◆ 5日目
1.七星のメッセージ
『投票の結果、金蚊さんが強制停止となりました』
嫌な予感は的中した。端末のメッセージに目を通してすぐに、ぼくはそう思った。詳細を選択し、内容を確認する。昨日は金蚊と瑠璃星の勝負だったようだ。票差は一票だけ。その結果はある程度、予想出来ていた。
昨日、ぼくは蛍に言われるまま、日暮に会いに行った。日暮は当然ながら警戒していたが、ぼくの目的を打ち明け、協力を呼びかけると、少しだけ警戒を解いてくれた。彼女は恐らく現在も、ぼくや蛍を信じ切ってはいない。だが、金蚊が犯人ではなく、今回も事件が続き、尚且つ、被害者次第では、協力してもいいと答えてくれた。
あとは、蛍の方だ。彼女がうまく行っているかどうかは、分からない。それに、不安もあった。彼女こそが今日の犠牲者になってしまってはいないかという事だ。そうなっていたとしても、作戦は続行される事になっている。だが、ぼくはやはり願っていた。蛍は無事でいて欲しい。他の姉妹には申し訳ないことだけれど、蛍が破壊されるところを目にしたくなかった。
緊張しながら、ぼくは部屋で待機していた。そうこうしているうちに、ドアベルが今日も鳴った。応対してみれば、そこには瑠璃星が立っていた。前回と違って、薄っすらと想定していたからだろう。ぼくの視線は少しも移動することなく、瑠璃星へと向けられる。瑠璃星はそんなぼくを見つめ、装飾品の眼鏡を掛けなおしながら言った。
「おはよう、空蝉君。朝早くに悪いね。いつもの安否確認だ。七星君に頼むつもりだったのが、彼女が何処にもいなくてね」
あの時と一緒だ。ぼくはそんな事を想いながら頷き、そして問いかけた。
「よかったら、手伝おうか?」
「そうして貰えると助かるよ」
恐らく、早く七星を探しに行きたかったのだろう。瑠璃星は焦った様子でそのまま遠くの日暮の部屋へと向かっていった。ぼくはその背中を見送ると、隣の部屋のドアベルを鳴らした。いつも七星がそうしていたことを思い出していると、程なくして蛍が出てきた。
「おはよう、蛍。いつもの安否確認だよ」
「おはよう。今日は七星じゃないのね」
蛍の言葉に、ぼくは頷いた。そして、その手元へと視線を向けた。昨日まで嵌っていた指輪が見当たらない。その事を何となく記憶に留めていると、瑠璃星が日暮と共にこちらへ戻ってきた。
「僕は七星君を捜しに行ってくる」
そして、ぼく達の反応も待たずに行ってしまった。見送っていると、日暮が秋茜の部屋のドアベルを鳴らした。すぐに顔を出した秋茜は、廊下の様子を見渡してから、不思議そうに首を傾げた。
「あれ、あの人は?」
「瑠璃星なら七星を捜しに行ったわ」
日暮がそう言うと、秋茜は廊下へと出てから小声でぼく達に言った。
「……そう、ということは、もしかして」
「金蚊は犯人じゃなかった。そして今日の犠牲者は恐らく、七星なのでしょうね」
蛍がぽつりと呟いた。
沈黙が少しの間だけ流れた後、日暮が口を開いた。
「私も捜してくるわ。昨日みたいに現場に何か手掛かりになるようなものがあったら、見逃してしまうかもしれない」
「それならアタシも行く。あなた達はどうする?」
秋茜に訊ねられ、ぼくは即答した。
「ぼくも行くよ。思い当たる場所があるんだ」
「思い当たる場所?」
日暮に問い返されて、ぼくは慎重に頷いた。
「たまたまなんだけどね、昨日の夕方、七星の姿を見かけたんだ。場所は談話室だった。それに、ぼくには前回の記憶がある。前回も七星は犠牲になってしまって、それで、その現場となった場所が──」
一瞬だけ前回の七星の様子と、それを嘆く瑠璃星の様子が頭に浮かび、ぼくは言葉に詰まってしまった。瑠璃星は何処へ捜しに向かっただろう。今回もまた、あの姿を目にするのだろうか。あれが仮に演技だったとしても、心に来たのはよく覚えている。
「そう。それじゃあ、まずは談話室に行ってみましょうか」
秋茜の言葉に、ぼくは我に返った。蛍と日暮も同意している。それを見て、ぼくもまた頷き返し、移動を始めた。
個室から談話室まではすぐそこだ。向かってみてすぐに、中の様子は窺えた。瑠璃星はすでにそこにいた。部屋の中央にしゃがみ込み、こちらに背中を向けている。そして、その向こうに、七星は変わり果てた姿で倒れていた。
「瑠璃星、あの……」
ぼくが話しかけると、瑠璃星は無言で立ち上がった。彼女は振り返り、ぼく達へと視線を向けた。感情が全て殺されてしまったかのようなその眼差しに寒気を感じた。その手には何か握られている。瑠璃星はその何かをぼく達に見せてきた。
それは、憶えのあるリングだった。
「これに見覚えがある姉妹はいるかい?」
静かな問いかけが談話室に響き渡った。その眼差しは何故だか日暮に向いている。声は落ち着いているが、異様な殺気を感じてしまい、身が竦む。そんな瑠璃星に対し、秋茜が恐る恐る訊ねた。
「その指輪、何処にあったの?」
すると、瑠璃星は短く答えた。
「七星君の手に握られていた」
そしてすぐに、瑠璃星は日暮へと視線を戻し、問いかけたのだった。
「日暮君。この指輪、君のではないのかい?」
「どうして私なの?」
落ち着いた様子で問い返す日暮に対し、瑠璃星はやや声を荒げた。
「僕は見たんだよ。昨晩、君が七星君と一緒にいるところをね。二人きりで何をしていたんだ。この指輪は君のものじゃないのか?」
「私を疑っているわけ? 面白くないわね。確かに昨晩は七星とここで会話をした。でも、あの子を壊したのは私ではないし、その指輪も私のものではない」
「君じゃないとしたら、一体誰のなんだ!」
端から疑ってかかる瑠璃星を前に、ぼくは恐る恐る告げた。
「蛍のだよ」
姉妹たちの視線が、ぼくへと向けられる。
「それは、生前のぼくが蛍に贈った指輪だよ」
嫌な沈黙で空気が淀んでいく。続く沈黙と、鋭さすら感じる蛍の視線に居たたまれなくなってくる。そんなぼくを救うように、ようやくチャイムは鳴り響いた。
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