第5話 オオカミ君、入室

鐘の音に共鳴するように周囲の木でできた壁や天井がザワザワガタガタして、壁掛けランプの手前の方から奥に向かって赤と紫の火が順々に点っていった。廊下の突き当たりに見えるのは、welcomeという看板がかかった木の扉だ。


猫「ナーオ」


どうやら彼女の案内はここで終わりらしい。


オオカミ「案内ありがとうございました」


ミス・ルーナがさっさと行けみたいな風に尻尾で入口を指すので、一言だけお礼を告げて扉を開けた。



〜オオカミ君、入室〜



??「クリアおめでとう……エ人間!?」


部屋の奥からやって来たのは全身包帯ぐるぐるのミイラ男だった。よく見ると包帯の中身は空っぽである。


ミイラ「凄いな、どうやってここまで辿り着いたんだ?」


??「人間があの試練を越えて来れるわけないじゃない。狼男でしょ」


そう言いながら現れたのは派手なピンク色のウルフカットの髪をした女悪魔だ。背中から黒くてかっこいいギザギザの羽と尻尾が生えている。見た目はちっちゃくて可愛い少女だが、悪魔は長寿なので姿だけでは判断出来ない。それにしてもなんて露出度の高い服なんだ…!!オオカミ君は視線のやり場に困ってぎこちなくなってしまった。


ミイラ「成程、確かにそうだ。狼男君、名前は?」


オオカミ「…?」


ミイラ「名前、なんていうんだ?」


オオカミ「……?」


ミイラ「ンン…?」


悪魔「ハァ、バカの会話だわ…此奴今何も聞こえてないんじゃないの」


ミイラ「…あっ、試練のときに耳をやられたのか、道理で話しかけても答えない訳だ」


そう。試練の際に爆音で大ダメージを受け、オオカミ君の鼓膜はイカれていたのだ。



◾︎


ミイラ「獣系のモンスターは聴力が良すぎるせいで音の攻撃に弱いからな。耳の調子はどうだ?」


オオカミ「バッチリ治りました…あのでもお金が…イチモンも無くて…」


ミイラ「ァー…まぁ大丈夫だろ。まだいっぱいあるし」


ミイラの言った通り、部屋を見渡すと色とりどりの薬瓶が壁中の棚を埋めつくしていた。ガラスの瓶のキラキラに囲まれていて幻想的で幸せな空間だ。


悪魔「またモンスターが増えるのね…メンドクサ」


ミイラ「入居者が女じゃなかったから拗ねてるんだ、気にするな」


悪魔「ハァ…」


オオカミ「…居ない方がいい?」


悪魔「別に。居てもいなくても変わらないわよ」


孤独なオオカミにとってこのシェアハウスは新しい仲間と共に暮らせるかもしれない唯一希望のある家だった。だから住む許可が降りてオオカミ君はほっとしていた。


??「おや、新しい入居者ですか?」


いくつかある扉のうちのひとつが開き、中から黒檀の美しい毛並みをした化け猫が出てきた。

立派な猫耳のついたボブヘアーは照明を反射して煌めいている。二足歩行で身長はオオカミ君よりも頭ひとつ分大きい。


オオカミ「黒猫の獣人…?」


黒猫「ここの住人です(人じゃないけど)。リリー、彼は追い出さなくていいんですか?私の時みたいに」


悪魔「あんた居たの?よかったら今すぐ出ていってくれない?」


黒猫「嫌です♡」


悪魔「じゃあ死んで?」


ミイラ「言い過ぎ」


黒猫は悪魔にかなり嫌われていた。


黒猫「私の名前はマーシェリーです。好きな風に呼んでください。敬語じゃなくてもいいですからね」


オオカミ「じゃあマーさんと」


黒猫「マーさん……アリですね⟡」


ミイラ「俺は名前が無いのでミイラと呼んでくれ」


オオカミ「ミイラさん」


補足。モンスターは名前を呼び会う習慣が無い種族も多く、そういった種族は仕えているご主人様のファミリーネームや種族名をそのまま名乗ったりするのだ。


黒猫「彼女は…」


悪魔「私名前で呼ばれるの好きじゃないの。姉様(ねえさま)と呼びなさい」


オオカミ「ねーさまさん」


悪魔「“さん”はいらないわよ」


先程マーさんは彼女をリリーと呼んでいたが、あれはマーさんが勝手につけた愛称だ。ちなみに彼女はそのように呼ばれることを大変嫌っている。


黒猫「では改めて歓迎します…あぁ失敬。まだ名前を聞いていませんでしたね」


オオカミ「狼男のグレイヴォルフです。これからよろしくねがいします」


一瞬、微かに場の空気が固まった。

そのことに対してオオカミ君は何も反応しなかった。

まぁ何はともあれ一件落着、オオカミ君はひとまずこの家に居られることになった。

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