【第1部〜序章編〜】第25話 瑞稀、中国軍に捕らわれる
翌朝、ネットで調べると、ちょうど台北市に国防部空軍司令部がある事を知った。ただ全てでは無いが、この周辺は写真撮影も禁止されている。撮影しただけで恐らく、スパイ容疑で逮捕されるだろう。禁止区域の注意書が読めない日本人が、写真撮影してしまい逮捕され、数年間も勾留されて、日本政府が交渉しても返してもらえない、と言ったニュースが時々話題になる。つまり、ここはそれだけ重要な場所だと言う事だ。『影の部屋』を使って探りを入れるつもりだが、絶対に見つかってはいけない。勾留されるならまだしも最悪の場合、処刑もあり得る。
『影の部屋(シャドウルーム)』を唱え、場所を確認して飛んだ。あっという間に辿り着いた。門は封鎖され、入口は左右の見張りに守られていた。警戒厳重だな。問題もある。なにせ、中国人と台湾人の見分けがつかない。中国人は訛りとかで台湾人だな?とか分かるんだろうけど。そう言えば私の『絶世の美女』は、オートで魅了効果を発揮しているんだっけ?意図的に魅了の力を上げれば、操ったり情報を聞き出したり出来るのかな?
〝はい、出来ます〟
例の如く自動音声ガイドが答えてくれた。もっと自分の力を使いこなさなくては宝の持ち腐れだ。正直、自分の能力をあまり把握していない。
影の世界の中から門をくぐると、大音量でアラートが鳴った。
「えっ?嘘っ、何?」
誰も居ないはずの影の世界に、武装兵が4、5人ほど突如現れた。「站住(ヂァンヂゥー)!别动(ビィエドン)!(止まれ!動くな!)」
銃口を向けて、此方の様子を伺っている。
「何言ってるか分からないよ!」
「你是日本人吗?《ニースゥーリーベンレンマー》(お前、日本人か?)」
「是啊(シィーア)!(そうよ!)」
華流ドラマのおかげで単語くらいなら分かるな。私の発音が通じるか知らんけど。
『闇の拘束(ダークバインド)』
武装兵が唱えた呪文が闇のロープとなって、私の身体を拘束するかに見えたが、それは拘束する事なく私の足元に落ちた。私も闇属性魔法スキル持ちだ。同じ属性の魔法は、上位ランクには効きにくい。
「!?」
武装兵らは抵抗されたと思ったのか?更に激しく銃口を突き付けてきた。
『光の拘束(ライトバインド)」
私が拘束呪文を唱えて、逆に彼らを拘束した。
「ふぅ、取り敢えずは良し。所で影の世界に私以外で入れるの?」
〝誤解されているかも知れませんが、『影の部屋(シャドウルーム)』は主様だけの世界ではなく、闇魔法の『影の部屋(シャドウルーム)』が使えれば入る事が出来ます〟
「えぇー、そんなの知らんし。今更な話だよ」
計画が大きく崩れた。影の世界で探索すれば、簡単に情報なんて入手出来るとタカを括くくっていた。そんなに甘いものでは無かった。現に門を一歩くぐっただけで、武装兵に取り囲まれたのだ。
『自動書込地図(オートマッピング)』
数百の赤い光が、私のいる場所目掛けて向かって来ている。赤ランプは敵意の印だ。ここにいては不味まずい。地上に捕虜を放り出し、誰もいない部屋に飛び込んだ。
「!?」
瞬間、左太腿に光が当たった様に見えた。レーザーの様なもので容赦なく撃ち抜かれていた。反動ですっ転んで倒れ、うずくまった。熱さを感じた後から声にならない痛みが走る。激痛で太腿を押さえて転げ回る。血が飛び散り、辺りは血の海となった。が、それも束の間で、すぐに傷は塞ふさがり痛みも消えていた。傷が癒たのを気付かれない様に、痛がっているフリをした。
(私は念の為、最高度の防御魔法を掛けていたのに紙の様だったよ?)
