【第1部〜序章編〜】第18話 命を狙う者
「瑞稀ちゃん!瑞稀ちゃん、しっかりして!」
大粒の涙を流しながら、必死に心臓マッサージをしている麻生さんの姿が見えた。
『自動回復(オートリジェネ)』の魔法がかけられていた。私は意識を取り戻すと、起き上がった。
「まだ寝てなきゃダメよ!大丈夫?」
「助けてくれてありがとう」
「ううん、瑞稀ちゃんが助けてくれたんでしょう?」
「ごめんなさい。何も出来なかった。あいつら、私が狙いだったの。巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「瑞稀ちゃんが、白面の魔女だったのね?どうりで、あのプールの火災の時、タイミング良くいたんだ」
「秘密にしてくれると、有り難いです」
「この事を山下くんは知っているの?」
「知っているわ。彼氏だもの、隠し事はしたくない。それに、何度か一緒に犯人を捕まえた事もあるのよ」
「そうなんだ。瑞稀ちゃん、胸に穴が開いてて、血が止まらなくて、死んじゃうかと思って怖かった」
「麻生さんには話すけど、これも秘密でお願いしますね?」
そう言って私が不老不死である事、身体状態異常無効のスキルで、身体がバラバラになっても元に戻るし、毒を飲んでも平気だと伝えると、驚いて信じられない様子だった。
「犯人達は麻生さんを、私を殺した殺人犯に仕立てるつもりだったの。麻生さんが捕まってなくて、私も生きていて、この事がニュースにもならなかったら、不自然で、麻生さんは自宅が知られちゃってるから、また来るかも知れなくて危険なのよ」
「怖い」
そう言って、ガタガタと震えた。
「んー、青山さんを頼ってみたらどうかしら?」
「それは一緒に住むって事?」
「まぁ、そうなるかも…。安心出来るでしょう?」
「青山くんに迷惑じゃないかな?」
「好きな人と一緒に住むんだから、きっと喜ぶよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「…ねぇ、警察には…」
「うん…言わない方が良い」
「凶器って、銃なのかな?」
「そこに血が付いて転がってるのよ」
「ゴルフボール…?」
「恐ろしく遠い距離から狙って打ったんだと思う。スポーツを犯罪に使うなんて…」
「能力を得ていたとしても、ゴルフボールで人の身体を貫通なんて出来るの?」
「えーとね。私、物理攻撃用の障壁シールドを常に張っているのよ。なのに何の効果もなかった。これは、ゴルフボールに貫通魔法が付与されていたからなのよ」
「貫通魔法…?」
「前もね?貫通魔法が付与された銃弾で、頭を吹き飛ばされた事があるの。そいつらの仲間だったみたい」
「それって、防御の意味が無いって事よね?」
「だから厄介なのよ」
貫通魔法が付与されていると、手のうち用がない。
『影の部屋(シャドウルーム)』
「麻生さんも」と言って手を差し伸べると、麻生さんは影の中に足元から沈む様に入って行った。
「キャッ。だ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
麻生さんの手を繋いだまま、影の世界を飛んで自分のアパートに向かった。
「じゃあね、私はここで。気を付けてね!部屋が暗いから、寝てるかも知れないけど、電話したらすぐに起きるんじゃないかな?」
手を振って麻生さんと別れると、全速力で影の世界を進んで自分のアパートに帰って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、『女性変化解除』」
男の姿に戻ると、電話が鳴ったので慌てて出た。
「あっ、もしもし、青山くん。お願いがあって…」
私は事情を知らないフリをして、話を聞いた。内心、飛び上がるほど嬉しい。
女の時の私、グッジョブ!寝起きのフリをして玄関を開け、麻生さんを入れた。
「…と言う訳なの」
麻生さんは、女の時の私と白面の魔女が同一人物である事は伏せて説明した。ちゃんと秘密を守ってくれている。それから麻生さんは、お風呂に入った。多分、麻生さんはまだ夕食を食べてないだろうな?と思って、その間にうどんを作った。麻生さんは、こんな時間だし太るから食べないつもりだったけど、私が作ってくれたのを無駄にしたく無い、と言って食べてくれた。余計なお世話だったかな?一緒のベッドで寝る時、おやすみのキスをすると、腕枕をして抱きしめて眠った。全く警戒されてない。襲われると思ってないのは、私を信頼しているからだろう。その信頼を裏切る事は出来ない。これで十分幸せだ。好きな女性と同じ空間で空気を吸い、一緒に食事をして、共寝をする。少し前の自分では信じられない状況だ。
目が覚めると、お味噌汁の香りがした。
「おはようございます、麻生さん」
「おはよう、青山くん」
目が覚めたら朝食を作ってくれているなんて、新婚みたいだ。どうせならもっと新婚みたいにしてみようと、勇気を出して麻生さんの背後から抱きしめて甘えてみた。
「あっ、もう出来るから待ってね」
「何だか、新婚みたいで良いですね?」
そう言うと、麻生さんは顔を紅潮させた。
そのまま、口付けを交わした。
朝食は、スタンダードで、ご飯にお味噌汁、玉子焼きに焼き鮭だった。朝はこのくらいが丁度良い。他に付けても冷奴に海苔、お漬物くらいか。どれも今は切らしてて無いなと思い、仕事帰りに買って帰ろうと思った。あれ?そう言えば、行きも帰りも一緒だ。マジで新婚さんみたいでヤバいな?と独りニヤケてしまう。
「青山くん、帰りに買い物に付き合ってくれない?家に帰ると危ないみたいで、服とか下着を取りに帰れないから」
「分かった。一緒に行こう」
いつもの様に、バスと電車を乗り継いで出勤した。見慣れたいつもの景色が、麻生さんと一緒なだけでこうも違って見え、新鮮な感じだ。
(貫通魔法か…。恐らくそいつが黒幕だろう。銃弾のとき、1発200万円って言ってたな。単なる金儲けの可能性もあるけど、犯罪に使われる事を承知で売ったんだから、刑法上の罪はよく分からないけど、殺人幇助罪とかにはなるんじゃないのかな?)
