第3話

この化け物は人を1人食べているらしいけれど、口がどこにあるのかもわからない。

「だけど自衛隊の人が来てるなら大丈夫だよね?」

理沙が不安そうな顔で誰にともなく質問する。


「きっと撃ち殺してくれる」

仁がすぐに答えた。

そうだ。


すでにニュースになっているし、自衛隊が動いているのだからきっと大丈夫だ。

自分自身に言い聞かせるように心の中で何度も唱える。

「新しいニュースが更新されたぞ」


利秋がページを更新して呟いた。

そこには化け物が出現したときの動画が載せられていた。

『ほんの数分前に○○街で大きな異変が起こりました』


白いヘルメットを被った男性ニュースキャスターがカメラへ向けて説明しながら早足に歩く。

画面に映っているのはこの街の駅前だった。

いつもは人で賑わっている駅前が、閑散としている。



床にひかれていたタイルはあちこち割れてボロボロになり、歩きにくそうだ。

『つい数分前、ここに突如化け物が出現しました! その時の様子を捉えております』


キャスターの声と共に画面が切り替わり、車のドライブレコーダー映像になった。

車はちょうど駅のロータリーに入ってきたところで、このときにはまだ人が沢山歩いている姿があった。


しかし次の瞬間、駅の右手から真っ黒な化け物が姿を見せたのだ。

それが大股で歩き、歩くたびにドシンドシンと地鳴りのような音を響かせる。


『な、なに!?』

車の運転手の女性が悲鳴を上げる。


化け物は歩くたびに地面のタイルを砕いてボロボロにしていった。

化け物は本当に突如出現して、自分たちの街を闊歩しはじめたのだ。



女性ドライバーはどうにかその場から逃げ切ったが、街はあっという間に混沌としてしまった。

人が行き交っていた駅からはすべての人たちが逃げ出したが、ただ1人、見知らぬサラリーマンが犠牲になってしまった。


そこで画面はまた男性ニュースキャスターへと戻された。

『自衛隊は今化け物を追いかけています。やむなく兵器を使うこともあると思うので、近隣の方はすぐに避難してください。繰り返します。近隣の方はすぐに避難してください』


切羽詰まったアナウンサーの声が途切れてニュース動画は終わった。

「なにこれ、本物?」

妙子が瞬きを繰り返す。


今のニュースが本物だと信じられないのは、ここにいる全員の気持ちだった。

だけど実際に黒い化け物はいる。

校舎の目の前にきているのだ。


「避難指示が出てたってこと?」

恵子が真剣な表情で呟いた。



「そうだね。だけど街からのアナウンスなんてあった?」

美麗が首をかしげて自分のスマホを確認する。

自然災害などで避難が必要なときにはスマホに通知が来るはずだ。

だけど今回通知は来なかったみたいだ。


「普段とは想定してないことだから、対応できなかったんじゃないか?」

そう言ったのは昂輝だった。

昂輝もスマホを確認しているけれど、避難指示などは来ていない。


「俺たちは避難しそびれたのか? どうすんだよ!」

利秋がイラついた様子で壁を蹴る。

「イラついたってしょうがないでしょ。あの化け物、本当に人を食べたのかな」


恵子が利秋を睨みつけてから、窓の外の化け物へ視線を戻した。

化け物はおとなしく座り込んでいて、とても人を襲ったようには見えなかった。

「今は腹がいっぱいで動かねぇだけだろ」


利秋が吐き捨てるように答える。

「このままなにもしないのであれば、私達だって外に出ることができる」

「だけど自衛隊は外に出ないようにって」


美麗が恵子の腕を掴んで引き寄せた。

あまり窓に近い場所にいると、こっちの方が怖くなる。



恵子はため息を吐き出して窓から離れた。

「人を食べたのに、どうして自衛隊はなにもしないんだ? 普通攻撃するだろ?」

雄太が不服そうな表情を浮かべる。


グラウンドに化け物がいても、まだそれが現実として受け入れられていなかった。

まるで作り物みたいだし、なにより自分の身に降りかかる出来事ではないと、どこかで思い込んでいる。

「いや、攻撃したのかもしれない」


昂輝が真剣な表情で呟いた。

「は? そんなわけねぇだろ。だったら死んでるだろうがよ!」

利秋が怒鳴りながら昂輝に近づいていく。


「死ななかったんだとしたら?」

その言葉に誰もが黙り込んだ。

うるさいくらいのヘリの音が耳を刺激し続けている。

「あの化け物が死ななかったんだとしたら、自衛隊は負ける」


小さな声で言ったのは清だった。

普段は全くしゃべることのない清の声に利秋が一瞬ビクリと肩を震わせた。



利秋のことが怖いのか、清は視線をそらしてうつむいた。

「それでも俺たちを助ける意思があるからここに来てんだろ!」

利秋の怒鳴り声に今度は清が体を震わせて、床に座り込んでしまった。


「ちょっと、こんなときにそういうのやめなよ」

郁が利秋を止めに入ると、利秋は軽く舌打ちをしてそばを離れた。

そしてまた窓の外の化け物を見下ろす。


「とにかく、警察に連絡してみよう。スマホを貸してくれ」

先生に言われて美麗がすぐに自分のスマホを取り出した。


すでに自衛隊が学校に取り残されている自分たちに気がついているのだから、連絡しても無駄かもしれない。

それでも、なにか指示を得ることができれば次の行動をとることもできる。


「もしもし、警察ですか? こちら渡丘中学校です……」

教室の隅へ移動して先生が電話している間、10人の生徒はみんな黙り込んでいた。


外はどんどん暗くなってきて、もうじき夜が来てしまう。

このままでは学校に泊まることになるかもしえない。



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