気付かれない様に、『音声ガイド機能』と心の中で会話する。
〝彼は『銃神』の称号持ちで剣聖に匹敵します。更に相性の良い『貫通』のスキルを持っています。『貫通』は防御不可で、あらゆる物を透過して攻撃を必中させます〟
(防御不能の上、攻撃必中効果まであるなんて、ある意味、無敵じゃないの)
『自動言語翻訳(オートトランスレーション)』を使ったのだろう、男の言葉が理解出来る。
「日本人らしいな、顔を見せろ!」
「なるほど美しい。まさに絶世の美女だ。もしかするとお前か、張玉が言っていた日本人美女は?」
「何者だ?俺の部下は優秀でな、ここにはエリートしかいない。精鋭中の精鋭だ。偶然では片付けられない。あいつらの中にはAAAもいた。つまりお前はSランク以上と言う事だ」
「日本人のSランクは聖女の麻生佳澄だけだろう?するとお前が麻生佳澄なのか?」
捲し立てられたが、何故こいつらが麻生さんの名前を知っている?
「驚いたか?お前ら敵国の情報は常に把握していて当然だ」
銃口を私の後頭部に当て、額を床に擦りつけられた。
「お前は何者だ?正直に言わないと脳みそをぶち撒ける事になるぞ」
「私は麻生さんではありません!神崎瑞稀、民間人です」
「あははは、嘘つけ!どうやら死にたい様だな」
銃の引き金に指をかける音が直接頭に響く。不老不死の私が死ぬ事は無い、多分。でも足を撃たれた時、とんでもない激痛が走った。すぐに傷は治ったけど。死ななくても痛みはあると言う事だ。頭が吹っ飛ぶ痛さって、想像も出来ない。誰も味わった事が無い。だって頭が吹っ飛んだら死ぬんだから、誰も痛みを知らない。そう思うと急に恐怖を感じた。
「嘘では無いです。助けて下さい!」
震えながら言うと、勝利を確信して安心したのか?銃口を突き付ける手を緩めてくれた。
「くっ、何で魅了の効果が現れない?」
〝彼は魅了耐性Aのスキルを持っています〟
「魅了で操って逃げる事も出来ないのか」
頭が真っ白になって考えがまとまらない。
「張玉より先に味見するのも悪くない」
舌なめずりをして服を剥ぎ取り、押し倒して来た。
「抵抗すれば殺す。大人しくしていれば直ぐに終わる。釈放はしないが、俺の女になれば処刑は免れる様に、口添えしてやろう」
正直、私は中身が男だから身体を触られるくらい、なんて事は無いと思っていた。でも知らず知らずのうちに、心も女性になっていた様だ。どうしようもなく涙が溢れて来る。好きでも無い相手に力づくで犯される事の恐怖、悲しみ、悔しさ、怒り、絶望。女性が性的に襲われる恐怖を身を持って知った。
(抵抗はしない、感情は殺す。人形の様になった私を好きにすれば良い。心までは渡さない。それが唯一の抵抗だ)
目を閉じた。もうどうでも良いと思い、男に言われるがままにした。男は満足して、私の身体を好き放題に、弄び始めた。意思とは関係なく身体は反応し、絶頂に達してしまった。羞恥心と悔しさで涙が溢れて来る。
「気持ち良かったか?そろそろ頃合いだろう?聖女の味はどうかな?」
男は私の両足首を掴んで広げた。
「痛い、痛い、痛い!」
思わず声が出る。
「もしかしてまだ処女か?」
男は嬉しそうにキスをしながら舌を入れて来た。