スキルによる犯罪を取り締まる法律も警察もまだない。当然犯罪は取り締まるが、スキル犯罪には取り締まる側も対抗するだけの能力が求められる。この国で唯一のSSSランクの自分には、その使命があると信じていた。自分がやらなくて、一体誰が出来るのだ?と。そのせいで麻生さんを巻き込んでしまった。やりきれない気持ちでいっぱいだ。
数日は平穏に過ごした。麻生さんと一緒に暮らしているから、女性になって山下とは会っていない。連絡も取れない彼女だ。山下が日に日にやつれて行くのを見て、胸が痛い。
最近気付いたのだが、やはり女性になった時の自分とは違うんだなと思う事があった。それは、書いた文字が違うのだ。筆跡が違うのだ。最初は記憶は共通しているし、見た目や声とかが変わっただけだと思ってた。しかし、考え方も違うし、性格も異なるし、筆跡で同一人物とバレたりするんじゃないのか?と思って試すと、驚いた事に筆跡が違っていた。これは、1つの身体の中に、魂が2つある様なものでは?そう考えると少しだけ気が楽になった。女性になって、男とイチャイチャしているのだ。冷静になって考えると気持ち悪いし、実は自分が変態になってしまった気もしていた。もう2度と女性に変身したくないと思いつつも、よく分からない組織に狙われ、麻生さんも巻き込んでしまった。能力に頼らなければ守れない。
麻生さんと2人で買い物をしていて裏道に出た時、つけられている気配を感じた。気配を感じ取らせる様な相手だから、プロでは無いだろう。何故、尾行されているのか?麻生さんの耳元で、「つけられている」と耳打ちすると、大笑いしながら歩き、目で合図をして突然全力でダッシュした。するとやはり相手も走って追いかけて来た。私は反転して追いかけて来た相手の目の前に立った。
「うわっ!」
私に見つかり慌てて逃げようとする。
「待て!なんでつけて来た!」
「見つかったものは仕方がない。俺はQTV放送の者だ。そこの麻生佳澄さんはSランクだ。国宝だよ。それについて、どう思っている?」
「どう思っているとは?」
「しらばっくれるなよ。麻生さんは美人だ。彼女と付き合っているなら当然、性交渉をしただろう?聖女のスキルを失くした責任について、どう思っているのかと尋ねたのだ」
「麻生さんに一生恋愛をするなと言っているのか?一生子供を作るなと?」
「そんな事は言っていない」
「ふざけるな!言っているのと同義だろう?」
胸ぐらを掴み合い、争っていると、何処かでゴルフのショットの音が聞こえた。嫌な予感がして、麻生さんを見るとお腹を押さえてよろめいた。手で押さえてるお腹には、血が滲にじんでいる。一瞬何が起こったのか分からず、呆然とした。
「麻生さん!」
駆け寄ると、麻生さんの右顔半分が爆発した様に見えた。音もなく崩れ落ちる麻生さんが、スローモーションの様に見えた。
「あ…お、や…」
残った左目を見開いたまま、麻生さんは動かなくなった。
「うわぁぁぁ!」
「麻生さん、麻生さん、しっかりして!ダメだ。死んではダメだ!」
再びゴルフのショット音がした。QTVの記者だと言う男の身体を、ゴルフボールが3度貫通し、記者は絶命した。証人を消すつもりなのだろう。分かっていても麻生さんを抱きしめたまま、そこから動く事も離れる事も出来なかった。ゴルフショットの音が聞こえ、正確無比なショットは確実に私の左胸を捕らえて貫通した。口から血の泡を吹いて前のめりに倒れた。男の私が死んだらきっと、女性変化100%となった女性の私が転生するだろう。男の私は、このまま麻生さんと一緒に死のうと思い、女性変化の呪文を唱え無かった。遠ざかる意識の中で、ゴルフのショットの音が聞こえた気がした。
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