【第1部〜序章編〜】第19話 麻生さんの死
虚無の様な暗闇の中から薄っすらと目が開くと、灯りが差し込んで来た。ここは天国か地獄か?あの世に着いたなら、麻生さんを追いかけなくてはと思い、ハッと我に返ると、見えていたのは白い天井だった。人工呼吸器に繋がるマスクをし、身体中が何かの管で繋がっている。首を動かそうとしても動かず、目だけで周囲の様子を伺った。
(ここは…病室?)
「青山さん…?先生!青山さんが、青山さんが意識を取り戻しましたぁ!」
看護師さんが慌てて走って病室を出て行った。
(麻生さんは?麻生さんは、どうしたのだろう?助かったのだろうか?)
パタパタとスリッパの音が聞こえた。
「瑞稀!瑞稀!」
「お兄ちゃん!」
母と妹の愛蘭あいらが涙で赤く目を腫らして、顔を覗き込んで来た。
「あ…あ…」
麻生さんの事が聞きたいが、声が上手く出せない。
「お母さん、ちょっとすみませんよ」
医者らしき人が、母を後ろに下がらせて入れ替わった。目を開かせてライトを当てたり、脈を見たり心音を測っていた。
「もう大丈夫、峠は越えました。彼の生命力の強さには感心しますね」
「先生、ありがとうございました。本当にありがとうございました」
涙を流しながら何度も母と妹は、医者に頭を下げてお礼を言っていた。
「あ、そ…さ。あ…そ、う…さ、は?」
「麻生さん?」
母と妹は顔を見合わせて言おうか迷っている風だった。
「大丈夫、もう少し良くなってからね?」
「お母さん、どうせ後で分かる事だから…」
母親は頭を振って言うなと、妹に目で合図を送っていた。
「お母さん!教えてあげた方が…。麻生さんって、お兄ちゃんの彼女だったの?」
首が動かないので、目で「そうだ」と答えた。
「お兄ちゃん、麻生さんは亡くなったのよ」
「止めなさい!」
「あれから3日経ったの。今夜がお通夜で明日がお葬式。出棺したら火葬にされるわ」
「止めなさい!身体だけじゃなく、心まで…うっ、う…」
母は言いかけると泣き出した。妹は母の肩を抱いて病室を出て行った。
(麻生さんが、麻生さんが死んだ…?嘘だ!あぁぁ…私のせいだ。私のせいで巻き込まれた。私のせいで…)
胸が引き裂かれるみたいに苦しい。息も出来ないほどむせかえり、呼吸が苦しい。涙が止めどなく流れ、まるで世界が終わってしまったかの様だ。何で私だけ生きている?どうして、あのまま死なせてくれなかったのだ?文字通り涙が枯れるほど泣いた。
「待てよ…」
泣いて心が落ち着いて来ると、1つの事が頭をよぎった。光魔法の最上級呪文に死者を蘇生する呪文があったはずだ。SSSランクである自分しか使えない呪文だ。
『女性変化』
女性の姿に変身した。
『衣装替(チェンジ)』
動きやすく女性らしい服装に一瞬で着替えた。
『魔法箱(マジックボックス)』
白面の仮面を取り出して装着した。
『影の部屋(シャドウルーム)』
影の中に沈み込む様に潜って行った。この様に連続で呪文を唱えた。あまりにも焦り過ぎていて、この時は頭が完全に働いていなかった。病室には防犯カメラがある事を。重傷者の自分が突如病室から消えれば、消息を辿たどる為に必ず防犯カメラを確認されるであろう事を。
「麻生さん!ダメよ!」
着いた時は既に火葬のスイッチを、ご両親が押してしまった後だった。
「ダメよ!焼いてはダメ!」
火葬のシャッターを開けるボタンを押そうとして、火葬場の職員達に止められた。
「もう、業火に包まれてる。途中で火が消えないまま出す事は出来ないし、邪魔すると犯罪になりますよ?」
私は力無く、その場に座り込んで号泣した。
「娘の為に、ありがとうございます」
ご両親が倒れ込んでいる私に手を差し伸べて、起こしてくれた。
火葬が済むまで1時間以上待つ事になる。親族達の中に場違いな私が1人いるが、そんな事を気にする心の余裕は無かった。手渡されたホットコーヒーが、今は冷たくなっている事にさえ気付かなかった。麻生さんの親族の女の子が私に声を掛けて来た。
