騒がしい同居人

八月 猫

騒がしい同居人

 不動産屋が言うには、この部屋は事故物件――いわゆる心理的瑕疵物件だという話だった。

 それゆえに家賃が安くなっているのだと言っていた。

 だが、俺はそんな霊的な存在など全く信じていない。

 世界は全て科学で証明出来る。オカルトと呼ばれているものは、現時点で証明出来ていないだけで、それが超常的な現象であるというわけではない。

 定義の確立していない数式が解けないとの同じことだ。


「うらめしや~。おばけだぞぉ~」


 だから、こんなハロウィンのイラストの様なおかしなモノが目の前に出てきたからといっても、おばけだーなどと素直に信用するはずもない。


「あれ?おばけだぞぉ~。怖いんだぞぉ~」


 その宙に浮いている真っ白なぽわぽわした奴は、何の反応も無く凝視していた俺の周りをそんなことを言いながら、しつこく周回を始めた。

 鬱陶しいことこの上ない。


「止まれ。鬱陶しい」


「え?あ、ああ良かった!見えてないのかと思ったよ~」


「最初から見えている。お前は何だ?ここは俺の部屋だぞ」


「何だと言われても……お化けだぞぉ!!」


「では証明して見せろ」


「……証明?え?え?」


「出来なければ住居不法侵入で今すぐ警察に突き出してやる」


「え……お化けを警察に連れていくの……」


「当然だろう。お前がお化けでなければ、ただの不審者で不法侵入者なんだからな」


「わ、分かった、今説明するから!」


「説明はいらん。証明しろ」


「……これだから理系は」


「さっさとしろ!」


「はい!!証明します!!――ええと、まずは…見た目、そう!この姿こそ『THE・お化け』じゃないですか?ね?ね?」


「似たようなのは渋谷に行けば毎年集まってきているぞ」


「あれのオリジナルがこれなの!あっちは仮装してるだけ!」


「その違いは俺には判断出来んな。あの中にお前の言う本物の『THE・お化け』がいて、お前がそのパチモノという可能性は排除しきれんからな。あいつらを全員連れて来て、個別に正体を確認するしかない」


「今は12月だよ?!あと1年くらい待たないとあいつらは出てこないって!」


「では却下だ。他の方法を考えろ」


「他の方法って……。じゃあ!この浮かんでるのは?ほら!人間だったら宙に浮かんだり出来ないでしょ?!ね?」


「どこかの宗教家や修行僧のような奴が同じことをしている写真を見たことがある」


「あれこそパチモンでしょ!!」


「何故そう言い切れる?お前はその場にいて確認したのか?」


「いや……してないけど」


「まあ、あれのほとんどは科学的にトリックが証明されているがな」


「じゃあ!!」


「だが、その者たちがそれを実行したという証拠はない。つまり、もしかしたら解明されていないだけで、人が宙に浮かぶことが出来るかも知れないということだ。お前が本当に浮かぶことが出来て、お化けではないということになれば、お前の行き先は警察から研究所に変更せねばならないな」


「物騒な話をしないで!?」


 勝手に人の家に入り込んできているお前の方が物騒ではないのか?


「そうだ!決定的に僕がお化けだって証明する方法があるよ!!」


「ほう。ではこれが最後のチャンスだ。それが駄目だった時は研究所でバラバラに解剖させてもらうことになる」


「僕バラバラにされるの?!お化けなのに?!」


「お前が自分はお化けだということを証明出来れば回避することの出来る惨劇だ」


「惨劇……お化けが惨劇に遭う……」


 真っ白だった身体は、心なしか少し青くなったように見えるが……。


「これがラストチャンスだ。くれぐれも発言を間違えるなよ?」


「あれ?僕って悪徳領主と会話してる?」


 とことん失礼な奴だな。


「僕がお化けだっていう決定的な証拠は――僕は霊的な存在だから、普通の人間には触ることが出来ません!!どうだ!!」


――ぴと。


 ん?少し冷たいな。

 肌触りもつるつるしてる。


「触ったー!!いや、触られたー!!」


「触れたぞ?」


「何を普通に触ってくれやがってんだー!!僕のアイデンティティーを返せー!!」


「犯罪者の存在理由など俺の知った事か。さあ、来い。警察に――いや、研究所だったか。さて、どこが良いか」


 俺はコイツの腕らしき部位を掴んで引っ張っていく。


「ちょ!ちょっと待って!もう一回チャンスを!!ワンモアプリーズ!!」


「うるさい!夜中に騒ぐな!近所迷惑だろうが!!」


「こっちは自分の命が懸かってるんだから、騒ぐに決まってるだろー!!」


 そんな俺たちのやり取りは、結局朝方まで続いたのだった。




「ん?どうした?朝からえらく疲れた顔してるじゃないか?」


 ほとんど眠れなかった俺は、いつもよりも早い時間から出社していた。

 遅れて出社してきた隣の席の同僚がそんな俺を見るなり、缶コーヒー片手にそんなことを言ってきた。


「ああ……寝不足で……」


「何だ?また夜中までゲームでもやってたのか?」


「いや、昨日は夜通し騒がしくて眠れなくてな……」


「ご近所トラブルは注意して対応しないと危ないぞ?」


「隣の部屋じゃなくて、俺の部屋の中での話だ」


「……まさか、本当に出たのか?」


「……多分」


「はあ……だから瑕疵物件は安くても止めておけって言ったんだ。最初から不動産屋にお勧めしないって言われてたんだろ?」


「ああ、内見に言った時にちゃんと説明を受けた。でも、幽霊が出るって言われて信じるわけないだろ?俺は『お化け』も『幽霊』も信じちゃいないんだからさ」


「まあ、悪いことは言わん。早めに引っ越ししろ。お前が信じるか信じないかは、実在するかしないかには関係ないんだからよ」


「……そうする。あんなに騒がれてたら、怖いよりもうるさいが先にくるからな」



 不法侵入してきたお化けに、自分がお化けであることの証明を迫る理系幽霊が同居人の部屋なんてまっぴらごめんだ。




―― 完 ――





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騒がしい同居人 八月 猫 @hamrabi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