第2話
そしてその候補者演説に現れた彼女のことは、強く印象に残っていた。
柔らかに靡く赤みがかった長い黒髪、ブレザーの上からでもわかる女性らしい身体。透き通るような白い肌に、端正な顔立ち。歩行を始めとした所作は流麗で、見るものすべてを惹きつけるようだった。かくいう俺も、そんな見目麗しい彼女のことを見つめてしまっていた。
候補者演説の後は、クラスの話題は彼女のことで持ちきりだった気がする。入学時から話題になっていたほどだし、生徒会長への立候補もあり、納得するほかになかった。
俺みたいな単なる一学校生とは縁遠い存在、それが天ヶ崎雫。だったのだが――――
「ちょっと良いか、
「……またですか」
翌日の放課後、HRを終えた俺はカバンを手にして廊下に出た瞬間、
「また、とはちょっと違うな」
「……?」
俺は頭に疑問符を浮かべる。昨日同様に職員室に連行されるものだと思っていた。しかし、どうも今日は違うらしい。その証拠に、先生は職員室とは別の場所を俺に告げてきた。
「生徒会室に向かってほしい」
「なぜに?」
「アイツに聞けばわかるさ」
要領を得ない言葉だが、生徒会室、アイツとくれば、それが指している人物は確定されている。
「……わかりました」
どうせ今回も拒否権は存在しないのだろう。納得しきったとは言い難いが、アイツが俺を呼んだ理由は気になるので、生徒会室へと向かうことにした。
第一棟の四階。放課後の喧騒が遠くに聞こえるこの場所へ、再び俺は参じることになった。一日ぶり二度目だ。
生徒会室の場所は昨日で把握済みのため、迷うことなく足を進めていく。
そうして扉の前に立った俺は、コンコン、と軽くノックする。
「どうぞ」
入室の許可を得た俺は、扉を開いて中へと入る。
彼女――天ヶ崎雫はソファに腰を掛けており、横目で俺の姿を認めた。
「来てくださってありがとうございます、渡来君。どうぞ、お掛けになってください」
「……あぁ」
向かいのソファに座るように促され、俺は天ヶ崎の対面へと腰掛ける。
雑談とかは一切無しだ。単刀直入に訊く。
「それで、俺を呼びだした理由はなんだ?」
「あなたには生徒会役員になってもらいます」
「……は?」
おいおい、そっちの刀強すぎんか? というか、なってもらいます。ってなんだ。そこはなってくれませんか? じゃないのか。
突拍子もないことを言い出した彼女に面食らったが、すぐに立て直した俺は当然の疑問を口にする。
「まてまてまて。他にも生徒会役員がいるだろ? 去年の選挙だってあったんだし」
「今は私以外役員は居ませんよ?」
「はい?」
ちょっと意味がわからない。全校生徒によって選ばれた役員は、もうこいつしか残っていないと? そんなことあり得るのか……というか辞めるって出来るの? もしくは学校自体から居なくなったとか。
「まさか、お前以外全員退学になった……とか」
「いえ、皆さん在学していますよ」
もうあれだな。自分で考えるのを諦めよう。聞いた方が絶対に早い。
「……ちょっと理解が追い付かないんだが、順を追って説明してもらってもいいか?」
「わかりました」
彼女は一息挟んでから、どうして役員が一人だけになったかの経緯を話し出した。
まず水上高校の生徒会は、生徒会長、副会長、書記、広報、会計の五つの役職で構成される。立候補者を募り、それが複数人居た場合は選挙によって任命されるのだが、昨年は各役職一人ずつしか居なかった。とはいえ、生徒会役員になることは強制されるものでもはないし、その活動には興味がない、部活で時間が取れないなどの理由で複数人の候補が出ないということは珍しいことでもない。
そして各一人ということは、役員に決定されるかどうかは信任投票で決まることになる。だが、よほど人に嫌われるような容姿、言動でもしていない限りは不信任になることなどまずありえない。所詮は高校の生徒会なのだから。だから去年の選挙は全員が信任されて、そのまま新しい生徒会が発足された。
どうやら問題はそこからだったらしい。
