【第1部〜序章編〜】第24話 瑞稀、台湾へ
「うっわ、蒸暑っ」
もう9月だと言うのにこの暑さは、日本だと体感的に猛暑日の8月真っ只中くらいの気温に感じる。沖縄の那覇市から台北市までは約650kmくらい離れている。沖縄より南だから何となく暑いに違いないとは思っていたけど、こんなに暑いのは予想外だ。
台湾は北部が亜熱帯気候で、南部は熱帯気候であり、北部と南部では気候が異なる。北部の冬は寒くなるが、南部は1年通して暖かい。台北市は北部に位置し、6月から9月までは夏とされている。6月くらいから台風シーズンになるらしいのだが、今日は快晴で時折り強く吹く風が心地良い。見るもの全てが真新しい。日本とはまた違った建物、石畳、ただ歩いてるだけなのに、心が躍る。空気までもが違う様に感じる。
(ずっと中国に来てみたかった…)
台湾のお店の人から見れば、観光に来た訳ではない私も、その辺りにいる観光客と区別がつかないだろう。何気なく入った雑貨屋で、大声で会話している奥様達がいた。海外で聞く日本語、ただそれだけで心強く感じる。何せ初めて来た中国。本土ではないにしろ、自分にとっては台湾も十分に中国の雰囲気が味わえ、「来た」と言う満足感が得られた。もっとも、台湾の人達からすれば、自分達は中国人ではない!と言って、怒って反論されそうなのだが。1人での海外は心細さもあったが、止められないワクワクが、抑えきれない興奮が心を包み込んでいく。
(あぁ、楽しい…)
それにしても暑い。
涼みたいと思って店に目を配らせると、甘い匂いを漂わせている店があった。
「やっぱり台湾と言えばコレだよねー」
ふわふわのカキ氷屋を見つけて店内に入った。ちょうど今の時期はマンゴーのシーズンらしくて、マンゴーシロップを使ったカキ氷がイチ押しみたいだ。マンゴーって正直、女子の食べ物だと思っていたので、今まで口にした事がなかった。この際なので、芒果雪花冰(マンゴーシュエファービン)をレジに並んで注文した。中国語だと分かりにくいが、要は、マンゴー味で雪の様にふわふわなカキ氷って事だ。会計を済ませると窓際の席を案内された。
「うーん、美味しそうな甘酸っぱい匂いがする」
スプーンで掬って口に運んだ。
「うわぁ、一瞬で溶けたよ。マンゴーも初めて食べたけど、美味しい」
これはハマるわ、女子がマンゴー好きな理由を納得した。この台湾カキ氷の口溶けの良いこと。ふわふわサラサラのカキ氷が舌に乗った瞬間に溶け、マンゴーの甘酸っぱさが口の中に広がりながら、甘い香が鼻に抜ける。自然と顔が綻び、笑みが溢れていた。気がつくと店内は、他のお客さんで一杯になっていた。1人でテーブルを占領してたら他のお客さんに申し訳ないと思って慌てて出た。外に出た時に、店員さんに声を掛けられて、何だか知らないけど、食べ歩き様にプラスチック容器に入れられてるのを、1つ渡された。どうやらサービスでくれるらしい。
「謝謝你(シェーシェーニー)(ありがとう)」
笑顔で応えると、相手も満足そうだった。食べ歩きしていると、セブン◯レブンが見えて来た。台湾にもあるのかと思いながら、空になったカキ氷の容器をゴミ箱に捨てた。
そろそろ本場の歴史書を見てみたい。当初の予定は頭から消えてしまい、完全に浮かれて観光を満喫していた。大勢の観光客の後ろから付いて歩き、街並みを興味深く見ていると、古本屋らしきお店があったので入ってみた。中に入ると少しカビ臭い匂いと、独特な書物の匂いがする。本好きなら、この匂いだけで気分が高揚して来るはずだ。歴史系の本は何処かな?と思いながら、目を配らせていると「三國志」と書かれた書物を見つけた。日本だけでなく、台湾でも三國志の人気は高い。
「三國志は読み飽きたんだよねー」
と言いつつも、手に取って見た。中国語が読めないので、漢字の羅列を見て知ってる三國志の内容と被せて話の内容を想像した。
(三國志の置いてあった周辺には、中国の歴史関連本が置いてあるのかな?)
