第4話 聖女と悪女

 前回のつづき。


高畑勲監督の『かぐや姫の物語』を見たわたしの第一印象はこうでした。


 ――こりゃ、おもしろくないと評価されても仕方がないな。


 このアニメは小説でいうなら、分かりやすく読みやすいエンタメ小説ではなく、読み解きが必要になる純文学小説です。そういう心構えで見ないと2時間を超える「まんが日本昔ばなし」にみえてしまうと思います。


 このアニメ、観る人によって色々と解釈され得る重層性をもった作品だと思いますが、藤光は高畑勲と宮崎駿との関係性を踏まえて読み解きたいと思います。(プロフェッショナル仕事の流儀を見たことですし)


『かぐや姫の物語』の監督高畑勲は、自他共に認める宮崎駿のライバルでした。ただ、宮崎駿が「太陽」とすれば、高畑勲は「月」という位置関係にある――と世間から見られていたので、高畑さんは月からやってきたという「かぐや姫」の物語を描いたんじゃないでしょうか。


 なんのことかわからない? 大丈夫、カンタンです。『かぐや姫の物語』は、一連の宮崎駿監督作品が差し出した問題(たぶん高畑さんが感じた問題)に対するひとつの回答――という面があるということです。



 宮崎駿監督作品が、高畑勲監督作品に比べてわかりやすい理由のひとつに、キャラクターのわかりやすさ――なかでも、ヒロインの性格づけのわかりやすさがあると思います。


『ルパン三世カリオストロの城』のクラリスや『天空の城ラピュタ』のシータなど、主人公の助けを待つ受け身のヒロインは特にわかりやすい。戦うヒロインである『風の谷のナウシカ』のナウシカや『もののけ姫』のサンも、行動的な女性ではあるもののその行動原理はわかりやすいと感じます。


 そのわかりやすさの源は宮崎アニメのヒロインがもつ「母性」にあるのではないか。藤光は考えます。母性とは他者(作品によっては世間から疎外されている人(モノ)たち)を受け入れ、慈しむ心ですね。映画を観る人はこれを尊く、美しいと感じるわけ。宮崎アニメのヒロインは、いわゆる「聖女」なんです。


 たとえば、『崖の上のポニョ』に出てくるポニョのお母さん(グランマンマーレ)や宗介のお母さん(リサ)は、ある種神々しいとも言える母性を発揮しますし、『ハウルの動く城』のヒロイン、ソフィーは驚くほど献身的に魔法使いハウルの家政婦役(母親役)を勤めます。


 特に、わたしがピンとこないのがソフィーです。彼女は、本当は若い女性なのに呪いによって老婆に姿を変えられてしまっているんですよ。でも、そのことで悩んでいる様子がありません。ハウルに恋しているにも関わらず、自分の容姿に無頓着なわけ。そんなことあるだろうか、普通、女性なら老いた容姿を好きな人に見られて「嫌われないか」と悩まないだろうか?


 ま、ソフィーを取り上げましたが、んですよ。宮崎さんの理想の女性像が投影されているんでしょうか。特に『ハウル』(2004年)と『ポニョ』(2008年)にそれを感じるのですが、高畑勲さんもそこに問題を感じた。それに対する回答が『かぐや姫の物語』(2013年)じゃないかというのが、今回のエッセイのキモです。



 わが国最古の物語の一つである「竹取物語」のあらすじはこんな感じ


 ――おじいさんが竹薮で見つけてきた不思議な女の子、かぐや姫はやがて美しい女性に成長し、その評判を聞きつけた五人の公達から求婚されるまでになります。しかしそれぞれの男性に無理難題を押し付けてはその求婚を拒否します。かぐや姫の美しさは時の帝の耳にも入り、帝から求婚を受けるまでになりますが、結局、それも受け入れることなく、地上での記憶を一切消して月世界へと帰ってゆく――


 有名なあらすじなので知っている人も多いでしょうが、事実だけを追うと、かぐや姫って「悪女」だと感じません?


 手玉に取られた五人の公達は、いずれもひどい目にあっていて、中には死んでしまった人もいます。ついにはこの国の最高権力者を振った挙句、地上の権力が及ばない月の世界へ逃亡したわけですから、地球の枠に収まらないスケールをもった悪女ですよ。


 聖女的ヒロインを描き続ける宮崎駿への異議申し立てがかぐや姫であり、このかぐや姫がどうして悪女として振る舞うに至ったのか、その「どうして」を描いたのが高畑勲の『かぐや姫の物語』だったんですよ。


 ☆


(長くなってしまったので、次回に続きます)

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