【第1部〜序章編〜】第26話 瑞稀、死んで転生する【第1部完結】
数時間後、私は会社の屋上に立っていた。すっかり日も暮れて、見下す景色に所々ネオンが灯り始めた。屋上に上がって来た山下を見つけて抱き付き、首にしがみ付いて口付けをした。山下の暖かくて大きな手が背中をさすった。感情が昂ぶり、ぽろぽろと涙を流して泣いた。山下には隠したくなくて、台湾の旅行中にレイプされそうになった事を正直に話した。泣きながら話す私を宥めながら、時折り怒り、そして一緒に泣いてくれた。山下への思いで溢れ、どうしようもなく愛おしい。もう離れたく無いと思い、私達は山下の部屋でお互いを求めて一晩中、愛し合った。山下に抱かれている間、例えようもない幸福感で、心が満たされた。もう男に戻れなくても良い。王に穢された忌わしい記憶を、山下と愛し合う事で、上書きしようとした事も間違いではない。でもこの気持ちは本物だ。彼と共に生きて行きたい、許されるのであれば…。
翌朝早く彼のスマホが鳴り、起こされた。
「ごめん、起こしちゃって。すぐに出勤しないといけないから合鍵を渡しておくね」
彼は支度もそこそこに慌てて出て行った。
「私も支度しなくちゃ」
彼の部屋でシャワーを浴びて、『異空間転移』で自分の部屋に帰った。進行率は86%に達していたが、もうそんな事は気にしていない。まだ男の姿に戻れる間に退職しようと考えていた。退職して皆んなの前から青山瑞稀は消える。そして、女性・神崎瑞稀として生きる覚悟だ。
(急ごう)
大した支度は無いのだが、身だしなみを整えて出勤した。勿論、男の姿で、だ。
もうすっかりバスも復旧して動いていた。穴だらけの道路もいつの間にかに、舗装されている。皆さんの努力の賜物だ。会社の入口に着いた途端にTVカメラ等の報道陣に囲まれた。すぐに政府関係者らしき黒スーツの男達が私を囲って、「急いで此方へ」と誘導してくれた。
(何だ一体?何があったんだ?)
黒スーツの男達に案内された部屋では、見た事がある人達がSPに守られていた。
(あの人は官房長官では?この人は防衛大臣だよな?)
急に不安に駆られた。
(まさか麻生さん達に何かあったのでは?)
「ここに呼ばれた理由が分かっていない様だが、それなら先ずはこれを見てくれたまえ」
そう言って見させられたのは、TVニュースの報道だった。そこには私のステイタスを含めた能力が晒されていた。
『最後のSSSランクが見つかる、日本人・青山瑞稀』とテロップまで流れていた。
「何だこれは…?」
「青山君、1つ確認したい。これは本当の事かね?」
私は愕然として、力無く頷ずいた。この報道の発端は、中国のリークが原因だった。そう聞けば全て納得がいった。私は日本で正体を隠して生活している。なので探し出すのは困難だろう。敢えて正体を晒す事で、私を表舞台に炙り出す事が出来る。またSSSランクを日本が有する事によって、米国とも対等に物が言える立場となる。もう日本が米国の顔色を伺う必要は無くなったのだ。日本がSSSランクを有すると言う情報は、米国に対しても牽制となる。中国にもメリットがあるのだ。中国は、米国+日本vs.中国の構造とは必ずしも成り得ない事を見抜いていた。それに私個人的には親中派だ。但し、王には必ず報復する、必ずだ。とは言っても、殺してやりたいほど憎んでいるが、殺人は出来ない。アレをちょん切って宦官にでもしてやろうか?