と想像して、近くの棚から適当に本を取ろうとした。
「うわっ」
どんっ、と身体をぶつけられ、前のめりになってバランスを崩して、本棚に激突しそうになった。しかし、ぶつかった男が素早く私を腕に抱いて助けた。助け起こしながら、男は私に聞き取れない中国語で何か言って来たが、何を言っているのか全く分からない。
「你是日本人吗?(ニースゥーリーベンレンマー?)(貴女は日本人か?)」
今度はゆっくりと発音して、話掛けて来た。
(你にーあなた、是すぅー~です、日本人りーべんれん、嗎まー?えっと、あなたは日本人ですか?と聞かれているのかな?)
「う、ウォー、スゥー、リーベンレン(我是日本人)」
私の拙ない発音では通じないかなぁ、やっぱり…?
日本語は50音、中国語は母音と子音に加え、第1声から第4声があり、それらの発音を組み合わせると、およそ1300音と言われている。「是スゥー」はシーとスーの間の様な発音で、前歯に息を当てて抜ける様にして発音する。日本語には無い発音の為、日本人には聞き取りにくく、頭の中で最も近い発音として解釈される。この為、「是」は単体では「はい(了解しました)」と言う意味なので、会話では頻繁に良く使われるのだが、殆どの日本人の耳には「シュー」と言っている様にしか聞こえないだろう。日本人が耳で聞こえた通りに発音の真似をして話しても、まず通じない。文脈から理解してくれ様にも、中国語は全て漢字。その漢字の種類の違いは、先述した第1声から第4声の発音で表して区別する。つまり漢字毎に発音が違うと言う事なのだ。発音が下手くそだと中国人には何を言っているのか通じない。これでも随分とマシになった方なのだ。昔は第12声や、それ以上の発音があり、今でも地方の高齢者はその発音の為、同じ中国人同士でさえ言葉が通じなかったりするらしい。華流ドラマなど見ていると、中国語の台詞に中国語字幕が必ず表示されている。これは、字を見ないと台詞だけでは何を言っているか通じない人もいるからだ。
男は顔を覗き込んで来て、クスリと笑った。肌の色は少し日に焼けているが、目は優しく流れ、眉はキリリと上がり、鼻や口の形のバランスが良い。絶対に俳優さんかモデルだろう?日本人にもウケる超イケメンだ。
「美しいお嬢さん、お怪我はありませんでしたか?」
今度は流暢な日本語だった。
「はい、大丈夫です」
「良かった」
彼の言葉も分かるし、私の言葉も通じてるみたいだ。日本語が喋れたんだ?でも何だか変な感じがする。気付かれない様に『自動音声ガイド』をONにした。
(何だか良く分からないけど、急に彼の言葉が分かる様になったのは何でだろう?)
〝主様、彼は『自動言語翻訳(オートトランスレーション)』を使っています〟
(こっちの言葉とあっちの言葉が、同時翻訳されてるって事かな?)
〝左様でございます〟
(私も使えたりするのかな?)
〝はい、生活魔法の中にございます〟
(生活魔法、マジ神!凄い便利)
「あの、まだ食事されて無ければ、ご馳走させて下さい。美味しいお勧めのお店を案内しますよ」
「有難う御座います、宜しくお願いします」
有難い申し出だ、それとなく中国軍の事や、変わった事件がないか聞いてみよう。会話が出来ないとコミュニケーション取るのも難しいよね、と1人で納得した。中国も日本も、いや世界共通かな?距離を縮めるのは先ず、一緒に食事からだよね。
本屋から外に出ると、腰に手を回されて「しっかり掴まって」と言われて空に浮いた。反射的に驚いて彼にしがみ付いた。自分でも空を飛べるが、高所恐怖症の私は、まだ慣れてなくて恐怖が勝つ。
(空が飛べるって事は、この人もSランク以上か…私のランクがバレない様にしなければ)
空から指差しながら観光地を教えてくれた。それにしてもイケメンだなぁ。目が合い、思わず逸らした。この人めっちゃ目を見て話してくる。私は照れ恥ずかしいと言うか、苦手だなぁ。すると突然、腰に回されてた手を放された。
「ひゃあぁぁぁぁぁ」
もの凄い速度で地面を目掛けて落下して行く。彼は一瞬で追いついて、私を抱え上げたので、咄嗟に首にしがみ付いた。奇しくもお姫様抱っこの形になった。彼は声を出して笑っていた。イジワルだなぁ。
(あっ!なるほどね?)