生徒会長には天ヶ崎が、他の役職には全員男子が当選した。そして、その男子達が立候補した理由が、彼女と仲良くなるため、だということだ。
別にそれ自体は変なことではない。気になる相手との距離を縮めるために、同じ部活、同じ委員会、そのような同じグループに所属しようとするのはよくあることだ。
生徒会所属となった彼らは当然、天ヶ崎にアピールするために行動を起こしていくわけなのだが、彼女はそれを煩わしく思いある時『生徒会の仕事に集中できません。真面目にやる気がないのなら来ないでいただけますか?』と告げた。
主だった学校行事は十月までにほとんど終わっており、新学期までそこまで忙しくはなかったらしいのも相まって欲が出てしまったのだろう。
そんな天ヶ崎の言を受けた彼らは謝罪はしたものの気まずくなってしまい、自然と生徒会へ足を運ぶ割合が減った。一応篠宮先生を通じて雑用などの仕事をたまに手伝っていたようだが……。今の状況を鑑みるに、その後を察するのは難しくない。
天ヶ崎としても来ないでいただけますかと言った手前、無理に仕事させる気もないようだ。事実ほぼ一人で新学期までの業務は回せていたようだし。
だがいつまでもそのままにして置くわけにもいかず、新たな役員の候補を探していたようだ。
説明を受けた俺は納得して呟く。
「それで俺に白羽の矢が立った、ってことか」
「そういうことです」
「……はぁ」
俺は深い深い溜息を吐いた。なんだそれ。
「もし俺が拒否したらどうする?」
「先生にも協力して頂いて、毎日勧誘します」
「……それでも拒否したら?」
「それでも諦めずに勧誘します」
「…………どうして俺の事をそこまで買ってくれるんだ」
俺は天ヶ崎との関わりなんて昨日が初めてなのだ。それなのに、妙に信頼されている理由がわからない。もしかして俺の事が気になるから、みたいな想像も男子故に僅かながらしてしまう部分もあったが、先の話を聞いた限りまずありえないなと秒で切り捨てた。俺の勝手なイメージだが、きっと恋愛事には興味がないのだろう。
とは言え気になるものは気になるので、彼女の答えを待つ。
「雑用に向いてそうな性格だと思ったので」
「帰っていい?」
「ダメです」
俺の拒否権を彼女は美しい微笑みで即却下してくる。これはもう、逃げられないのだろう。仮に逃げたとしても、間違いなく篠宮先生に捕まる。二度あることは三度あるんだ、そうに決まってる。
諦めの境地に至った俺は、渋々天ヶ崎に尋ねる。
「……それで、俺の役職は?」
「副会長兼書記兼広報兼会計です」
「八割俺なんだが!? ってか――」
いやいやちょっと待て! と彼女の方を睨みつけようとすると、真剣な瞳で見つめてきていた。
「お願いします。私のことを助けていただけませんか?」
「……」
文句の一つくらいは言ってやろうとしたが、一瞬で毒気を抜かれてしまった。ただでさえ優れた美貌をしているというのに、真剣に見つめられたのなら……美少女に勝てないのは男の性なのだろうか。
「……わかった」
どうせ部活に入っておらず、放課後も暇を持て余しなのだ。それにこれだけ頼ってくれるのは、そこまで悪い気分ではない。天ヶ崎を助けてあげたい、そんな気持ちにさせてくれるくらいには。
俺の色好い返事に満足したのか、天ヶ崎は表情を綻ばせた。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
「あぁ」
今まで全然刺激の無かった学校生活が、昨日今日で一変してしまった。のかもしれない。少なくとも、今までよりは何かがありそうな日々を送ることになるのだろう。
それも悪くないか、なんて思いながら、天ヶ崎から生徒会役員になるための申請書を受け取った。
書類にある役職の項目を見たとき、俺はふと頭に湧いた疑問を呟く。
「それで俺の役職って、本当にあの無駄に長い感じの?」
「はい」
「……もう庶務でいいだろ、それ」
どうせやることは変わらねぇんだよな……。
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