第2話 元の世界の【橘 恵】を救え!

「ああん!? なんだてめぇは!」


俺が姿を見せた途端、橘 恵を拘束していた不良連中はパターン通りの反応をみせた。


「彼女を離せ」


 異世界へ渡る前の俺ならば、こんなにもさらりと言葉は出せなかっただろう。

しかし今の俺であれば、こんな連中にビビることなどない。

なにせ俺はつい昨日まで、異世界の日本での兵士として、規格外の人類の天敵と命をかけて戦っていたのだから。


 それに俺には異世界の皆や林原軍曹殿、そして"めぐ"から教わった大事な教えがある!


ーーその教えとは【己を鍛え成長すれば、どんな相手とでも堂々と渡り合える】ということ!


「もう一度いう。彼女を速やかに解放しろ。これは最終警告だ!」


「ごちゃごちゃうるせぇなぁー!」


 不良の1人が叫び、拳を構えてこちらへ猛然と駆けてくる。

俺は奴の拳をジッと凝視し、距離を測りーー


「うお!?」


 サッと身を屈め、拳を避けた。

あんな鈍い拳など、ビビらず凝視をし続けていれば、回避することなど容易い。


「うがっ!?」


 膝を伸ばすのと同時、不良を下から押し上げて、そのまま勢いで投げ飛ばす。

地面へ思い切り叩きつけられた不良は、泡を吹いて意識を失うのだった。

そのため、さっき購入したばかりのオムライス弁当が、不良の下敷きとなってぐしゃぐしゃに潰れてしまった。


「このてめぇ!」


連中はあっさり橘 恵を手放し、俺へ襲いかかってきた。


 どいつもこいつも勢いだけはあった。そこは評価したい。

しかし明らかに訓練を受けていない、めちゃくちゃな拳筋で、回避するのは容易であった。


(こんな戦い方をしてみせたら、林原軍曹殿に雷を落とされていただろうな……)


と、呆れつつ拳を突き出す。


「ぬぅ!? うぐっ!」


が、初撃の拳はフェイント。

相手が拳に怯んだところで、股間へつ思い切りつま先を叩き込み撃退する。


「がはっ!?」


 2人目には胸ぐらを掴まれたので、両腕を内側へ捩じ込み、腕を思い切り振り上げた。

そして相手が無防備となったところで、鋭い金的をお見舞いする。


やはり対人戦で、しかも敵が男性ならば、金的ほど有効な攻撃手段はない。


「て、てめぇ! 調子乗ってんじゃねぇぞ! ぶっ殺してやる!」


 最後の1人は折りたたみ式ナイフを抜き、足を震わせながらそう叫ぶ。


(本気でナイフファイトを仕掛けるならば、折りたたみ式のフォールディングナイフではなく、固定刃のシースナイフの方が適しているいうのに……だが、相手が素人だろうとも彼我の戦力差は圧倒的。しかも、後ろには橘 恵さんが……どうするか、俺……)


そう考え身構えた時の事だった。

突然、視界の隅が赤く染まる。

MP(ミリタリーポリス)……ではなく、夜警をしていたパトカーが通りかかったらしい。


この状況を見られるのは、自己防衛のためとはいえ、さすがにまずいと思う。


「こ、こっち!」


 不意に耳朶を突いた綺麗な声に、胸がカッと一瞬で熱くなる。


 気がつけば、不良たちを振り切って、こちらへ飛んできた橘 恵が、俺の手首を掴んでいた。

俺は彼女の腕を引かれ、西口公園から走り去る。


ナイフを構えた不良が追いかけてくる気配はない。

どうやら警察が良い仕事をしてくれたらしい。


俺は橘 恵さんに手を引かれ、夜の街を駆け抜けてゆく。


「はぁ……はぁ……はぁあぁー……」


 全力疾走したためだろうか。

橘 恵さんは今にも嘔吐しそうな勢いで呼吸を荒げ、立ち止まっている。


(珍しいな、めぐがこんなにも苦しそうに息をあげるだなんて……と、そうか。元の世界の橘 恵は兵士としての訓練を受けてい無いので、これぐらいで息が上がるのは当然か……)


そして橘 恵さんを見つめていると、どんどん目頭が熱くなる自分に気がつく。


(もう彼女には2度と会え無いと思っていた……だけど、今、目の前にはこうして、生きている"めぐ"が……)


「どこか、怪我、しましたか……?」


ようやく呼吸が落ち着いたのか、彼女はすごく心配そうに俺のことを見上げていた。


「……自分は大丈夫です。少し目にゴミが入っただけで……」


俺はこっそり目尻の涙を拭い、平生を装うのだった。


「えっと……」


「ん?」


「"田端くん"……ですよね?」


田端くんーーその呼び名で、俺は更に現実へ引き戻された。


(そうだ……元の世界のこの子と俺はほとんど接点が無かったんだ……"めぐ"ではなく"橘さん"なんだ……)


俺は湧き起こりつつあった、熱い感情をグッと飲み込む。


「はい、田端です。君は……お隣に住んでいる"橘さん"……ですよね?」


俺はあくまで"ほとんど接点のない同級生"を装って、質問を投げかける。


「同じ学校っ!」


対して橘さんは、妙に嬉しそうな相槌を返してきてくれた。


まずい……やっぱり、めぐは……ああ、いや橘さんは、本当に可愛いっ!!


「はは、そう……でしたね。じゃあ帰りましょうか。送ります」


俺は再び平生を装って、そう提案した。


「……あ、ありがとうございます……助けてくれたこととか、色々……」


それから俺と橘さんは、特に会話で盛り上がることもなく、家路を急ぐ。


 橘さんの佇まいや、小幅な歩き方、あまり親しくない人間へ辿々しく喋るなど、異世界で親しくなった"めぐ"そのものであった。

やはりあちらの世界は異世界というよりも、違う歴史を辿った"並行世界"なのかもしれない。


「それじゃあ、おやすみ」


 俺は橘さんへマンションの5階にある、自分の部屋の前で別れを告げた。


 橘さんはこちらへ背を向けたまま短く「はい……」と反応する。

しかし、なかなか自分の部屋へ入る気配が見られ無い。

代わりに彼女は亜麻色の髪の先を指先でクルクルと巻き始めた。


(ああやって髪をいじるのは、なにか言いたいことがある時のめぐのサインだったな……)

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