第4話
そんな不安が美麗の中に沸き起こってきた。
夜の学校なんてとても想像したくないくらい、怖いものだった。
もちろん、入り込んで遊んだ経験なんて1度もない。
「大丈夫だよ」
不安が通じたのか昂輝が美麗の手を握りしめた。
その手は温かくて頼りがいがある。
美麗はホッと息を吐き出して微笑んだ。
「そうだよね、大丈夫だよね」
「うん。だけど今日の勉強はナシだね。さすがに図書館も閉まったし」
時間を確認して昂輝は呟く。
もうすぐ夕方の6時になりそうな時間帯だ。
学校から出られなくなってまたそんなに時間は経過していないから、市立図書館はもう随分前に閉まっていることになる。
それを知った上で、昂輝はあえて図書館へ行こうと美麗を誘っていたのだ。
みんなを惑わせるために。
そう理解して美麗はつい声をあげて笑ってしまった。
昂輝は時折こういう意味もない遊びをする。
自分たちの行動をS組の生徒たちにバレるのが嫌なのかもしれない。
しばらくすると先生が戻ってきた。
「どうだったんですか?」
美麗が聞くと、先生は渋面を作った。
「一応こちらの状況は説明したよ。化け物を追い払い次第助けに来てくれるそうだ」
そう言って深くため息をつく。
「化け物を追い払うって、それっていつ頃ですか?」
昂輝からの質問に先生は黙り込んでしまった。
難しい表情のままうつむく。
詳細はまだなにも決まっていないというとかもしれない。
「化け物への攻撃はしたんですか?」
そう質問したのは妙子だ。
普段は傲慢で人を笑っている妙子も、さすがに今は神妙な面持ちをしている。
「あぁ、攻撃を試みたらしい。でも、ダメだったと言っていた」
「攻撃がきかないってことですか?」
妙子の声がひときわ大きくなる。
あの化け物に攻撃はきかない。
それならどうすればいいのか?
自分たちにわかるはずもなかった。
「お、屋上から逃げるっていうのは?」
しどろもどろに清が発言する。
「今、それができるかどうか検討中みたいだ」
「検討中? すぐにでも助けてくれたらいいのに!」
理沙が叫ぶ。
さっきまで冷静だった生徒たちが、今は乱れてきているのがわかった。
化け物に攻撃がきかないとわかって、いよいよ不安と恐怖が膨れ上がってきたのだ。
「化け物は身長5メートル以上だ。それに、人間を食らう。もしも屋上へ来られたらひとたまりもないだろう?」
「そんなの、やってみないとわかんねぇだろ!」
利秋が叫ぶ。
その目は真っ赤に充血し始めていた。
頭に血が登っているんだろう。
「やってみて失敗したらそれで終わりだ。下手をすれば全員が死んでしまう。化け物がどんなものなのか、まだ全然わからないんだ」
先生が冷静に説明をしても教室内にうずまく恐怖心には勝てなかった。
理沙が泣き出し、郁がそれにつられるようにして座り込んでしまった。
郁の隣に雄太が寄り添う。
だけどその体も小刻みに震えて頼りなかった。
「化け物の生体を調べて、それから対応しようってこと? そんなのどれだけ時間がかかるかわかんない……」
いつも冷静でいる恵子も青ざめてうつむいてしまった。
「と、とにかく校舎の中にいれば安全ということだ。それに、食べ物ならいくらでもある」
幸いにも災害時などで使う物資はすべて別館であるここに保管されている。
毛布や懐中電灯など、しばらく暮らせるだけの設備は整っていた。
それだけが、今の自分達にとっての幸いと言えた。
それからどれくらい時間が経過しただろうか。
恐怖と不安に包まれた教室内ではもう何時間も経過したように感じられていたけれど、実際に時計を確認するとほんの10分ほどしか経過していなかった。
そのときになって化け物に動きが出始めたのだ。
「おい、化け物が動き出したぞ!」
そう言ったのはベッタリと窓にくっついたまま離れようとしなかった利秋だった。
利秋はまるで自分があの化け物を撃ち殺してやろうとするように、化け物を監視していた。
利秋の言葉に美麗たちがすぐに窓に駆け寄った。
グラウンドでうずくまっていた化け物が、今は立ち上がって体育館へと近づいていくのだ。
体育館は真っ暗で、もちろん人はいないみたいだ。
化け物が1歩くごとにずんずんと地鳴りがして、グランドのあちこちがひび割れる。
今まで旋回していただけのヘリが化け物の動きに合わせて移動を始めていた。
『そこで止まりなさい!』
化け物へ向けてアナウンスが始まる。
けれど言葉を理解しているとはとても思えなかった。
それでも化け物は一度足を止めてヘリの方へと視線を向けたのだ。
一揆が化け物に近い距離で旋回し、そして弾丸を飛ばした。
それは化け物の体に難なく命中する。
「よし、当たったぞ!」
利秋がガッツポーズをしたのも、つかの間。
化け物は腕と思われる部分を持ち上げるとヘリをいとも簡単になぎ倒してしまったのだ。
翼の壊れたヘリはそのままグランドに落下していく。
轟音と共に土煙があがり、炎が見えた。
「嘘でしょ……」
美麗が口を抑えて後退りする。
自衛隊のヘリがまるでおもちゃみたいに壊されてしまった。
それは映画を見ているような感覚で、まるで現実味が湧いてこない。
だけど心臓は早鐘を打っていて、ちっとも静まってくれない。
「はっ……はっ……」
妙な呼吸をし始めたのは妙子だった。
真っ青な顔で短い呼吸を繰り返していたかと思うと、そのまま倒れ込んでしまった。
「ちょと、妙子!?」
友人の理沙がすぐに駆け寄る。
「過呼吸じゃない? ビニール袋で口を塞いで」
駆け寄って恵子が的確に指示を出す。
極度のストレス状態で倒れてしまったみたいだ。
「先生、どうにかして!」
郁が頭を抱えて叫ぶ。
雄太が必死でなだめるけれど、もう郁の耳には届かなかった。
「早く家に帰りたい、もうヤダもうヤダよ」
ぶつぶつと呟いて頭を抱え続ける郁を見て、先生は覚悟したように唾を飲み込んだ。
「こ、ここで待ってなさい。少し行ってくるから」
「先生、どこに行くの?」
とっさに声をかけた美麗に先生は「大丈夫だから、心配しなくていいから」と、答えたのだった。
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