第5話

教室を出て屋上へ向かう階段を駆け上がる。

突如グランドに出現した化け物はいとも簡単にヘリをなぎ倒した。

きっと、ヘリに載っていた自衛隊員たちは助かっていないだろう。

それに、あんな至近距離での攻撃も効果がなかった。


化け物の皮膚はダイヤよりも固く頑丈だ。

自分1人だけなら教室のカーテンをしめきって、耳栓をして一夜を明かすこともできたかもしれない。


だけど生徒たちは無理だ。

多感な時期だし、S組の子たちはみんな勉強漬けでやってきた。

それだけでもストレスを溜め込んでいるはずなのに、あの化け物が引き金になってしまう。


これから先のことを考えると、今すぐに生徒たちだけでも家に返してやりたかった。

一段飛ばしで階段を駆け上がればすぐに屋上へ出られる灰色の扉が現れる。


先生はポケットの中からジャラジャラついた鍵の束を取り出して、その一つを鍵穴に差し込んだ。

そして鍵を開けて外へ出る。

途端に強い風が吹き付けてきて、体ごともっていかれそうになった。



いや違う。

と、すぐに理解する。

これは残り3機になったヘリの風だ。


どうにか強風に負けないように屋上へ出た時、ヘリが1機しか見えないことに気がついた。

さっきの出来事で2機は退散したのかもしれない。

残り1機は状況を把握するためにも飛ばしておく必要があるんだろう。


1機でも残っていれば、それでいい。

先生はヘリへ向けて大きく手を振った。

すると相手はすぐに気がついてくれた。


『外は危険です! 中へ戻ってください!』

必死のアナウンス。

だけどすぐに戻るわけにはいかなかった。

先生は全身を使ったジェスチャーで生徒たちを家に帰してほしいと訴えた。


だけど答えは非情なものだった。

『それはできません。街の人達はすでに避難しています、家に戻っても、誰もいません』

「そんな……」


それはわかっていたはずのことだった。

もうこの街には自分と子どもたちしか残されていないのだ。

完全孤立状態だ。



愕然としてしまい、そのまま膝をついてしまった。

せめてヘリで一人ずつ安全な場所へ……。

そう考えたときだった。


突然グラウンドから大きな雄叫びが聞こえてきてビクリと視線をむけた。

立ち上がり、フェンス越しにグラウンドを見下ろした。

あの化け物が両腕を振り上げてサッカーゴールを破壊している。


化け物に投げ飛ばされたサッカーゴールはまるでゴムみたいにグニャリとネジ曲がって落下した。

「なんだ? 今まで静かだったのに、なんで急にあんなに暴れるんだ?」

疑問を感じた時、それに反応するかのように化け物が振り向いた。


目がどこにあるかわからない、真っ暗な闇に包まれた顔。

それがはっきりとこちらを見た。

視線がぶつかる瞬間がわかった。


とっさに身を翻して逃げようとしたけれど、足が絡まってこけてしまった。

振り返ると化け物がたった一歩で校舎へ近づくのが見えた。



『逃げてください!』

ヘリからのアナウンス。

わかってる!


必死になって立ち上がり、一歩を踏み出す。

けれどそのときにはすでに化け物の腕がこちらへ伸びてきていた。


化け物はその体とはそぐわないほど手を長く延したかと思うと、その手で先生の体を掴み上げていたのだ。

「ぎゃああ!!」

化け物の容赦ない握力に全身が破壊される衝動が訪れる。


叫んだのはほんの一瞬で、次の瞬間には手を離されていた。

先生の体は空中に投げ出されて、そのまま落ちていく。

下には大きく口を開けた化け物が待っていた。


口を開けるとその中だけは異様に真っ赤で、サラリーマンを食べた後のスーツが大きな牙に挟まっていた。

それらが視界を通り過ぎていった次の瞬間、先生の体は暗闇に吸い込まれて消えていったのだった。


☆☆☆


俺が中学校の教師になろうと決めたのは、中学3年生のころだった。

そのときの俺は思っていたように成績が上がらないことで、ランクを下げた高校を受験しようかどうしようか悩んでいた。


正直将来の夢もやってみたい職業もなかった俺は、別にランクを落としても問題はないと思っていた。

そんなときに話を聞いてくれたのが、当時の担任の飯原という男性教員だった。

「須江はもう少し頑張れば志望校に行くことができるんだ。頑張ってみればいいんじゃないか?」


「はぁ……」

最初はそんなありきたりな言葉を気にも止めていなかった。


志望校と言っても自分の実力にあった高校をピックアップして伝えていただけなので、別にどうしてもその高校に進学したいわけじゃなかった。

「まぁ、須江がどうしたいかが一番だけどな」


反応の鈍さに担任の飯原は呆れ顔だった気がする。



「別に、高校はどこでもいいです。やりたい仕事もないし、行きたい大学もないし」

そんなつまらない返事をする俺に飯原はしばらく考え込むように黙り込んだ。


もしかして叱られるだろうか。

一瞬そう思って身構えたけれど、飯原は真剣な表情で「それなら教師を目指してみたらどうだ?」と、提案してきたのだ。


突然のことで返事ができなかった。

どうして教師なのか。

先生が教師をしているから、何の気なしに提案しただけなのか。


意図がつかめなくて首をかしげる。

「やりたいことがないっていうのは、なんでもやってみることができるってことだ。先生は須江は教師に向いていると思うけどなぁ」


このときのそんな一言で、俺は教師を目指すことになった。

特別なにかをしたいと思ったわけじゃない。

ただ、このとき先生に言われたひとことで、なんでもできるような気になっただけだった。

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