少しムッとしたが、直ぐに私はピーんと来て怒るのを止めた。何故なら、腰に手を回していた時よりも、今の方がだいぶ密着度が上がっている。これは私に触れたくてやったんだな?自意識過剰などではなく、こう言うのは分かってしまう。同じ男だからだ。こんなイケメンなら、せこい手を使わなくても女の子を落とせるだろうに、単にイタズラ好きなのか?まぁ、気持ちは分かる。鏡に映った時に見た女性の私は、とんでもなく美人だからな。「絶世の美女」の称号は伊達じゃない。女性化した自分に惚れてしまいそうなので、実はあまり鏡を見ない様にしていた。美女になってチヤホヤされる気分も悪くはない。中身は男だけども。でもいつかは寿命が尽きて死ぬ。そして女性として生まれ変わり、永遠に生きる事になる。あと70年くらい経つと100歳超えてるから、恐らく私はもう死んでいるだろうな。完全に女性化した後は、男だった時の事を思い出して、懐かしんだり、悩んだりするのかな?
私が無口になり、先ほどの落下で怒ってると思ったのか?着地はもの凄く丁寧にゆっくりと降りてくれた。
「对不起(ドゥブチ)(ごめんね)」
中国人は基本的に謝らない。日本人とは違って言葉が重いのだ。だから約束を守らない者は殆どいない。1度口に出した事は、何が何でもやり遂げようとする人種だ。それが出来ない事を恥だと考えている。守れない約束なら最初から約束などしない。面子を何よりも尊び、恥をかくくらいなら死を選ぶ。
こんな話がある。義兄弟の契りを交わした男達がいた。年末に会って酒を酌み交わそうと約束をした。義弟の方は仕事に手こずってしまい、年末までに帰る事が難しくなった。義兄の家まで千里も離れていたからだ。年末となり、義兄は久々に義弟と飲めると、飲み会の準備をしていた。すると、いつの間にか義弟が申し訳なさそうな顔をして、部屋の片隅に立っていた。
「義兄さん、申し訳ないが行けなくなった、赦してくれ」
と言って涙を流した。
「どうした?行けないも何も、もう来てるじゃないか?」
義兄がそう言って、席を案内しようとすると、義弟の姿が薄くなって消えてしまった。後で分かった事だが、人の魂は千里を行くと聞いた義弟が、魂となって義兄に会いに行くと言って、首を斬って自害したそうだ。何やら霊的な話になってしまったが、これは実話だ。
この様にして中国人は、口に出して約束した事は、死んでも守ろうとする。だから、簡単には謝らない。自分が100%間違っていると思って行動する人などいない。相手に少しでも非があるなら、こちらだけの非ではない、と考えるから簡単には謝らないのだ。そんな彼が謝って見せたのは、間違いなく私に、気があるからだ。気がある女性の機嫌を取ろうとするのは世界共通だ。
彼が連れて来たお店は、洋館風で日本の大正浪漫を想わせる造りで、趣きがあって良い。要はお洒落なお店だ。勝手な思い込みで中国では、愛想も良くない店員が無作法にお水をドンと置いたり、店内の客は周りにお構いなく大声で会話しているイメージがあった。だけど、ちゃんと笑顔でお水をそっと置いてくれたし、給仕さんは周囲が見渡せる端っこに立って気を配っている。また、席に着いてる他のお客さんも小声で話をしていて、料理が出て来るのを待っている。店内は物静かで落ち着いた感じで、何と言っても胡弓が奏でるゆったりとした曲調が店の雰囲気にあっている。勿論、横で演奏してくれている訳ではなく、CDか何かで流れている。
料理名がよく分からないので、あまり辛くない料理をお任せにした。台湾は小籠包も有名で美味しいらしく、流石にその字は読めたので注文に加えてもらった。
早速、小籠包が運ばれて来た。肉まんくらいの大きさだと思っていたけど、出て来たのは予想よりも小さく、餃子か焼売より一回り大きいくらいの1口サイズだ。猫舌なので、熱そうだなと思って箸で半分に割ると中からジュワッと肉汁が溢れ出た。その瞬間にお肉の美味しそうな匂いが鼻を抜け食欲を唆そそる。口の中に入れると、残りの肉汁が口一杯に広がった。
「美味しい!」
人は美味しい物を食べると自然と笑顔になる。
「好吃吗?(ハォチーマ?)(美味しいですか?)」
私が美味しそうに食べてるのを見て、彼は満足そうだった。
「好吃ハォチー(美味しい)、好吃ハォチー(美味しい)!」
もしかして、お気に入りのお店だった?
