2.信じるか疑うか

「まず初めに言わせてもらおう。僕は日暮君だと思っている」

 会議が始まるなり、瑠璃星はそう言った。

「この指輪が蛍君のものだとしても、だ」

「あなたが断言するからには、それなりの理由があるのでしょうね」

 秋茜の問いに、瑠璃星は深く肯いた。

「勿論だ。というのも、僕は見てしまったんだよ。七星君と日暮君の談話室での密会をね。正直驚いたよ。七星君と君が、ね」

「何を見たの?」

 ぼくの問いに、秋茜が気まずそうな表情を浮かべながら答えた。

「……多分だけど、アタシには何なのか分かった」

 そして、秋茜は瑠璃星に対して問いかけたのだった。

「んで? あなたはその件で燃えるように嫉妬したってわけね?」

 面白がるようなその問いを受け、瑠璃星は不満そうに眼鏡に手をかけた。

「違うね。勘違いして欲しくないが、僕と七星君はそういう関係ではない。僕たちはいつだってプラトニックな関係だった。報告、連絡、相談は勿論、雑談などあらゆるやり取りを彼女としたが、いつだって口頭か文書など、ああいった手段での通信は行ったことなんてなかったよ」

「だからこそ、じゃない?」

 秋茜の揶揄に対し、瑠璃星は黙り込んでしまった。

「勘違いしないで」

 そこへ、日暮がけろりとした表情で割り込んだ。

「私はそういう目的で七星と通信したわけじゃないわ。ただ、七星に相談されたことがあって、口で説明するのが難しかったから、この手を使っただけ。まあ、勿論、そういう関係の人たちが絆を深め合うための手段っていうこともお互いに知ってはいたけれどね。あの行為の本来の目的は、ただの通信でしょう?」

「それはそうだけど」

 やや困惑気味に秋茜は言った。そして、苦笑気味に続けた。

「あまりにも躊躇いや恥じらいがなくて、ちょっとびっくりしちゃうわね。あの噂も本当なのかしらって思ってしまうくらい」

「あの噂って?」

 ぼくが問いかけると、日暮は澄ました表情のまま答えた。

「どうせ、私の死因のことでしょう。せっかくだし、空蝉の耳にも入れておきましょうか。ここの姉妹たちの中には、事故や病気以外の理由で肉体を失った者もいる。瑠璃星、あなたや揚羽は他殺だったそうね。モデルだった揚羽は熱狂的なファンに、あなたは口論になった相手に刺されて肉体を失った」

「ああ、その通りだ」

 瑠璃星は平然と答えた。

「他の姉妹の個人情報を勝手に口走るのは躊躇われるが、確かに僕や揚羽君は他人に刺されてここへ来た。他には色々あって自ら命を絶とうとして、抽選に引っ掛かって思いがけず再出発させられている姉妹もいるね」

「アタシの事ね」

 秋茜は怪しく笑いながらそう言った。

「それに、蜉蝣も、だったかしら。あとは事故や病気……はっきりしているわね。ただ一人、あなたを除いてだけど」

 秋茜の眼差しを受け、日暮は腕を組みつつ睨み返す。

「あなた、事故なのか自殺なのか分からないそうじゃない。それって、あなた自身も憶えていないって事? おかしな話ね」

「そうね。確かに憶えていないわ。憶えているとしたら、複数の人間たちとトラブルを抱えていたことかしら」

「なんでトラブルを抱えていたんだっけ?」

 秋茜の問いかけに、日暮はやはり平然と答えた。

「肉体関係絡みよ。それがどうかした?」

「もういい。その辺にしたまえよ」

 瑠璃星が吐き捨てるように言った。

「僕が今知りたいのは、七星君が最後に一緒にいたのが誰だったかという事だ。そして、それが日暮君であり、且つ、七星君が壊れる要因として考えられるような事を二人でしていたというのだったら、尚更、日暮君を疑うほかない」

「そうね」

 秋茜は言った。

「何しろ、肉体関係絡みでトラブルを起こすような人ですもの。快楽を求めるあまり、相手を壊したとしてもおかしくはないわね」

 責めるような秋茜の言葉に、瑠璃星は静かに頷いた。

 大勢が決するそんな状況に思えた。だが、ぼくはめげずに口を開いた。

「ねえ、待ってよ」

 そんなぼくへ姉妹たちが視線を向けてくる。

「日暮じゃないよ。だって、ぼく、日暮じゃないっていう記憶があるもの」

「そういえば、あなた、憶えているんだったわね」

 秋茜が言った。

「じゃあ、はっきり教えて。あなたの記憶のなかでは、誰が疑わしいの?」

 真っすぐと問いかけられて、ぼくは一瞬口籠ってしまった。瑠璃星、秋茜。ずっと疑ってきたのはこの二人だ。けれど。

「それは秘密。でも、少し確認したいことがあるんだ」

 そして、ぼくが視線を向けたのは、ずっと黙り込んだままの蛍だった。

「あの指輪は、ぼくが君に贈ったもので間違いないよね?」

「そうね。間違いない」

「なんで七星が持っていたの? 七星と何があったの?」

「特に何も」

 短く答える彼女の表情は全く読めない。そんな蛍に対して、ぼくは少しだけ苛立ち気味に捲し立てたのだった。

「そんなはずないよね。だって、すぐに落とすようなものじゃないでしょう。ぴったりと嵌っていたはずだもの。強い衝撃とか、そういうきっかけがないと、抜けないはずだよ?」

「そうかもね。でも、あなたにわざわざ伝えるような出来事は何一つなかった。七星との間で起きたことは、とりとめもない雑談だけ。指輪を彼女が持っていた理由は分からない。わたしを疑うなら、疑ってもいい。信じられないのなら、信じなくていい。そこはあなたの自由よ。わたしは何も強制しない」

 蛍は淡々とそう言った。突き放すようなその態度は、ぼくがこの施設で目を覚ましてすぐに抱いた彼女への印象に近いものがあった。付き合っていた事すら嘘であったかのような距離感。そこにぼくは心の痛みを感じてしまい、口籠った。

「確認はそれだけかい?」

 黙り込むぼくに、瑠璃星が問いかけてきた。ぼくは他の姉妹たちに視線を向け、はっきりと答えた。

「うん、十分だ」

 ぼくが答えたちょうどその時、会議を終えるチャイムが鳴り響いた。

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