第2話
「ちょっと、なにあれ」
呟いたのは郁だ。
「なにって、ヘリだろ?」
清が返事をしてから窓へ視線を向ける。
そして窓の外の光景に目を見張った。
ヘリは一台ではなく、複数台飛んでいる。
しかもどれもが等間隔に距離を保ちながらこちらへ向けて来ているのだ。
「先生、あれってなにかのイベントですか?」
郁が手をあげて質問する。
ヘリの音は徐々に近づいてきていて、その音はどんどん大きくなってくる。
「いや、なにも聞いてないけどなぁ」
先生が窓際へ向かい、空の様子を確認する。
ヘリは1台、2台、3台、4台も飛んでいる。
近づいてくるそれのせいで声はほとんど聞こえなくなってしまった。
利秋が窓にへばりつくようにしてヘリを見ている。
その姿はまるで子供だ。
「先生、あのヘリ学校の真上で止まったぞ?」
利秋は大声で伝えた。
確かに4台のヘリは校舎上空に来て、そこでとどまっているようなのだ。
「なんだ?」
先生も状況を把握できていないようで首をかしげる。
1時間近くこの教室にいたのだから、状況がわかっていなくても当たり前のことだった。
「職員室に行ってくるからここで待っていなさい」
そう言って教室を出ようとした先生を止めたのは恵子の悲鳴だった。
出口へ向かっていた先生は甲高い声に気がついて振り向いた。
恵子が利秋の横に立って窓の外を見ている。
その横顔は真っ青で、今にも崩れおちてしまいそうに震えている。
「土屋、どうした?」
声をかけながら戻っていくと、恵子と利秋の視線が校庭へと注がれているのがわかった。
先生の視線も自然とそちらへ向かう。
その時、視界に普段はないものが見えた。
暮れ始めてオレンジ色に染まった校庭の中を真っ黒な物体が蠢いているのが見えたのだ。
それは1体だけだったが、3階にいる自分たちにまで届きそうな巨大な生物だった。
それは校庭内でユラユラとさまようように歩き回っている。
「あれはなんなの?」
「うわ、化け物!」
「先生、あれなに!?」
気がつけば生徒たちが寄ってきて窓からあの黒い化け物を見ていた。
みんな大きく目を見開いて息を止めて化け物を見つめている。
「な、なんなのか調べてくる。きっとなにか情報があるはずだから」
なにかのイベントか?
あれは作り物か?
そう思いながらも声が震えてしっかり立っていることも難しくなっていた。
小刻みに震える膝をさすってどうにか落ち着きを取り戻す。
しっかりしろ!
今ここで俺まで取り乱してどうする!
「とにかく、教室にいなさい。外には出ないように-―」
先生が生徒へ向けてそう忠告していたときだった。
不意に外から声が聞こえてきた。
「渡丘中学校に残っているみなさま、こちらは自衛隊です」
自衛隊からのアナウンスだ。
Sクラスの全員がそのアナウンスに耳を傾ける。
「危険ですので外には出ないでください。繰り返します。危険ですので外には出ないでください」
そのアナウンスに先生の血の気がサッと引いていく。
なにかの催し物でここまでのことをするとは思えない。
なによりも、教師である自分はなにも聞いていないのだ。
学校でイベントがあるなら、生徒たちには内密にしていたとしても、教師の自分には連絡が来ているはずだ。
「先生! 先生、これってなんなんですか!?」
美麗が先生の腕を掴んで何度も質問する。
その顔には焦りや不安が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと、調べてみないと……」
そう言いながら本館の教員室へ向かうためには渡り廊下を渡らないといけないことを思い出していた。
あの細い通路を渡るのか?
あの化け物がいる中で?
もう1度校庭を見下ろしていると化け物はグラウンドの中央で動かなくなっていた。
だけど死んでいるわけじゃないのは、定期的に体が上下しているからだ。
まるで居眠りをしているようにも見える。
あれがどんな化け物で、どれだけ強いか検討もつかない。
だけど大きさだけで言えば5メートルは超えているだろう。
そんな化け物に攻撃されれば、渡り廊下なんてひとたまりもなさそうだ。
そう考えたせいで足がすくんだ。
動けずにジッと化け物を凝視する。
「先生、スマホで情報を集めていいですか?」
冷静に声を掛けてきたのは昂輝だった。
その右手にはスマホが握りしめられている。
「そ、そうだな」
動揺してしまって職員室へ戻らないと情報収集ができないと思いこんでいたけれど、今はスマホがある時代だ。
自分のスマホは職員室にあるけれど、生徒たちもみんな持っていた。
「ニュースが出てたぞ。30分くらい前に突然街に現れて、ワラリーマンをひとり食っちまったって!」
いち早く情報を仕入れたのは利秋だった。
利秋はみんなにも見えるようにスマホ画面を机に置いた。
覗き込んで確認してみると、確かに利秋が言った通りのニュースが配信されている。
化け物はカメラの前にもその姿を現しているが、真っ黒で巨大ということくらいしかわからなかった。
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