男は気がある女性を、自分の気に入ったお店に連れて行って、共感したいと思うものだ。
それから、魯肉飯や牛肉麺などの料理が運ばれて、どれも美味しくて満喫した。魯肉飯は、醤油にみりん、生姜やニンニク、八角や中華調味料などで味付けして、豚バラ、干し海老を甘辛く煮込んだ物をご飯の上に掛けている丼もので、味付けも濃くてご飯がすすむ。牛肉麺は、牛骨ラーメン風で牛骨を煮込んだスープに青菜や角切りの牛肉が入った麺料理だが、見た目に反してアッサリした味付けなので、魯肉飯との相性は抜群だ。出て来た時は、炭水化物ばかりだなって思ったんだけど、たまにはこう言うのも良いな、と思えるくらい美味しかった。勿論、どれも女性化した胃袋で1人前は食べられないから、シェアしたのは言うまでもない。
食べているばかりじゃなく、情報収集にも努めた。彼の名前は張玉(ヂャン・ユゥ)で、コップに結露した水滴で名前を書いてくれたが、私はチョウ・ギョクと読んでしまった。彼は台湾人ではなく、中国人だった。観光ではなく仕事で来ているらしい。
「どの様なお仕事で台湾へ?」
「商品の仕入でね」
「よく来られるんですか?」
「最近はずっと本土と行き来しているよ」
「大変ですね」
「いや、もう慣れましたよ」
そろそろ本題を切り出そうか。
「ところで、軍関係の方とかに心当たりはありませんか?」
彼は少し間を置いて、怪訝そうな目で私を見た。
「貴女の様な方が何故、軍に興味が?」
「近年、中国軍の戦闘機が台湾の領空を飛んだり、海域で軍事演習とかしたニュースを見まして、(台湾が)安全なのか心配だったんです」
「なるほど。まぁ、マスメディアと言うものは大袈裟に書き立てるものなので。領空を飛んだのは、先に所属不明の台湾軍機が飛んでたので、警告しに行っただけですよ。海域の方は、米国と韓国、日本の合同演習に反発して見せたパフォーマンスで、台湾に圧力をかけるつもりではないんですよ」
「誤解してたみたいで、ごめんなさい」
にっこり微笑んで、彼の疑いを逸らそうとした。
「誤解が解けて良かった」
彼も笑った。
お互い話題を逸らしたそうな空気だな。
彼は民間人だし、これ以上は聞けないかな。
「ちょっと疲れたのでホテルに戻って休みます」
「その前に足湯に行きませんか?足の疲れが取れますよ」
「良いですね。是非お願いします」
日本でも馴染みの足湯だが中国は本場で、ここ台湾にも多くの施設がある。足湯は、日本の温泉並みに認知されており、公共の足湯場や、温泉と併設して足湯場があったり、各家庭にも足湯を楽しむ為の道具を当然の様に持っていて、もはや生活の一部とも言える文化がある。
彼に案内されて来た足湯場は、新北投シンベイトゥ駅から徒歩5分の距離にある復興公園泡腳池で、公園内に無料の公共足湯場が3つもあるそうだ。「腳」って何て読むんだ?と思って後から調べたら、「脚」の字の事だった。最初から「泡脚」と書いてくれていれば、日本人でも何となく分かるのに。
公園内に入って割と直ぐに、足湯場に来れた。彼が、足湯をする為の注意を教えてくれた。ここでは、足を洗ってからじゃないと、お湯に足をつけては駄目との事だ。日本の温泉も身体洗ったり、お湯を身体に掛けてから入るのがマナーだから、それと同じ様なものだろうと納得した。それから、お湯は酸性なので、顔を洗ったり、15分以上入ってはいけないとも教えてくれた。足を洗ってすぐに靴を脱いで置くのだが、ここから足湯まで裸足で歩くには距離があるし、道を横切るから土足で歩いてる人の所を交差するんだけど、これって足洗う意味あるの?とか疑問に思う。足湯場には近所のおばさん達と思える女性達が、井戸端会議ならぬ足湯端会議を開いていた。こう言う風景も、どこか日本に似ていて微笑ましい。足を浸けると心地良い暖かさだ。温度は43度と表示されていた。源泉は50度~70度もあると彼が教えてくれた。
「気持ち良い~♡」
酸性だからなのか?心無しか足がチクチク、ピリピリする。それでも歩き疲れた足の血行が良くなり、疲れが取れて来た。足から徐々に暖まり、全身が火照って汗が出て来た。
「あぁ、癒される」
この足湯、実はめちゃめちゃ深い。