「お姉ちゃんって、白面の魔女さん?」
「そうよ」
「佳澄お姉ちゃんのお友達だったの?」
「そうよ」
涙が込み上げて来て、再び泣いた。女の子が私の頭を優しく撫でてくれていた。
火葬場の職員が呼びに来て、火葬ホールに集まる様に指示された。棺桶は灰になり、骨だけになった麻生さんの姿を見ても、どこか非現実的で、信じたく無い気持ちでいっぱいだった。
今までこの呪文は死んだ直後に唱えていた。死体、つまり肉体に対して唱えていた。骨になった状態でこの呪文を唱えるのは初めてだ。心の底から祈った。麻生さん、生き返ってと。
『死者蘇生(リアニメーション)』
麻生さんの骨は白い光に包まれると、それは一瞬で肉体を再生した。
『衣装替(チェンジ)』
全裸の麻生さんに慌てて服を着せた。身内とはいえ、男性が半分以上いるのだ、恥ずかしい思いはさせたく無い。一瞬だったので、ほぼ裸は見られなかったはずだ。麻生さんが目を開けたのは1分後だったと思うけど、何時間にも感じられた。
「良かった…」
麻生さんの首に抱きついて、泣いて喜んだ。本当に、この能力を授けてくれてありがとうございます、神様。正直、今初めて心の底から神様に感謝を伝えます。麻生さんの親族達から、感謝され続けた。私は病室を飛び出して来た事に対して、我に返った。どう言い訳をする?何せもうすっかり傷は、治ってしまっているのだ。痕すら残ってはいない。
トイレに行ってたふりをして病室に戻ると、母と妹、医者と看護師、それから警察がいた。やばっ、病室抜けたのが警察沙汰にまでなったのか?と思ったが、事情聴取に来ただけだった。医者に別室に呼ばれると、母と妹もいた。
「青山くん、医者には守秘義務がある。だから警察にも当然言ってはいないから安心して下さい。貴方が病室からいなくなり、お母さんが大変心配なされてね?病室の防犯カメラで貴方の足取りを確認したんですよ。何が言いたいか、分かりますよね?」
私は溜息をついて、母と妹を見た。
「これは、例の声で得た能力なんだ」
『女性変化』
母と妹と医者の目の前で女性になった。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんが白面の魔女なの?」
「そうだよ」
「嘘っ!」
「でも誰にも言わないでね?それから、この姿でいる時は心もと言うか、中身は女性なの。だからお兄ちゃんがオカマになったとか思わないでね」
「瑞稀、傷は?傷はもうなんとも無いの?」
「私のスキルに身体状態異常無効ってのがあって、手足の欠損も身体状態異常と見做みなされて、すぐに治るの。だけど私の能力は女性にならないと何も使えないのよ」
「そうなんだ?えへへへ」
「どうしたの?愛蘭あいら」
「嬉しいの。だって私、お姉ちゃんが欲しかったんだもん」
「じゃあ、今からショッピングにでも行く?」
「行く、行く!」
「先生、もう傷も治ってるし、退院しても大丈夫ですよね?」
「あ?あぁ」
前例にない事で、戸惑ったみたいだけど了承された。
「そう言えば先生。どうやって私は助かったんですか?」
「近くにこれが落ちてたのよ、お兄ちゃん」
そう言われて妹の手に握られていたのは、麻生さんから貰ったゲームキャラクターのコイン型ペンダントだ。よく見ると、変形していた。恐らく微妙に心臓の位置をズラしてくれたのだろう。貫通魔法がかかっていても、軌道を変える事は出来る。麻生さんが、私を救ってくれたに違いない、そう思うと込み上げてくるものがあった。
「瑞稀、愛蘭、お母さん退院の手続きして帰るけど、遅くならないようにね?」
「はーい、分かりました」
愛蘭あいらは棒読みで応えた。麻生さんも生き返って良かった。あっ!あのQTVの記者も生き返らせてあげなきゃ。明日で良いかな?