こんな奴に処女を奪われるなんて。台湾なんて来るんじゃなかったと後悔した。好きでも無い相手に穢された。山下ごめん。あぁ、私はこんなにも山下の事が好きだったんだ。もう貴方に愛される資格は無い。私の事は忘れて…。死にたい気持ちになる絶望感の中で、身体は反応して感じている自分が一番許せなかった。
「何をしている!」
声の主は、怒号と共にドアを蹴破って入って来た。張玉だった。
「見ないで!」
助けてでもなく、最初に口に出た言葉は、犯されている自分の姿を見られたく無いと言う気持ちだった。
「何だ張玉、お前も混ざりたいのか?」
「ぶっ殺してやる!」
と叫ぶよりも早く手が出て、男を殴り飛ばしていた。そして、身に付けていたマントを脱いで、私にそっと掛けてくれた。張玉を見て安心して糸が切れてしまったのか、彼の胸で号泣した。
「うぅぅぅっ…穢された、もうお嫁に行けない。死にたい」
と泣きながら何度も繰り返した。
張玉は優しく抱きしめて背中を摩さすりながら、「汚れてない。貴女は美しい。穢れてない」と繰り返して慰めてくれた。
男は起き上がり、「張玉お前もその女を庇うなら同罪だ!」と叫んで彼に銃口を突き付けた。
「そこまでだ、王(ワン)少将!」
身分の高そうな男が入って来るなり一喝した。
「チッ。運の良い奴め」
舌打ちして王と呼ばれた男は出て行った。
「張玉(ヂャン・ユゥ)中将、その日本人女性にはスパイ容疑がかけられている。分かるな。服を着せたら連れて来い」
後ろに控えていた兵士に目配せをして、軍服を渡された。
「服と言ってもここにはこれしか無くてね」
身分の高そうな男も出て行った。
張玉は私を慰め、服を着る様に促し、額に軽くキスをして部屋から出て行った。
軍服を着て部屋を出ると、窓の無い部屋に案内された。部屋の中には机が1つあり、それに対面して椅子が並べられていた。まるで企業に面接に来た様な感じだ。
軍服を渡してくれた身分の高そうな男が座っていた。
「さて、貴女にはスパイ容疑がかけられています。私はここの副司令官を勤めている、李順と言います。まずは、此方の彼が貴女のステイタスを確認させて頂きます。彼は機密である為、名前は明かせません」
李副司令官の隣りに座る眼光の鋭い男が、私を一瞥する。私も彼のステイタスを覗こうと試みたが見えなかった。恐らく神眼持ちなのだろう。男が私を見たステイタスを書き込んでいく。それを副司令官と側で立っている張玉に見せた。
「こ、これは…」
彼らは驚きの表情で私のステイタスを食い入る様に見ていた。そして何処かに電話をかけていた。
「まさか最後のSSSランクにこんな形でお目にかかれるとは、光栄ですな」
副司令官は興奮した様子で話しかけて来た。
「男…?この女性変化と言うのは?」
張玉は、私が男なのか女なのかが気になって仕方がない様だった。当然だろう。彼は私に惚れているのだから。神眼持ちの男が、「今は心も女性でしょう?」と答えた。女性変化は見た目が女性になるだけでなく、心まで女性になるらしく、変化前の男性の時の記憶がある為、本人は変化に気付きにくいとの事だった。なんで、本人の私が知らない事を知っているんだ?