「では、青山君、君にしかるべきポストが用意されているのだが、受け入れてくれるだろうか?」
「即答致しかねますので、考えさせて下さい」
正直、国に利用されるのは、ごめんだ。それにもし受けるとしても条件を出したい。今すぐには考えがまとまらない。
部屋から出ようとすると、「彼らに会って話をするが良い」と言われた。入室して来た彼らとは、麻生さんと山下だった。もはや全て内容を聞かされ、説得する様にでも言われたのかも知れない。私は意を決して、2人と話をさせて欲しいと頼んだ。
あれから更に40年も経った。私は今や死の淵に立たされていた。だが悔いはない。
3人の子供に恵まれ、7人もの孫達に囲まれている。そして私の愛しい妻、青山佳澄。麻生さんのおかげで私の人生は暖かく豊かなものになった。
あの日、2人との話でした約束…それは…。
「先輩!どう言う事なんですか?本当に神崎さんが先輩?」
「すまない」
「すまないじゃ分かりませんよ!」
「山下くん、落ち着いて!話を聞きましょう?ね?」
私は、大きく深く息を吸って吐き、意を決して話し出した。
「何から話すべきか…まず見て欲しい」
麻生さん達の前で女性になって見せた。
山下は驚愕し、目の前に起こっている現実が受け入れられず夢でも見ているかの様だ。申し訳なさで胸が締め付けられる。
「山下さん、ごめんなさい。決して騙した訳じゃないの。ずっと言わなきゃって思ってた…でも、嫌われそうで怖くて…」
涙が溢れて来て山下の顔が見えなくなった。
「1つだけ誤解しないで欲しいの。女性になっている時は心は女になっているの。今の私は、山下さんの事が好き…」
「そして…」
男の姿に戻って、
「男の時の自分は、麻生さんの事が好きなんです」
麻生さんの目を見つめた。
「困りますよね、急に言われても。気持ち悪いですよね?」
麻生さんは首を横に振り、両手で顔を押さえて泣き出した。
「私も青山くんが好き。好きなの」
その言葉を聞いて私は麻生さんと抱き合って2人で泣いた。山下は顔を天に向けて溜息ためいきをついた。
「仕方ないなぁ。1つ提案があるんですが、聞いてくれますか?」
山下が提案したのは、男としての寿命が尽きるまでは麻生さんに譲る。女性として生まれ変わって、まだ自分の事を思ってくれているなら一緒になろうと言うものだった。
「本当にそれで良いの?」
麻生さんが目を赤くしながら山下に問い正した。
「これが一番の解決方法ですよ。あと50年くらい…俺の神崎さんへの想いは不変です」
「50年以上待つ事になるかもよ?」
自分も辛いはずなのに強がって笑顔を見せた。
「その代わり、最後にもう1度だけ神崎さんになってもらえますか?」
神崎瑞稀になって山下と抱き合い、熱い口付けを交わした。麻生さんは、顔を背けて目を逸らした。
「もう、長いー!」
「はいはいはい、もう終わり。ハリウッド映画じゃないんだからね」
抱き合ってキスしている私達を強制的に離れさせた。
「青山くん、早く男に戻って」
元に戻ると首に手を回され、背伸びをして抱き付いて来た。そして、麻生さんから唇を重ねられた。柔らかい。甘い香りがしてクラクラする。私達を山下は、微笑えましそうに見ていた。
「2人ともありがとう。本当に…」
私は喉を詰まらせながら感謝した。3人で泣きながら笑った。今生は麻生さんと一緒になる。来世は山下と一緒になる。男としての寿命が終えたらSSSランクとして、国に奉仕する。官房長官と、そう約束してお帰り頂いた。防衛大臣は何か言いたそうだったが、官房長官に遮ぎられた。
今は全ての記憶が、思い出が懐かしい。今生の灯火が消えようとしている。もう目が見えないが、愛しい妻の方に向かって言葉を掛けた。
「佳澄さん、今までありがとう」
私は目を閉じた。
再び目を開けると、私はお墓の前に立っていた。お墓には『青山瑞稀之墓 享年72歳』と書かれていて、花が生けられており、御供物もされていた。まだ線香からは煙が昇っているので、先程まで誰か供養に来ていた事が分かる。遠目の方で、若い男と年配の女性が私に気付いて、笑顔で手を振っている。2人には見覚えがあった。手を振り返すと強い風が吹いて、桜の花びらが目にかかった。それを払い除けながら、桜の木を眩しそうに見上げた。
私の物語は、ここから始まる。
だってこれは「その日、女の子になった私」の物語だからだ。
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