妹の愛蘭は、兄の自分が言うのも何だが、客観的に見ても可愛いと思う。オタクな自分とは違って、いわゆる陽キャだ。少なくとも中学生の頃から、彼氏が途切れた事が無いのではないだろうか。32歳の兄に、24歳の妹。麻生さんの1つ上ね。とか思いながら並んで歩いていた。
「ねぇお兄ちゃん。ずいぶん若く見えるけど、女の子のお兄ちゃんって何歳なの?」
「うんと、ねぇ。20歳固定なのよ。年齢は」
「えぇ!う~ん、そっか、そっか…私がお姉ちゃんなんだ」
変な笑みを浮かべて私の顔を見た。
「じゃあ、今から私が、お姉ちゃんね?」
「え?えぇ…」
「うふふ、私、妹も欲しかったんだぁ。こんな形で願いが叶うなんて」
妹は上機嫌だ。まぁ確かに見た目が私の方が若いので、妹が私にお姉ちゃんなんて言ったら、周りは違和感しかないだろう。
「うわぁ、めっちゃ可愛いねぇ。美人姉妹だ。ねぇ、お兄さん達と一緒にお茶しない?」
金髪のお兄さんと、時代錯誤に剃り込みを入れているお兄さんがナンパして来た。
「ごめんなさい。2人とも彼氏がいるので、失礼します」
「待てよ、つれないな。何も俺達は取って食おうって訳じゃ無いんだぜ?お茶飲むだけじゃん。浮気にならないから、さぁ行こう、行こう」
無理矢理に肩を抱かれて、いかにもヤバそうな個室付きの喫茶店に連れ込まれそうになった。周りの人に目で助けを求めるが、誰も目を合わせようとせず、知らん顔して足早に通り過ぎて行った。
「おい!何してる!」
「何だ、お前?」
見て見ぬふりをしてる中で、唯一声を掛けて助けてくれた人は、山下だった。
「手前ぇ舐めてんのか?コラァ!」
「おい、よせ!行くぞ」
殴り掛かって来そうな剃り込みのお兄さんを、金髪のお兄さんが制止して去っていった。恐らく、鑑定が使えたのだろう。山下は武闘家スキル持ちのAAAだ。殴り合っても勝てないと思ったのだろう。私は隠しスキルで、偽のステイタスを標準で見せているから、弱々しく見えたはずだ。
「カッコ良すぎて泣きそう」
そう言って私は山下に抱きついた。
「えっ?ちょっと、お兄…。瑞稀、何してるの?」
「え、ごめんなさい。お姉ちゃん。彼氏の山下くんです」
「はぁ?何言って…。ちょっとこっちに来て!」
妹に手を引かれて、山下から距離を置くとヒソヒソ話で聞いて来た。
「ちょっと、どう言う事なのよ?」
「男の時の私が言ったと思うけど、女性の姿の時の私は、女性なの。だから彼氏がいるのよ」
「えぇ!それって…何だか複雑…。麻生さんと、山下さんは知らないのよね?」
「知らないわ。だから言わないでね!」
「そんなの、いつかバレるよ?どうするの?」
「うん、ごめん。今はまだ知られたくないの」
「分かった。口裏合わせてあげる」
山下は、私に久しぶりに会えたので、何していたのか?とか、今からお姉さんも一緒に食事でもとか言われたが、断った。
「ごめんなさい。久しぶりの姉妹水入らずなの。明日必ず、会いに行くから、今日はごめんなさい」
「分かった。瑞稀、また明日!楽しみにしてる!」
手を振って山下と別れた。
「お兄ちゃん、本当にヤバいからね?バレたら終わりだよ?」
「うん、いっそ、男と女に分裂出来たら良いのに…」
「まぁ、いっか。見守ってあげる。今はショッピングを楽しもう。姉妹として」
妹と、もしかしたら初めて2人だけの買い物を楽しんだ。本当、妹がお姉ちゃんに見えるから不思議だ。
