生贄教室

西羽咲 花月

第1話

渡丘中学校の3年S組だけ電気が灯り、その中からはペンを走らせる音だけが聞こえてくる。

教室の中には異様な緊張感が漂っていて、みんな一様に白いテスト用紙へ向かって回答を書き進めている。

このSクラスは特別進学コースになり、今年高校受験に力を入れている生徒たちばかり10人で成り立っている。


10人が目指す学校は国内外で有名な高校ばかりで、もちろん偏差値も高い。

他のクラスの生徒たちが早々に帰宅してもなお授業は続いていた。

Sクラスは本校舎から離れた3階で、渡り廊下でつながっている。


そのため他のクラスの生徒がまだ残っているのかどうかもわからないままだった。

「はい、そこまで」

担任の男性性教師である須江正のひとことを合図にして全員がペンを置く。


教室に流れていた緊張感は一気に緩んで穏やかな空気に変わった。

その中で天井へ向けて大きく伸びをした女子生徒がいた。

宮木郁だ。


少しぽっちゃり体型の郁はマスコット的な可愛さがある。



口元をほころばせてエクボを見せて笑っている郁を見て、隣の席の清水雄太も表情をほころばせた。

ふたりは高校に入学してから知り合い、そしてつきあい始めた関係だった。

成績も同じくらいで、同じ高校を目指している。


「あ~あ、全然わかんなかった」

ブツブツと文句を呟いているのは後方の席にいる二宮妙子だ。

「俺も。今回のテスト難しかったよな、先生本気出しただろ!」


妙子の呟きに反応して教卓に立つ先生に文句の矛先を向けたのは河島仁だ。

仁は短い髪の毛をツンツンに立てて制服を着崩している。

少し派手に見えるけれど、よくいるタイプだった。


「ほら、ふたりとも答案用紙を出してよ」

後方から答案用紙を集めていた山口理沙が文句を言う。

理沙は妙子と仁と仲が良くて、いつもこの3人で行動している。


「理沙はできたの?」

「できるわけないじゃん」

妙子からの質問に理沙は大げさに肩をすくめてみせた。



それを見た妙子が大きな声で笑う。

10人分の答案用紙が教卓の上に積まれていく。

今日はこの後先生がテストを採点して、その間生徒たちは自主勉強をする。


答案用紙が返却されれば、すべての授業が終わって帰れる予定になっている。

帰宅してから、テストで間違えたところを復習するのだ。

3年生に上がってからは毎日この繰り返しだった。


他のクラスもテストの回数は増えたようだけれど、特進クラスほどじゃなかったし、部活動を続けている生徒もまだいる。

特進クラスの10人は3年生に進学すると同時に部活動をやめていた。

「今度はもう少し簡単な問題にしてくれよぉ」


窓際の席から文句を言ったのは岩本利秋だ。



利秋はこの10人の中では最も乱暴者で、口も悪い。

3年生に上がってからは喧嘩はしていないらしいけれど、小学生の頃からよくクラスメートを泣かせていたという噂だ。

この進学クラスでは存在が浮いているけれど、本人はそんなことほとんど気にしていなかった。


土屋恵子がそんな利秋を見て鼻で笑った。

恵子はクラス内で最も大人びていて、長い髪の毛が美しい美人だった。

その雰囲気につい気圧されてしまう生徒も多かった。


さっきからうつむいてなにも言わない男子生徒の名前は安藤清。

大人しい性格で、いつも利秋からちょっかいを出されてはなにも言えずにうつむいている。

かわいそうに見えることもあったけれど、今はこのクラスにとって一番大切な時期だ


下手に声をかけて利秋のターゲットにされてはたまらない。

クラスの9人は遠目から清のことを見守るばかりだった。

そして残りふたりは日下部美麗と椎名昂輝だった。


ふたりとも成績がよくていつもトップ争いをしている。



けれどバチバチのライバル関係ではなくて、ふたりは恋人同士だった。

「今日のテストどうだった?」

昂輝が前の席に座る美麗に聞く。


美麗は軽く肩をすくめて「だいたいできたと思うよ。だけど普段よりも難しかったかも」と、返事をした。

とくに難しかった問題を伝えると昂輝も「俺もそこでつまずいた」と、同意した。

「この後俺の家で勉強しようか」


「そうだね」

ふたりの会話を聞いていた妙子がわざとらしく咳払いをしてみんなを注目させた。

