2.記憶のある姉妹たち

 紋白蝶を最後に見たのはいつか。一人一人、確認し合っていく時間が過ぎた。紋白蝶を最後に見たのは、恐らく日暮だった。日暮と別れて以降、紋白蝶の姿を見た者はいない。もっとも怪しいのは日暮となるだろうか。だが、ぼくは知っている。前と犯人が同じならば、彼女ではない。

「一つ確認しておきたいのだけど」

 見つめていると、日暮が手を挙げてそう言った。瑠璃星に促されると、彼女は迷いなくその疑問を口にした。

「瑠璃星。あなたは前回の試験の事を憶えていないの?」

 それはまさしく、ぼくが知りたい疑問でもあった。

「前回……逆に聞くが君は憶えているのかい?」

 瑠璃星に質問を返されると、日暮は腕を組みながら答えた。

「ええ、憶えているわ」

 それは、あっさりとした答えだった。

「私はね、初日に選ばれてしまったの。その時も、今回と同じよ。最後に紋白蝶に会ったのがどうやら私らしいと分かってしまったから。その前の記憶も私にはあったの。私、こうした話し合いが大嫌いなの。腹を探り合い、疑い合う事が苦痛なの。だから、私に投票すればいいと、ここで発言したわね。そして、その通りになった。それが私の憶えている出来事よ」

「そのあとも、惨劇は終わらなかったんだ」

 そう言ったのは、蟋蟀だった。

「確かに日暮が選ばれたんだ。でも、日暮じゃなかった。だから、俺には分かる。日暮ではないんだって」

「蟋蟀も憶えているんだね?」

 ぼくの問いかけに、彼女はしっかりと頷いた。

「ああ、思い出せるよ」

「ぼくも一緒だよ」

 その流れに乗って、ぼくもまた発言した。

「日暮が言った通りだよ。それに、蟋蟀が言った通り。だから、ぼくにも分かる。日暮じゃない」

「……記憶か」

 瑠璃星は言った。

「果たして、それを鵜呑みにしていいものか。だが、念のために聞いておこう。この中で、前回の試験の記憶がある者は外にいるのかい?」

 その問いかけに対し、手を挙げた姉妹は外にもいた。金蚊と、揚羽だ。彼女たちに瑠璃星は訊ねた。

「君たちも同じ記憶があるってわけかい?」

 すると、どちらもそれぞれ歯切れは悪くとも頷いた。

「曖昧だけどな」

「薄っすらとは憶えている。無実のあたしを吊った人たちの顔もね」

 揚羽にちらりと睨みつけられ、ぼくは怖気づいてしまった。だが、同時に安堵した。憶えていてくれている。ならば、自分を合わせてこの五人でまとまれば、どうにか試験を乗り越えられるのではないかと期待した。

「だけどさ、仮にみんなが憶えていたとしてだよ、それが正しかったとして、犯人が前と同じとは限らないんじゃない?」

 そう言ったのは稲子だった。

「いや、犯人は同じだよ。そう言っていたんだ」

 ぼくは思わず言い返した。そこへ瑠璃星が透かさず訊ねてきた。

「言っていたって誰が?」

「誰って……幽霊蜘蛛が」

 はっきりと答えたつもりだったが、手ごたえはあまりなかった。姉妹たちはぼくを困惑した目で見つめてくる。

「幽霊蜘蛛っていうと、プロジェクトの責任者のことですね」

 七星が確認するようにそう言うと、瑠璃星は装飾品の眼鏡に手を添えながら補足するように言った。

「確か、空蝉君はこのプロジェクトの責任者の姪っ子さんだったね。その背景もまた、この臨時試験に深く関係していてもおかしくはないと思えてしまうわけだが」

「言っておくけれど、ぼくじゃない」

 はっきりと否定するも、そこをつついてきたのは揚羽だった。

「どうだか。あたしは憶えているのよ。罪なきあたしを吊った中には空蝉、あんたもいた。あたしにとっては、あの時、あの場にいた全ての姉妹が胡散臭いもの」

「ちなみにそこには誰がいたんだい?」

 瑠璃星の冷静な問いに、揚羽は興奮気味に答えた。

「あんたもいたわよ、瑠璃星。忘れていないだから。あとは、秋茜、そして蛍ね。思い出すだけでも腹立たしい。あんたたち全員、同じ目に遭えばいい」

「随分と物騒なことを言うのね。微塵も憶えてもいない事でそこまで恨まれると正直怖い」

 秋茜が言った。

「あなたに何を言われようと、アタシは何も覚えていないもの。だから、あなたが嘘をついている可能性だって考えられる。最後に信じられるのは結局自分だけだもの」

「揚羽ではないよ」

 ぼくは言った。

「恨まれるのは面白くないけれど、揚羽ではないことは確かだ。そのこともぼくは憶えているからね」

 肩を持つ形になったせいか、揚羽は怪訝そうにぼくを見つめてきた。疑うような眼差しは変わっていない。だが、後悔はない。ぼくに出来る事は、知っていることや分かっていることをなるべく口にする事だった。

「蛍君はどうだい? 今、名前があがったけれど、何か憶えている?」

 瑠璃星の問いに対して、蛍は静かに首を振った。

「何も覚えていない。試験があったことすら、忘れてしまったみたいなの」

「それなら僕と一緒だ。たぶん、秋茜君もね」

 瑠璃星は呟いた。秋茜もまた無言で頷いた。この二人のどちらか。どちらかが嘘をついている。だが、言いたい気持ちをぐっとこらえ、ぼくは周囲の様子を窺った。揚羽はまだぼくを疑っている。ちょっと肩を持ったくらいで、心を許してくれるなんて事はないだろう。ましてや、他の姉妹たちは何も分からないまま考え込んでいた。

 あまり下手に発言をしすぎて目立つのも良くないかもしれない。

「記憶があるなんて言われても」

 と、蜜蜂が言った。

「あたしには、その証言を信じ切る事なんて出来ない。あたしも何にも憶えていないから。試験があった事は勿論、この試験自体についてもよく分かっていない。……だけど、この中の四人が日暮じゃないっていうのなら、あたしは日暮には入れないでおく」

「別に入れてもいいのよ。私は眠りたいから」

 日暮はそう言ったが、瑠璃星が首を振った。

「いや、君には今はまだ居て欲しい。僕も違う相手から選ばせてもらうよ」

 と、瑠璃星がそう言ったところで、試験を終わらせるチャイムが鳴ったのだ。早い。早すぎる。ぼくは絶句した。この会議でどれだけ伝えられただろう。本物の犯人に目をつけられすぎずに、どれだけ誘導できただろう。

 ぼくは分からなかった。ただ、最後に出来る事はこれだけ。投票先を瑠璃星と秋茜のどちらかに絞る事だけだ。

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