで外して……ネクタイも緩めに結べば……)
そうして俺は、期待に胸を膨らませつつ、平和で懐かしい通学路へ踏み出して行った。
4月3日ーー俺は今日から高校2年生となる。
実際は異世界で3年過ごしているので、20歳を超えているのだが……まぁ、そんな細かいことは気にしないでおこう。
異世界へ向かうまでは、学校という場所は俺にとってとてもつまら無い場所だった。
しかしあの最悪な世界を体験したからこそ、俺ははっきりとこう言い切れる。
こうした平穏こそが最も尊いものなのだと……。
(今年、俺は2年6組の所属か)
昇降口でクラス分け表を見て、対象の教室へ向かってゆく。
その道程に俺は既視感を覚えた。
(この配置は……やはりそうか……! 2年6組の教室は、異世界で俺が所属していた第256訓練隊と同じ位置関係なんだ……)
そして教室へ入るなり、俺はさらに強い懐かしさを覚える。
2年6組の中には異世界で固い友情を結んだ"鮫島さん"を始め、思い出深い面々が多数在籍していた。
とはいえ、ここは"元の世界"なので、俺と皆は、まだほとんど交流のない同級生ばかりである。
今にも溢れ出そうな涙を堪えて、冷静を装って黒板をみる。
そこには出席番号と席順が書かれていたので、それを元にまずは自分の席へ向かってゆく。
「マジか! 今年同じクラスになれてラッキー!」
「相変わらずすんげぇ可愛いのな……!」
「でも、あれだろ? 相変わらずあの子って"難攻不落"なんだろ?」
そんな会話を同級生の男子グループがしていた。
おそらく"クラスの女子"関連のことだと思われる。
そして、そう噂されるくらいの女子生徒など、1人しか心当たりがなかった。
「まさかな。そんなこと、あるわけ……」
と、あえてそう呟いて、自分へ言い聞かせ、席に付き、荷物を整理していた時のことーー
「あっ……! お、おはよっ……!」
弾んだ声がして、横を視線を移動させると、
「橘さん? もしかして……!?」
俺の横では荷物を背負った橘さんが、嬉しそうな笑みを浮かべているのだった。
同時に、周囲の視線が俺へ集まって行く。
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