第59話 ことばのちから

 近況ノートにも書いたのですが、前アメリカ大統領で2024年の大統領選挙の候補でもあるドナルド・トランプ氏が選挙集会中に銃撃され負傷するという事件が起こりました。


 驚きました――が、驚いたと同時に、とも思いました。ということは、わたしがと思っていたということです。


 安倍晋三元首相が選挙の応援演説中に暗殺されたのが2年前。昨年は、岸田首相がこれも選挙演説の際に爆弾が投げつけられるとういうテロに遭っています。今回のアメリカのテロも含め、非常に恐ろしく、また残念なことです。


 自由な言論を暴力で封じようとするのは民主主義に対する挑戦です。民主主義を奉じる私たちは最大限の非難をもってこれらテロリストを弾劾しなければなりません――とは思うのですが、いまこの言論の道具であり本質でもある「言葉の力」がどんどん弱くなっているのではないかと危惧しています。



 第二次安倍政権(2012年)頃からずっと気になっていることがありました。それは時の政権が自分たちにとって都合の悪い民意をするようになったことです。安倍さんとそのブレーンの人たちは第一次政権での失敗と、その後の首相たちの転落ぶりから学んで、政権を手放さないための方法を見つけたのです。それが黙殺。


 政権の過誤や非行を訴える意見に対して、謝罪したり反対意見を述べると、さらにそれら謝罪や意見に対する批判がネットを中心に燃え上がってしまうので、あえてリアクションすることなく沈黙を貫くという政治手法です。


「人の噂も七十五日」といいますが、情報過多の現代では、ものの二、三週間もすれば政治家のスキャンダルなど新しいニュースに押し流されて忘れられてしまう、という人の情報処理能力の限界と欠陥を巧妙に利用した方法です。


 自分たちの情報をコントロールするために、むかしの政治家ならいくつかある大手マスコミを手なづけ、それらマスコミだけを相手に対策しておけばよかったのですが、ネットを介してあらゆる個人がマスコミと同じような発信力をもって情報(政治家にとって良いものも悪いものも)を発信することができる現代ではそうした手法をとることができません。


 批判する人たちに説明して納得を得るという作業が膨大になりすぎると、政治家個人が疲弊してしまう(最初に安倍さんが退陣したときがそうでした)。そうした作業はあまりにもコスパが悪いということで政治家が敬遠するようになったということだと思います。


 政治家の立場で考えると、自分の思う良い政治をするために黙殺手法を取っているのですが、反対に政治家に意見したい人たちの立場からすると、その政治家が対話――すなわち政治行為そのもの――を放棄しているように見えて仕方がないのです。この両者の思いのずれがだんだん大きくなって、お互いがお互いに怒り、嫌い、攻撃するようになった果てに、「暴力を使ってでも意見を伝えてやる」とエスカレートしていったのではないでしょうか。


 ドナルド・トランプ氏は、自分にとって都合の悪い情報を「フェイクニュース」を断じて相手にしない手法をとることで有名になりました。しかし、彼自身が真実でないことをあたかも真実であるようにSNSで発信することもまた有名です。ここには大きな矛盾がありますが、彼はこの矛盾を黙殺することで逆に自分を守る巨大な壁に仕立て上げるとういう魔法のようなことをやってのけました。彼にとって都合の悪い言葉はすべて届きはしないのです。



 だからといって殺してしまえというのは、あまりにも短絡的で賛成できません。大きな間違いです。


 だとしたらどうすればいいのか? インターネット空間から悪い(偽物の)言葉を減らして、良い(本当の)言葉をたくさん積み上げていくしかないんじゃないでしょうか。


 あまりにも嘘で、下品で、くだらない言葉がネット上に溢れているため、ネットを通じて知識を得、物事を判断、評価するようになった人たちは、お金や商品ほどには言葉のことを信頼していないのです。


 ネット上の言葉を信頼できるものに変えていければ、政治家たちがネット上の言葉を黙殺することもなくなると思います。そのためには――このエッセイですらそうですが――、ネットを利用する個人個人が、その使っている言葉ひとつひとつに注意しなければならないと思います。


 言葉の力、ぜひ復活してほしいです。

 今回は取り留めのない話に付き合っていただき、ありがとうございました。

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