第5話 いつでも来ていい
翌朝、目が覚めると寝る前に見た天井が映った。それを見て、私は食べられなかったという安堵と同時に、夢ではなかったんだという、よく分からない感情が湧き出る。
カーテンをチラッと開けると、太陽が顔を出してきていた。
現在は6時程だろうか。まだ外は完全に明るくなっておらず、薄暗い紫の空に、少しオレンジ色が顔を見せているだけだった。
カーテンを閉めて、ベッドから降りようとすると、左手に何かが当たった。
左を見てみると、そこには今着ているものとは別の服が置いてあった。広げてみると、私が着るような系統の服だった。
けれど、ウァサゴが着ている服は、こういう系統の服じゃない。白いブラウスにピチッとした黒いパンツ。襟元には飾りがつけられていて、全くと言っていいほど違う服。
都合よく、こんな服があるだろうか。短時間で作れるわけもないし。
「……けど、置いてあるってことは、これを着ろってことなんだろうなあ」
とりあえず、私はウァサゴから借りた今の服を脱ぎ、置いてあった服を着た。昨日着ていたのは、白のシャツに黒の少しダボッとしたズボンで、お腹が見えるデザインだった。
けど、今回のはダボッとしたパーカーに脚に密着するタイプのズボン。
本当に、どっから出したんだ、この服。
「……そう言えば、しばらく滞在することになるって言ってたよな〜」
着替えたあとで、ぽつりと呟いてみる。
–––サタンがここに私を送ったらしいけど、だったらなんで? というか、すぐには帰れないのだろうか。帰る方法は? 災難がすぎる……。
「––––いや、これも”罰”かな」
誰にも届かぬその声は、部屋にも響かず、すぐに消えた。
そんなことをしていると、ノックが聞こえた。入ってきたのは、ウァサゴ。
「ああ、起きてらしたんですね。服もよくお似合いで」
「ああ……ありがとう。ところで、この服どうしたの?」
「魔法で出しただけです」
彼女は私の問いに、サラッと答えて見せた。魔法とは、随分便利なものだ。
「それって、なんでも出せるの?」
「なんでも……は少し難しいですね。心臓を持つものを出すのは不可能です」
つまり、動物は出せないけれど、植物は出せてしまうと。それ以外にも、無機物も出せてしまうらしい。武器を作るのも容易なのだとか。
「そりゃ、争いが絶えないわけだね」
「ええ、悪魔は欲深いですからね」
彼女はいつになく深いため息をついた。そして、本題を思い出したかのように、表情を変える。
「また彼のところに行きます」
「彼?」
私が訊くと、ルシファーの事だと言われた。
「また行くの?」
「ええ、あなたの今後について話をしに」
◆◆
着いた先は、前と同じ場所。また広く長い廊下を歩き、昨日と同じ部屋に入った。
入った先には、昨日も見た二人がいた。
私たちが入ってくるなり、アスモデウスは勢いよく抱きついてこようとしたけれど、ウァサゴが左手で彼女の襟元を掴んで止めた。
「ふざけないでください」
「え〜ん、ウァサゴちゃん酷い〜」
申し訳ないと思っていなさそうな声色と口調で、アスモデウスは謝った。
「……本題に入っていいか」
「あら、ごめんなさい。どうぞ〜」
アスモデウスはお返ししますとでも言いそうなポーズを取り、それを見たルシファーは小さくため息をつき、口を開く。
「昨日、1つ言っていなかったことがあってな」
「何?」
「いつ帰れるかわからない」
まあそうだろう、と思った。すぐに帰れるのなら、昨日のうちにさっさと返しているだろう。それに、ウァサゴも「しばらく滞在することになる」と言っていたし。
それにしても、なぜなのだろうか。サタンに何か問題があることはわかるけれど。
「一応聞くけど、どうして?」
「派閥のことは聞いたか?」
私は彼の言葉に黙って頷いた。
派閥。昨日ウァサゴに聞いた、3つの派閥のこと。穏健派、中立派、そして過激派。
「サタンは過激派の筆頭だ。そう易々と返してくれはしない。それに––––」
「それに?」
「あいつが、どこにいるかわからない」
「……わからない?」
私の問いかけに、彼は黙って頷く。どうしてだと言いたかったけれど、ルシファーの表情を見たら、それを聞くことはできなかった。
なぜか不安そうな表情。
「……別にいいよ、ここに留まるのでも。この先どうなるかは、わからないけど」
「そうか…………」
申し訳なさそうな表情を浮かべている。別に、ルシファーが悪いわけではないのに。
堕天の王だと言われているけれど、別にそんな感じはしない。もっと冷酷だと思っていたけれど、全くそんなことはなかった。
まだ2回しか会ったことは無いけれど、今のところ普通に優しい。
ウァサゴに聞いたところ、彼はサタンとは真逆の位置、穏健派の筆頭だそうで、それが彼の表情に関係しているのかもしれない。
「それよりも」
長い沈黙を切り裂いたのは、ウァサゴだった。彼女は私の方を見る。
「結羽は悪魔のことをどれぐらい知っていますか?」
「え、全然」
サラッと言うと、ウァサゴはやっぱりかといった表情を見せた。彼女のことを知らなかった通り、私は今目の前にいる二人の名前とサタンぐらいしか聞いたことはない。
名前を聞けばわかる悪魔もいるかもしれないけれど、自分から思い浮かべられるような悪魔は、これといっていない。
「知識を蓄えるなら、”アモン”か……」
ポツリと呟かれた中に、聞きなれない言葉があった。恐らく悪魔の名前なのだろうけど、一体どんなのだろうか。
「でも、
「彼はどちらかと言われれば穏健派に位置していますから、そこまで危険はないです。けど……」
そこまで言って、彼女は口ごもってしまった。人間を連れていくことは、やはり危険を伴うからだろうか。
「アモン、ですか……。いや、でも––––」
「……私が人間ってことはバレても平気なの?」
「一概に危険じゃないとも言えないわねぇ。でも、悪魔は勘が鋭い子が多いから、多分隠そうとしてもバレちゃうわね」
それを聞いて、私は小さくそうなんだ、と呟いた。もし、過激派にバレたら私は食べられるのだろうか。
–––––もし食べられるなら、一息に……いや、ダメかな。それだと––––
「聞いてますか?」
ウァサゴに言われ、ハッと我に返った。少し見上げると、彼女の
「えっ、ごめん、なんだっけ」
「まったく……とりあえず、アモンに事情を説明して、悪魔について知ってもらいます」
「わかった」
「では、帰りますよ」
そう言って彼女は部屋を出ようとする。しかし、私は”帰る”という単語が引っかかった。
「あれ、今から行かないの?」
「?
彼女の言葉に、私は目をぱちぱちとさせる。
確かに、いくら寝たとはいえ、まだ慣れぬ地。疲れていないわけがない。
彼女はそれを配慮してくれている。悪魔なのに
「ふふ、ウァサゴちゃんったら、相変わらず優しいわね♡」
「別にそんなんじゃないです……!」
彼女は否定しているけれど、顔が少し赤くなっているため、アスモデウスはずっとニコニコしている。
「あまり弄ってやるな。それと、結羽」
ルシファーに呼ばれ、私は彼の方へ振り返る。
「またいつでも来ていいからな」
「……その気になれば」
私が言うと、彼は少しだけ微笑んだ。ぶっきらぼうに返事をしたのに、変な
外に出ると、太陽は完全に顔を出していた。冬空のようであり、それはさながら天国を思わせた。
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