3.通信による弊害

 会議室から解放されるなり、蛍を避けてぼくが向かったのは瑠璃星と秋茜の元だった。それぞれ別の場所に向かおうとしていた彼女らをわざわざ呼び止めて、ぼくは周囲を窺いながら、こっそり訊ねたのだった。

「ねえ、二人共、ちょっと時間ある? 質問したいことがあって」

「質問?」

「内容によるわね」

 口々に二人は答える。そんな二人に対し、ぼくはさらに小声になった。

「さっきの会議で話に出た、通信の事なんだけどさ……」

「それが何? やり方でも知りたいの?」

 何処か揶揄するような秋茜の問いに狼狽えつつ、ぼくは首を横に振った。

「違うんだ。実はぼく、蛍に教えて貰ったんだ。でも、ちょっと気になって」

「気になる? 何が気になるんだい?」

 瑠璃星の問いに、ぼくは覚悟を決めてから答えた。

「……通信の危険性について知りたいんだ」

 すると、瑠璃星と秋茜は互いに顔を見合わせた。それぞれ周囲を窺いつつ、瑠璃星の方がそっとぼくに耳打ちをした。

「分かった。あとで談話室に来て。蛍君とは一緒じゃない方がいいかもね」

「アタシも同席するわ。詳しくは後で」

 秋茜の言葉にも頷いて、ぼくはその場を後にした。

 しばらくしてから、一人で談話室に向かってみれば、そこにはすでに瑠璃星と秋茜が待っていた。部屋に入る前に、ぼくは廊下を見渡した。他の姉妹はいない。蛍も、日暮も、何処にもいなかった。安心しながら部屋へと入ってみれば、瑠璃星は七星が倒れていた辺りを見つめていた。

「すっかり綺麗になってしまった。七星君がここに倒れていたのも嘘みたいだ」

 瑠璃星はそう言ってから、改めてぼくへと視線を向けた。

「さて、通信の話だったね。蛍君から教えられた、と。その上で、危険性を知りたいというからには、何か事情があるのだろうね」

「通信を強引に続けると、故障する事があるっていうのは蛍から聞いたんだ。でも、危険性はそれしか教えて貰わなかった。何も疑っていなかったけれど、そこがちょっと引っ掛かったんだ。本当に、それだけなのかなって。虫の知らせみたいなものだけれど」

「そう。そう言う事」

 秋茜は納得したように頷き、ぼくを見つめてきた。

「勘が鋭いのね。いい事だわ。確かに、通信の危険性はそれだけじゃない。やる前に、知っておいた方がいい、重大な事があるの」

「重大な事?」

 ぼくは思わず問い返した。素の反応だったと思う。というのも、ぼくは本当に通信の危険性について、よく知らなかったからだ。

 そんなぼくに対し、瑠璃星はため息交じりに告げた。

「どうやら本当に知らないようだ。その上、恐らく君は、蛍君と通信をした後なのだろう。違うかな?」

 無言のまま頷くと、秋茜の表情も険しくなった。

「なるほどね、それはまずいかもしれないわね」

「まずい?」

 困惑するぼくに、瑠璃星は頷いた。

「まずは確認しておこう。空蝉君、君は蛍君から通信のメリットについて何を聞かされた?」

「それは……言葉で上手く説明できない事も、すぐに共有できるって。記憶とか、考えている事とか。でも、やりすぎると故障の原因になるから、信頼できる相手としかやるなって、そう言われた」

「そうだね。だいたいはそれで合っている。だが、それだけでは不十分だ。通信にはもっと大きな特徴があるんだ。それは、情報の共有によって、思考や記憶の情報が調整されるということだ。欠けていたピースが嵌って完成図に近づくと捉えることも出来るが、この手段を悪用すれば、相手の記憶を改竄することも出来てしまうんだ」

「……え」

 絶句するぼくに対し、秋茜もまた補足するように言った。

「勿論、全てを書き換えてしまうなんて事、簡単には出来ないわ。たとえば、生前の記憶のように、厳重に守られている情報なんかも手を出すのは難しいでしょうね。でも、機械乙女になった後のことならば、微調整という形で少しずつ変えてしまう事は、ちょっとの才能と知識さえあれば出来てしまうらしいの」

 ぼくは黙ったまま二人の顔を見つめていた。伝えられた真実の衝撃が、今もぼくを襲っている。何故なら、本当に知らなかったからだ。蛍は教えてくれなかった。こんな重大な事を、彼女は黙っていたのだ。その事がただただ怖かった。

「君は……前回の記憶があると言っていたね」

 瑠璃星が言った。

「嘘をついていないとすれば、その記憶の大まかな部分は本物なのだろう。だが、細かい部分はどうだろう。空蝉君、通信した相手は蛍君だけかい?」

 黙って頷くと、瑠璃星は眉をしかめた。

「では、もしも君の記憶が改竄されるとしたら、その犯人は蛍君だけとなる。勿論、それは飽く迄も可能性。蛍君がそんな事をしたという証拠は何処にもないのだけれどね」

「……そうだね」

 ぼくは俯いたまま答えた。心もまた深く沈んでいた。今のぼくはどんな表情をしているだろう。それを見つめる二人は何を感じているだろう。ただただ、ぼくは落ち込んでいた。衝撃が薄まるにつれ、後に残されるのは切なさだけだった。

「蛍にどんな意図があったのか、ぼくには分からない。ぼくの記憶が弄られているかどうか、確認しようがないもの。けれど、どちらにしたって、蛍がぼくに黙っていたことは確かだ。そう思うと、ぼくは何を信じればいいのか分からなくなってしまう」

 二人を前に、ぼくは赤裸々に語った。

 そんなぼくを何処か心配そうに窺いながら、秋茜が問いかけてきた。

「念のために聞くけど、今回はあなた、誰に投票したの?」

 ぼくはすぐに顔を上げ、迷いなく、真実を答えたのだった。

「蛍だよ」

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