立つと太腿くらいまで浸かる。
なのでスカートをギリギリまで捲り上げて、座ったまま脹脛まで湯に浸からせた。周りの女性陣は皆んな短パンを履いて来ている。おじさん達の嫌らしい視線が太腿に感じる。パンツが見えてないか心配だわ。
「そろそろ時間だから」
そう言って彼は私の足を自分の太腿の上に乗せて、タオルで足を拭いてくれた。
華流ドラマでも見た事あるよ、これ。家族もしくは、意中の相手にしかやらない奴だよね。そんな事よりも、パンツが見えないか心配で、太腿まで捲り上げてたスカートを片手で押さえ、片方の手で身体を支えた。周りの注目を浴びちゃって、皆んなこっち見てるし恥ずかしい。帰りは、せっかく足湯で綺麗になったのに、歩いて足の裏が汚れて、また足を洗って靴を履く。本末転倒だよ。これ何とか、なりませんかね?日本だったらクレームの嵐で、靴を脱ぐ場所は、足湯場の近くにすぐ変更されるよ、きっと。
私は全力で拒否ったのに、彼は強引に私をおんぶして靴を脱いだ所まで運んでくれた。胸を彼の背中に押し当ててるみたいになっているんだけど、不可抗力だからね。ま、色々と奢ってもらったから、Win Winって事で良しとしよう。靴を履くと、彼が手に持っていたタオルが、いつの間にかに消えていた。恐らく彼も、魔法箱を持っているのだろう。
「さぁ、私はホテルに帰ります」
「送るよ」
来た時と同じ様に私は彼にくっつくと、腰に手を回して空に浮いた。帰りはゆっくり飛んでくれた。なんだか凄く眠い。台北の少し郊外にあるホテルを伝えた。ホテルの入口で「また会いたい」と言われて、キスされそうになったので、顔を横に背そむけて避よけた。キスはまだ早いでしょ?のアピールだ。他の男とするつもりは無いけど…。彼は残念そうに「次会う時はもっとくだけた感じで話そう」と言って去って行った。なかなか紳士的で、金持ちそうだし、イケメンだし、モテるだろうねぇ。私もあんな男に生まれていれば…なんて言っても仕方ないな。
私がホテルに入ったのは、このホテルを予約していた訳ではなく、今から受付する訳でもない。大抵ホテルの受付ロビー近くにはトイレがある。女子トイレに駆け込んで『影の部屋』を唱えた。影の世界にも当然、このホテルがある。誰も居ないからタダで泊まり放題だ。何せパスポートも持って無いしね。適当な一室に入って、ベッドに寝転がった。疲れていたのか、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
朝になり目を覚まして、シャワーを浴び、情報を整理して書き留めた。
「そう言えばこの世界で男に戻ったり出来るのかな?」
〝出来ません!〟
「わぁ!びっくりした。そう言えば『自動音声ガイド』切って無かったな」
〝ここは、魔法で作り出して入った世界です。元の姿に戻ると魔法効果が切れてしまい、同じ座標に放り出されます〟
「なるほど、勝手に泊まってるのがバレるとヤバいしね」
進行率が気になり、ステイタスオープンする。
「えぇー!」
思わず絶叫した。
進行率は38%まで上がっていた。
「何で?これはヤバい。この能力を得てから、まだ数日しか経ってないのに。あと何回使える?そんな話だよねコレ」
〝主様、回数ではございません。女性変化中に女性らしい行動を取ると進行率が上がるのです〟
「何で教えてくれなかった!」
音声ガイドにあたっても仕方ないのに、声を荒げてしまった。
〝尋ねられない事は、お答え出来ません〟
そりゃそうだ。落ち着け、冷静になれ。スキルを使っても進行率は上がらない。女性変化している時間が長くても進行率は上がらない。恐らく、男性から女性扱いされるのを甘んじて受け入れると、進行率が大幅に上がるんだ。思い返せば最初に進行率が突然上がったのも、山下と屋上での出来事の後だ。ヒントはあったのに、自分が気付けなかっただけだ。今は男がいないから大丈夫だ。思い出せ、私は何の為に台湾まで来た?麻生さんを、山下達の危険の芽を摘む為だろう。取り敢えず今日はもう、ゆっくり寝て、明日に備えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます