第3話 いきなり押しかけてくる橘さん

 もしも"異世界のめぐ"と"元の世界の橘さん"が同じ性格をしているのなら……


(何が言いたいんだ? 助けられた"お礼?" 夜にあんな危険なところにいたことに対しての"問い"を投げかけて欲しいのか? いや、違う。橘さんが今、俺へ伝えたいことはおそらく……)


「オムライス弁当のことは気にしなくて良いから」


「ーーっ!?」


 俺がそういうと、驚いたかのように振り返る橘さんだった。

ビンゴだったらしい。


「でも晩ごはんが……!」


「適当に作るから問題ない。むしろ弁当一つの犠牲で、橘さんを助けられて良かった思っている」


「だ、だけどっ!」


「それじゃ、おやすみ。もう夜に西口公園なんかへ近づくんじゃないぞ」


 俺は扉を開け、身を素早く部屋へ滑り込ませた。


 静寂の中へ、俺の心臓の音だけが響き渡る。

やはり俺は、他人とは思えど、橘さんへ強い興奮を覚えているのだった。


(あの人はめぐじゃない。全く交流のない同級生の橘さんなんだ……)


 俺は自分へ必死にそう言い聞かせ、気持ちを無理やり押さえ込む。

だけどもしも……明後日判明するクラス替えの際、同じクラスになれたのなら……異世界のめぐと同じ関係になれなくても、せめて友達くらいには……と思う俺だった。


「さてと、晩飯を……」


気持ちを切り替え、台所の冷蔵庫を覗くが……ろくなものが入っていなかった。


(あっちの世界では三食などまともに取れなかったわけだし、晩飯くらい抜いても平気か……)


ならさっさと寝てしまおうと思った時のこと、インターフォンが鳴り響く。

なんの気もなしに玄関戸をあけると、そこには……


「橘さん? まだ何かご用……」


「……オ、オムライスっ!」


「えっ?」


「……つ、作ります! お礼に! だから、その……! あ、上がっても!?」


手にしたフライパンへオムライスの材料を乗せた橘さんは、むちゃくちゃ緊張した様子でそう叫ぶ。


(ああ……この雰囲気の時のめぐは、何を言っても絶対に引かないな……まさか"元の世界"の彼女も、同じようなリアクションを取るだなんて……)


 オムライスの材料を持参し、玄関に佇み、唸っているめぐ……もとい、橘さん。

俺は、早々に来訪を拒むのを諦めて、彼女へ「どうぞ」と告げた。


「お、お邪魔します!」


 橘さんはわずかな逡巡の後、靴を脱いで、部屋へ上がり込む。

そしてすぐさまオープンスタイルのキッチンへと向かってゆく。


「あ、あの! アレを使っても……?」


 橘さんは壁にかけっぱなしの青いエプロンを指した。

買ったっきり、一度も着用していない俺のエプロンだ。


「良ければ……サイズが少し大きいかもしれないが……」


「あ、ありがとっ! 汚さない、ように使いますっ!」


 橘さんは颯爽と、手慣れた様子で青いエプロンを装着。

さらに自慢の長い亜麻色の髪を赤いヘアゴムで一本に束ねれば、戦闘準備完了。


「よしっ!」


 さっきまでオドオドしていた様子から一転。

橘さんは凛々しい佇まいへと変わったのだった。


(まるで戦場に立った時のめぐのようだ……!)


「30分以内に、済ませますっ!」


 戦闘モードのめぐ……もとい、橘さんは、包丁を手にいざ調理開始。

玉ねぎは小刻みな音を立てながらあっという間にみじん切りにされた。

ただボウルで卵を溶いているだけにも関わらず、空気の入り具合が絶妙で、今から焼き上がりが非常に楽しみだと思った。


 まるでお料理番組でも見ているかのような、見事な調理手腕である。


「あ、あの……あんまりそのぉ……み、見られるのは……」


 橘さんはすごく恥ずかしそうにそう言った。

どうやら調理風景を見られているのが恥ずかしいらしい。


「すまない。スマホを見ている」


「……ありがと!」


 ここは大人しく動画でも見ているに限るだろうと、スマホへ視線を落とす俺だった。


 それにしても元の世界は、これでもかというほど娯楽が溢れかえっていると思った。

しかもほとんどが無料に近く、さらに様々な技術がそれらへ惜しげもなく投入されている。

"人類勝利のために、あらゆる技術が戦うことに注がれていた異世界"とはまるで正反対な世相だった。

そうした状況は、やはりここが"元の世界"であると、俺へ強く認識させる。


(とはいえ、こうして呑気にスマホを見ていられるのは、俺の周りだけ……今も世界中のどこかでは、人間同士で異世界のような戦争が繰り広げられているんだよな……)


 それでも今、ここにいる俺には"平和"だけが寄り添ってくれている。

そして今夜はさらにーー


「お待たせしましたっ!」


 もう2度と会えないと思っていた、めぐがこうして元気な姿で側にいるのだ。

もっとも、今目の前にいるのは、元の世界の、まだ顔見知りと行った間柄でしかない、橘さんなのだが……。


「どうか、しました……?」


「あ、いや、なんでもない……完成したのか?」


「うんっ!」


橘さんは満面の笑みを浮かべならが、ふんわりとしたオムレツを上に乗せた、朱色が鮮やかなチキンライスを運んでくる。

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