第5話 覚悟したようです

「お母さん!お母さん!しっかり!誰か!誰か!お母さんを助けてよぉ!」


 崩壊した街並みを呆然と眺める僕の耳に、そんな叫び声が聞こえてくる。

 視線を向けると、瓦礫に紛れて血塗れの母親にすがって泣き叫んでいる幼い少女がいた。

 どうやら、何者かに斬りつけられたようで左肩から右腰にかけて真一文字に出血している。

 状況から考えれば、使節団か工作員の破壊工作に巻き込まれたのだろう。


「誰か!誰かぁぁぁぁぁぁ!」


 少女が狂ったように助けを求めるが、周囲の者たちは誰も手を差しのべない。

 それほど重傷なのだ。


 魔術が存在するこの世界であるが、前世のゲームのような治癒魔術やポーションといった簡単に傷を治すものは存在しない。

 前世よりもはるかに遅れた医療技術で、人の生命を繋ぎ止めるのが精一杯。

 もはや、少女の母親を助ける術はなかった。


―――僕を除いては。


「いいか、この力は神の奇跡だ。むやみにひけらかすモンじゃねえ。仮に、他の者にこんな力を持っていると知られたら、監禁されて力を使うことを強要されるか、実験動物になるか……だな」


 力の使い方を教えてくれた前世の祖父の言葉を思い出す。

 この世界でも、力を振るえば同じような結末を迎えることだろう。

 

 だけど、僕はこの惨状を見過ごすことは出来なかった。

 この世界でも神の加護はひしひしと感じ取れる。

 ならば、問題なく力を発揮できることだろう。


(前世の記憶を思い出したのは、こうするべきだとのお導きに違いない。実験動物にされそうになったら逃げればいいさ)


 内心でそんなことを思いながら、僕は血塗れの母子のもとへ足を進める。


「ニコル様、どちらへ?」


 僕の後ろに控えていたメイドのネザーが驚いて声をかける。

 瀕死の相手を前に、何も出来ないのにどうするつもりだと言外に告げてくる。


「大丈夫。見ててよ」


 そう告げた僕は、ほどなくして死にかけている母親隣に膝をつく。


「ちょっといいかな?」

「えっ!?な、何……?」


 少女は今世の僕と同じくらいの年頃だろうか、突然現れた僕に驚いている。

 だけど、本当に驚くのはこれからだよ。


神の御手ハンドゴッテス


 僕が母親の傷に手を当てて、そう呟くと傷口を中心にまばゆい光が放たれる。


「「…………………………えっ?」」


 少女とネザーが同じような反応をする。


 それも仕方のないことだろう。


 光が収まったとき、大ケガをして天国の門ヒンメルプフォルテンをくぐろうとしていた母親が傷ひとつない姿になっていたのだから。


 

★★★★★★★★★★★★★★★



拙作で『カクヨムWeb小説短編賞2023』に参加します。


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