「せっかく付き合ってるのにデートが勉強ってどうなのよ? つまんなさすぎない?」


妙子の言葉にクラス内から笑い声が起こる。

「ほんとそれ。優等生のデートってつまんないんだね」

「俺ならもっといいことするけどなぁ?」


理沙がすぐに妙子に同意して、仁がいやらしい笑みを浮かべる。



美麗と昂輝は苦笑いを浮かべて3人を見つめた。

3人はことあるごとに美麗と昂輝にちょっかいを出してくる。

だけど本気で相手にしたことはなかった。


結局、ふたりの関係や学力が羨ましいだけなのだろうと考えていたからだ。

「もっとデートらしいことがしたい?」

騒ぎ始めた他の生徒たちを横目に昂輝が美麗に質問した。


美麗は左右に首を振る。

「今は大切な時期だし、高校に入学してからでもデートはできるから」

「本当に? 無理してない?」


「無理なんてしてないよ」

本当言うと3年にあがってからこんなに忙しい日々になるのは思っていなかった。

だからこそ、今は昂輝の存在が大きくなっている。


昂輝がいなければきっと美麗は勉強を投げ出していただろう。



毎日行われるテストにも、もううんざりしていた。

「たまには気分を変えて図書館で勉強しようか」

「それいいね」


この街の図書館はチョッピングモールの最上階に入っている。

お腹が空けばフードコートなどで甘いものを食べられるし、ほどよい喧騒は気分転換にもなる。

「デート先変更! 図書館だってぇ!」


すぐに妙子が揶揄を飛ばして笑う。

今度は美麗も昂輝も少し顔をしかめた。

外でデートするときのその場所をバラされると、遊び半分で見に来る生徒がいるかもしれない。


それに関しては正直迷惑だった。

そんな暇があれば自分も勉強すればいいのにと思ってしまう。

「ちょっと妙子、その辺にしときなよ? ふたりとも怒ってるから」


調子に乗る妙子を止めたのは恵子だった。

「なんでよ恵子。恵子だってふたりのデートがみたいでしょう?」



「他人のデートなんでどうでもいいよ。邪魔するのも悪いし」

軽くいなして教科書を読み始めた恵子に妙子はつまらなさそうに唇を尖らせる。

「恵子ってほんとつまんないよね」


理沙がこそこそと仁と妙子に耳打ちする。

3人は今度は他の生徒には聞こえないように恵子の陰口を叩き始めて、小さく笑い声を上げる。

美麗はそれを呆れた様子で見つめた。


この3人は1人ずつならそんなに害はないのだけれど、一度全員が集まれば一気に悪口に花を咲かせたがる。

きっと、このクラス内で3人の陰口に餌食になっていない生徒は1人もいないだろう。

それでも恵子は我関せずと言った様子で勉強を勧めている。


その姿を見て見れは思わずかっこいいなぁと感じてしまう。

自分もあまりあの3人のことは気にしないようにしているけれど、どうしても目に余る時がある。

そういう時は昂輝と共に止めに入るのだ。


そうしないと、あの3人はいつまでもエスカレートしてしまうから。



そんな教室内でしばらく自主勉強を続けていると、教卓に座っていた先生が立ち上がった。

テストの採点が終わったのだ。

「今からテスト返却するぞー。間違えたところは家に帰って各自でちゃんと勉強してくるように!」


教室の中に重たいため息が漏れる。

今回のテストは難しかったから、みんな家に帰ってからの勉強を考えて億劫になっているんだろう。

美麗もその1人だった。


本当に今回のテストは難しかった。

昂輝と一緒に勉強し直す必要がある。

図書館へ行ったり、互いの家を行き来して勉強していたも、甘い雰囲気になることはなかった。


「それじゃ、返すぞ」

先生が名前を読んでテスト返却を開始しようとした、その時だった。

どこからかヘリコプターの音が聞こえてきて何の気なしに教室の窓へと視線を送った。



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2024年11月30日 22:02
2024年12月1日 17:03
2024年12月1日 22:02

生贄教室 西羽咲 花月 @katsuki03

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