◆ 2日目
1.第一発見者
『投票の結果、揚羽さんが強制停止となりました』
端末に表示されたそのメッセージを見つめ、ぼくは黙ったままベッドに座り込んだ。予想はしていたけれど、悔やんでしまう。もっとやれる事があったのではないかと。大胆に発言してみても良かったのではないかと。
だが、詳細を見て、ぼくは緊張を覚えた。揚羽の次に票を集めたのは、ぼくだ。花虻、蜜蜂、稲子、そして揚羽自身もぼくに投票している。それ以外は、蛍が秋茜に、ぼくと金蚊が瑠璃星に、それ以外は揚羽に投票していた。
──蛍。
投票先は違えども、その選択にぼくは少しホッとした。だが、その安堵も束の間の事だった。揚羽ではない。彼女は犯人ではない。幽霊蜘蛛の言っていたことが嘘でなければ、今回の犯人も前回と同じ。だから、試験は終わらないはずだ。
前回と全く同じ流れならば、次の犠牲者は──。
と、考え込んだところへドアベルが鳴った。出てみると、そこには七星がいた。その姿に少しだけ懐かしさを感じていると、彼女はベレー帽を手で押さえながら、ぼくを見上げ、笑みを浮かべた。
「おはようございます、空蝉さん。朝早くに申し訳ございません。実は瑠璃星さんと相談しまして、おいら──」
「姉妹、皆の無事を確かめている?」
問いかけると、七星はこくりと頷いた。
「ええ、お察しがいい。その通りです。あのように──」
と、七星が指し示す先では、瑠璃星が姉妹たちの部屋を訪問していた。
「瑠璃星さんと手分けしているのです。では、おいらはこの辺で」
そう言って、七星はそのまま隣の部屋へと向かった。背伸びをしてドアベルを鳴らし、程なくして蛍が現れる。その横顔を目にして、ぼくはひとまず安心した。前回と絶対に同じ流れであるとは限らない。犯人の考え次第では、蛍やぼくが犠牲になる可能性だってある。だから、蛍が無事であるというだけでも、ぼくは嬉しかった。
けれど、安心してばかりはいられない。犯人は揚羽ではないのだ。試験は終わらない。今日も誰かが、誰かが犠牲になっている。
視界の向こうで瑠璃星が姉妹の一人のドアベルを鳴らす。応対がない。二回、三回と鳴らし続けるも、やはり応対はなかった。あの場所は、確か──。
「蜉蝣君? ちょっとでいいから、出てきてくれるかい?」
そうだ。蜉蝣の部屋だ。嫌な予感が心の中でざわついている。そんな中、瑠璃星が扉に手をかけた。あの時と同じだ。扉は勝手に開き、瑠璃星は立ち尽くして中を覗いた。
「……入らせてもらうよ」
瑠璃星はそのまま部屋へと入っていった。同じく、様子を見ていた他の姉妹たちが近づいていく。ぼくも同じだった。きっと、あの時と同じだ。あの時のように、中では蜉蝣が。そう思っていると、中から瑠璃星の声が聞こえてきた。
「何があったんだい?」
誰かに呼びかけているような声だ。前と違う。ぼくは気になって部屋へと近づいた。そして、中を覗くより先に、瑠璃星の声は再び聞こえてきた。
「どうか教えてくれ。何があったんだい、蜜蜂君」
──蜜蜂?
ぼくが覗いた先には、確かに蜜蜂がいた。蜉蝣の部屋の隅で縮こまって、震えている。あの姿も前に見たことがある。だが、前とは違う。ぼくが憶えているのは温室で目にした彼女の姿だった。蜜蜂は一点を凝視したまま固まっていた。その先にあるのは、蜉蝣のベッドである。その上には、変わり果てた蜉蝣の姿がある。
「何があったの?」
と、ぼくの後ろから声がした。花虻だ。中を覗くなり、彼女は目を見開いた。
「……蜜蜂!」
部屋に飛び込み、花虻は蜜蜂の元へと直行する。瑠璃星の存在を気にも留めず、花虻はぎゅっと蜜蜂を抱きしめた。
蜜蜂は震えたままだ。その光景に、ぼくは在りし日の記憶を重ね合わせた。あの時、蜜蜂は花虻を壊した罪を着せられた。本当は彼女ではなかったが、疑わしい状況は一緒だった。恐らく今回も同じ。蜜蜂は犯人ではない。だが、蜜蜂本人は恐らく──。
「……花虻君」
と、そこで瑠璃星が冷静な声を発した。
「蜜蜂君と話がしたい」
だが、花虻は睨みつけるように瑠璃星に視線を向けた。その形相に、端から見ていたぼくは怯んでしまった。いつもの穏やかなイメージとは全く違う。誰も近づかせないような覇気がそこにはあった。
「この子じゃない」
花虻は興奮気味に言った。
「この子なわけがない」
訴え続ける彼女に対し、瑠璃星を宥めるように告げた。
「僕は確認したいだけだ。だから、どうか落ち着いて」
花虻の表情は全く変わらない。しかし、そこで動きを見せたのが、蜜蜂自身だった。彼女は花虻の抱擁からするりと抜けると、壁際へと寄っていった。花虻が慌てて抱きしめようと近づくも、蜜蜂は首を横に振り、それを拒んだ。
「蜜蜂……」
「お姉ちゃん、あたし……」
蜜蜂は震えながら言った。
「あたし……あたしかもしれない……」
「何を言っているの。そんなわけないじゃない」
「分からないの。何も覚えていないの。でも、分からないからこそ、あたしかもしれない。あたしなのかもしれない」
怯えるその様子を見て、ぼくもまた我に返った。
違う。蜜蜂じゃない。そう言おうとしたそばから、瑠璃星が呟いた。
「昨日の紋白蝶君を最初に見つけたのは、蜜蜂君、たしか君だったね」
疑っているわけではないのだろう。ただ、その質問が花虻の神経を逆撫でした。
「だから何だっていうの? 蜜蜂がやったって言いたいの?」
必死になって反論しようとするその姿を見つめつつ、ぼくは思い切って発言した。
「蜜蜂じゃないよ」
彼女らの視線が一斉にこちらへ向けられる。
「ぼくは憶えている。蜜蜂じゃない。多分、彼女は発見しただけなんだと思う」
そんなぼくの言葉に、瑠璃星が何かを考え込む。けれど、彼女が何か言おうとしたその時、チャイムが鳴った。
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