第5話


 土日を挟んでの月曜日。今日は天ヶ崎あまがさきから言われた通り、生徒会活動がある日だ。何をするかは知らないけれど。

 朝のHR十分前に教室へと辿り着く。開け放たれている扉を通ると、そろそろ慣れてきた挨拶が飛んでくる。


「おはようございます、渡来わたらい君」

「あぁ、おはよう」


 天ヶ崎雫あまがさきしずく。生徒会長であり、クラス、延いては学年単位で人気のある女子生徒。先日はそのことを嫌というほど自覚させられたばかりだ。

 そんな彼女から初めて朝の挨拶をされた時はクラスメイトからの視線が痛いほど刺さっていたが、数度同じやり取りをしていると慣れ始めたのか、今はだいぶ自然な光景として認識されているようだった。一々視線を寄越されるのも堪ったものじゃないから、正直助かった。

 俺は自分の席へと座って、先生が来るまでの暇つぶしとしてスマホを触り始める。すると、図ったかのようなタイミングでメッセージアプリに通知が届く。差出人は天ヶ崎だった。


『今日は体育祭についてお話があります。放課後、よろしくお願いしますね』

 

 このメッセージに目を通した直後に天ヶ崎の方を向くと、丁度こちらを向いていた彼女と目が合う。彼女は小さく笑ったあと、目線を正面に戻した。


『了解』

 

 簡単にメッセージを返すと、俺は近くに迫った大型行事の一つについて考えていた。

 

 水上みなかみ高校の体育祭はゴールデンウィーク明け、五月の中旬頃に行われる。

 三学年六クラスを三等分し、それぞれを赤、青、緑組と分けた対抗戦の形で行われる。俺たち二年C組は確か赤組だったはずだ。

 生徒は最低一種目、何かしらの競技に参加する必要があり、近いうちに決めることになるだろう。去年は……障害物競争に参加したはず。今年はどうしようか。

 生徒会に入ったのもあるので、恐らく当日は何かしらの業務が回ってくるだろう。体育祭実行委員も存在するとはいえ、その面々を統括するのは生徒会の役目だし、仕事を天ヶ崎だけに押し付けるわけにはいかない。だからあまり多くの競技に入るのは避けるべきだろう。といっても、俺は体育祭に関しては特別好きでも嫌いでもないし、運動能力が特別高いわけでもない。運動系の行事は運動部とかに任せておけばいい。俺は最低限のノルマさえこなせれば、それで良いのだ。

 そんなことを考えていると、HR開始の時間になったのか、篠宮しのみや先生が入室してきた。


「おはよう。早速だが、体育祭の出場競技について皆考えてきたか?」


 全く考えてないどころか、ついさっきその発想に至りました。これ、先週俺が聞いてなかった時に話してたな……。

 

「今日の六限目に全て決めてしまうからな。考えは纏めておけよ」


 そう告げて、朝の連絡事項へと移っていく。

 俺はどの競技に出場しようかなとぼんやり考えながら、一限目までの時間を過ごした。



 今日の授業を全て終えて放課後。生徒会室へと移動すると、天ヶ崎はすでにソファに座っていた。


「おっす」


 軽く手を挙げて挨拶すると、彼女は小さく頭を下げて返してきた。

 すっかり……と言えるかはわからないが、定位置となった彼女の向かいへと腰を下ろす。


「今日は体育祭についての話だっけか」

「はい」

「やっぱり俺たちも当日は裏方仕事が多くなるのか?」

「えぇ。渡来君が出場競技を最低限にしているのも、それを見越してのことだったのですよね?」

「まぁ多少は考えてた。それに、俺はそこまで運動が得意ってわけじゃないから」

 

 俺の今年の出場競技は、プログラム最序盤にある徒競走だ。オーソドックスな百メートル走。最初に終わらせておけば、後は裏方作業に集中できるのが利点だ。

 天ヶ崎も同じ考えだったのか、同じ競技に出場することになっている。男子と女子で分かれているとはいえ、ほぼ同時に競技ノルマは終わらせられることになった。


「そう考えていただけて助かります。先に当日の簡単な説明に移りますね」

「頼む」

「基本的には体育祭実行委員の面々で業務を回していきますので、私たちはその補佐の役割が多いです――」


 天ヶ崎からの説明を受ける限り、決まった仕事がない代わりに、全体を俯瞰して臨機応変に動いていく立場のようだ。なんでも屋、みたいなものか。

 なので体育祭中は、生徒会用の運営テントで待機することになるみたいだ。通常、生徒はグラウンドの決まった場所で待機し応援などをするので、競技以外の時間も太陽光を直接浴びることになる。あまり外に出ない俺の若干不健康そうな肌が、こんがりと焼けてしまうのは避けられそうだ。むしろ男子高校生なんだから、少しくらい焼いてこいとか言われそう。

 

「具体的には、今度行われる実行委員会議の方で。私たちも出席することになりますので」

「わかった」


 話がひと段落すると同時に、生徒会室の扉が開かれて篠宮先生がやってきた。


「二人とも居るみたいだな。体育祭に向けての仕事を早速してもらいたい」

 

 そう言いながら先生はノートパソコンとプリントを俺の目の前に置く。プリントは各競技の出場者名簿となっていた。


「個人競技の出走順を決めて入力しろってことですか」

「話が早くて助かる。天ヶ崎にはこれを」


 先生は天ヶ崎にはまた別のプリントを渡した。天ヶ崎はそれを手にし、目線を走らせる。


「……わかりました」

「頼んだ」

 

 簡素なやり取りが交わされる。俺よりも付き合いが長い二人だ、余計な言葉は必要ないのだろう。

 というか、美人二人が言葉を交わしてるのって絵になるもんだな。

 ぼうっと眺めていると、篠山先生の鋭い視線が飛んできた。

 慌てて俺はノートパソコンを立ち上げて、仕事を始めようとする。

 その姿を見た先生は、俺の背後に回って指示を出してきた。


「体育祭用のフォルダがある、そこから――――」


 説明を受けて作業の流れは理解した。あとは地道に進めていくだけだ。


「それじゃあ頼んだぞ」


 用件が済んだのか、先生は生徒会室をさっさと後にする。

 俺と天ヶ崎は一瞬だけ視線を合わせると、お互いに小さく頷いて自身の仕事へと取り掛かった。


 


 集中してキーボードを叩き始めてからどれくらいの時間が経っただろうか、凝り固まった身体を解すようにぐっと伸びをすると、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。

 作業は一応片付いた。確認作業は先生がやってくれるだろう。作業者本人がチェックするより、別の人がチェックした方がミスを発見しやすいし。


「終わりましたか?」

「っ、あ、あぁ……」

「お疲れ様です」

「天ヶ崎もお疲れ……見てたのか?」

 

 俺の問いに天ヶ崎は答えず、代わりに柔らかな笑みを湛えた。

 どれくらいの時間かはわからないが、ずっと見られていたことに気恥ずかしさを感じる。


「終わってたなら先に帰ってくれても良かったんだが」

「そうもいきませんので」

「鍵くらいなら俺が返しても……」


 そう続けようとしたが、無言で首を横に振る天ヶ崎。


「……わかった。終わったことだし、さっさと篠宮先生のとこに持って行くか」


 そう言いながら、俺は鞄を肩にかけノートパソコンと各種書類……天ヶ崎の分も綺麗に纏められていたので、ひょいと手に持つ。

 その瞬間、小さく「あっ」と零れ落ちた音が聞こえてきたが、わざと俺は言葉を被せる。


「行こうぜ」 

「……っ、はい」

 

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生徒会長の甘やかしかた 見城奏 @knj_knd

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