「不老不死、身体精神状態異常無効、聖女、回復、防御、光と闇魔法か…凄まじいな」
李副司令官達は毒付いた。
(聖女?まだ私、挿れられていなかったのか…)
そこは救いだったが、王に穢された事に変わりはない。張玉も私の聖女を確認して安堵した様だ。男は好きな女が、犯られたか犯られてないかが重要だよね。でも女はそこが重要ではない。好意の無い相手には指1本だって触れられたくない。ましてや、されていなくても、あそこまでされれば、私の中ではHしたも同然で、山下に合わす顔が無い。
「さて、貴女のこれからだが…」
李副司令官の声色が変わって、拒否は許されない気迫オーラを感じる。
提案されたのは、
①張玉中将と結婚して、国(中国)に忠誠を誓う
②結界に封印されて永久に勾留される
選択がある様で、選択の余地は無く、彼らは私の能力を利用しようと考えたのだ。
「貴女は自分の能力を隠しているんですね?日本政府も貴女の事を把握していませんでした。米国もです」
「日本は貴女の事を知らない。これは此方には大変都合が良い事です。貴女1人が消えても日本政府には気付かれないし、国際問題にはならない。軍事機密機関に不法侵入した日本人を消したと発表するだけですから」
どうしたものか?通常なら迷わず①を選ぶしかない状況だ。取り敢えず①を選択すれば、隙を見て日本に逃げ帰るチャンスもあるだろう。しかしそれは、誠意を尽くしてくれた張玉を裏切る行為だ。少なからずとも彼は私に優しくしてくれて好意も持っている。政略結婚でありながら、彼は好きな相手と結婚出来る事になるのだから、不満など無いだろう。そんな彼を裏切る事は、甘いと言われても私には出来ない。
「えーっと…」
返答に困っている私に対して李副司令官は、優しく聞いて来た。
「本国に婚約者か恋人でもいるのかね?」
「婚約者はいません…彼氏はいますが…」
「それなら…」
と、張玉に目線を合わせながら話した。
「張中将は貴女にも申し分はないと思うが、どうだろう?この通り優しく誠実で実直な男だ。今の時代には珍しい。それに顔も良い。何よりも彼は貴女と同じ我国が誇るSSSランクだ。釣り合いも取れる。私を飛び越えて将来の元帥候補だよ」
はははははと、大声で笑ってみせた。
「少し考えさせて下さい…」
婚約者で無ければ何も問題ないだろ?みたいな言い方されたな。簡単に好きな人を諦めろ、とでも言うつもりか?
「そうだな、あまり時間は無いが、良く考える事だ」
李副司令官は席を立った。神眼持ちの男と護衛たちがそれに続いて部屋を出て行った。
私もまた部屋を出されて、別の部屋を案内された。そこに行く間は目隠しをさせられた。辿り着いたらしく、部屋の中でようやく目隠しを外された。
「すまない。暫くの間、辛抱してくれ。良い返事を待ってる」
張玉の能力で異空間に貼られた結界の中に閉じ込められた。結界の中には着替えや寝床、食事などが用意されていた。結界と言うよりも、真っ白な壁で出来た部屋に閉じ込められている感じだ?
(なんとかここから出る方法を考えなくては…)
先程の王に襲われた悪夢が甦って来る。一刻も早く、穢けがされたこの身体を洗いたい。この結界の中には、ちゃんと浴室が存在していた。彼なりの配慮だろう。身体を擦っても擦っても汚れている気がする。涙が溢れ、止まらない。精神状態異常無効はどうした?鬱になりそうだぞ!
用意された食事に全く手を付けず、ベッドで丸くなっていた。気が付けば、その状態を3日も繰り返していた。流石に心配され、張玉や他の将校らが様子を伺いに来たが、一言も口は聞かず無視してやった。
身体状態異常無効は恐ろしい能力だ。
1滴の水分も摂とっていないので、本来なら喉の渇きは地獄だ。人間は3日飲まなければ、脱水症状で死ぬと聞いた。それでも脱水症状にもならず死ねない。死ねないのは不死の能力だろうけども。空腹でひもじい、それでも餓死出来ない。それなのに、ステイタスを見ても体重は1gも減ってはいなかった。ここから出る方法を考えたけど、分からない。今日で5日目だ。
(会社、無断欠勤してるなぁ、クビかな…?)
こんな状況でまだ会社に出勤していない事を考えるあたり、サラリーマンだよなぁ、と思い1人苦笑いした。
この5日間、己を知る為にステイタスと睨めっこしていた。結界の中からでも、脱出出来るかも知れない呪文を確認した。闇魔法にある『超重力空間転移ブラックホール』だ。本来は相手を異空間に転移させて倒す呪文で、勿論これだけなら無事にこちらの世界に戻って来れるか分からないので自分には使えない。しかし、光魔法には『異空間転移ホワイトホール』と言う呪文があり、どうやら異空間を自分の行った事のある座標と繋いで転移出来るみたいだ。この組み合わせなら、ここから脱出が出来そうだ。ただ、ブラックホールの中に入るのは怖い。光すら吸い込む超重力だ。本当に出られるのか心配だ。だがもうこれしか方法が無い。張玉宛に手紙を残した。
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