自宅アパートに帰ろうとすると、部屋の灯りが付いていて、料理の匂いがした。麻生さん?ヤバっ、危なっ。この女性の姿のまま部屋に入ったら、浮気相手に鍵を渡していると、麻生さんに誤解されたかも知れない。アパートを通り過ぎて、近くの公園で男の姿に戻った。
「麻生さん!えっ?生きてるの?」
「嘘つき!瑞稀ちゃんが私を生き返らせてくれて、青山くんも入院してるって言うから私も病院に行ったのよ。そしたら担当医さんが、白面の魔女が傷を治したって言うじゃない?私が生き返った事も知ってるはずよ」
黄色に白いレースのフリルの付いたエプロンを着て出迎えてくれた麻生さんは、激可愛だった。
「あははは、嬉しくって、驚いたフリをしちゃいました」
「もーう!」
「麻生さん、本当に良かった。生きててくれて」
「青山くんが無事で良かったよ」
口付けをすると、麻生さんを抱きしめながらフローリングに押し倒して、胸や太腿を撫でながら下腹部に触れた。麻生さんは既に濡れていたし、ヒートアップしてもう止める事が出来なかった。
麻生さんをお姫様抱っこしてベッドに寝せると、少しずつ服を脱がせながら口付けをした。全く抵抗する気配が無いので、2人とも全裸になって抱き合った。
「麻生さん大好きです。生涯大切にします。麻生さんが欲しい」
「ふふふ、何それ?プロポーズみたい。良いよ…青山くんなら」
そう言って目を閉じた麻生さんに口付けをしながら、麻生さんの中に入った。麻生さんと1つになれた喜びもあったが、麻生さんが痛そうで苦しそうな表情をしていたので、心配で動く事が出来ずに、身体を合わせたままにしていた。
「動いても大丈夫?」
「うん…」
そう言いながらも、苦しそうな呼吸をしていた。私は早く終わらせてあげようと思って、痛くない様に気遣いながら、腰を動かすと、初めてな上に麻生さんを抱いた喜びと興奮で、あっと言う間に果ててしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ。青山くん…気持ち良かった?」
「良かったです。1つになれて幸せです」
「私もよ」
「あっ!」
急な展開で避妊をするのを忘れて、膣内なかに出してしまった。
「ごめん」
「赤ちゃんデキたら、責任取ってね?」
「授かり婚じゃなくて、ちゃんと結婚したいですね」
「うん、でもデキちゃったら私は、ちゃんと生んであげるからね。青山くんが責任取ってくれなかったら、シングルマザーになるからね?」
「麻生さんを裏切ったり、悲しませたり、しませんから」
「うん、信じてる」
いつもよりも長い口付けをした。
一部赤く染まったシーツを急いで洗って、シーツを取り替えた。ベッドに横になると、麻生さんは私の胸に頭を乗せて来た。
「えへへへ、しちゃったね」
「やっぱり痛かったですか?」
「うん、噂に聞いてた以上に痛かったよ。でも幸せ。幸福感で満たされたよ」
愛しい。麻生さん、一生大切にします、と心に誓った。
「あっ!何か忘れてると思ったら、料理の途中だったじゃない!」
「もう良いよ。麻生さんと、ずっとこうしていたいよ」
「もう、お腹空いたし、お風呂にも入らせてよ」
むくれる麻生さんも可愛いかった
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