2.記憶を手掛かりに
「情報を確認させてもらうわ。昨日、七星と一緒にいたのは誰? それは何時くらいのことだった? 一人ずつ言っていきましょう」
会議室にて場を仕切ったのは秋茜だった。いつもならば瑠璃星が発言するところだが、今日の彼女は調子が出ない。七星の件がそれほど堪えているらしい。
「まずはアタシからね。昨日は談話室で見かけたわ。と言っても、瑠璃星も一緒だった。そのまま二人を残して、アタシだけ退室したの。夕方ごろの事よ」
それに続く形で発言したのは、揚羽だった。
「あたしは夜に見た。談話室だったわね。誰か人と会う約束をしているようだったんだけど、危ないから早いうちに部屋に戻った方がいいと言ったのよ。たしか瑠璃星は一緒じゃなかったと思う」
続く発言者はいない。ぼくも蛍も、そして瑠璃星も黙ったままだった。
「誰でもいいわ。何か言って」
秋茜が促してくる。
「もう、じゃあ、指名するわ。蛍。あなたはどうなの?」
視界に入ったと見える蛍に振った。彼女は静かに答えた。
「わたしは、会議室で見たのが最後だった」
その言葉に、ぼくもすぐさま続いた。
「ぼくも同じ。その後は、部屋に引きこもっていたから分からないや」
そんなぼくの言葉に、秋茜は腕を組んだ。
「なるほど。ちなみに蛍のことは、記憶の樹の根元にいたのを見ているの。でも、空蝉のことは分からない。あなたのアリバイを証明できる人はいないってことね」
「ぼくは……」
反論しようとするも、揚羽がそれを制して発言をした。
「で、瑠璃星はどうなの? そろそろ何か言ってちょうだい」
責めるようなその言葉に、瑠璃星はようやく反応を見せた。
「そうだね。いつまでもこうしているわけにはいかないか」
そして、彼女は顔を上げた。
「僕は七星君と一緒にいた。日が暮れるまでだね。秋茜君が部屋に戻ってからすぐに、僕も部屋に戻ったんだ。七星君もその時には一緒に戻ったはずだったのだが、揚羽君の言っていることが確かなら、その後また談話室に戻ったわけだね」
「会う約束っていうのは、あんたの事じゃないの?」
揚羽の問いに瑠璃星は首を振った。
「いいや、僕じゃないよ。揚羽君、最後に七星君を見たのは、具体的に何時ごろだったか憶えているかい?」
「えっと……就寝のチャイムが鳴るよりも……一時間くらい前だったかしら」
「何故、君はその時間にそのあたりにいたんだい?」
「何故って、散歩をしていただけよ……あたしを疑っているの?」
「確認してみただけさ」
瑠璃星がため息交じりに言う。だが、揚羽は納得していない様子で瑠璃星を睨みつけた。そして周囲を見渡し、蛍へと目を止めた。
「蛍。あんた、前の試験の事を憶えているわね。今回の試験と、前の試験、恐らく犯人は同じよ。あんたなら、あたしが犯人じゃないって証明できるはず。あたしが吊られた時、あんたはその会議に出席していたはずだもの」
「確かにそうだった」
蛍は静かに言った。
「でも、この記憶が正しいとは限らない。揚羽はどのくらい憶えているの。あなたが前に吊られたという時、会議には誰が出席していた?」
「それは……」
少しだけ考え込んでから、揚羽は言った。
「断片的にしか思い出せないわ。でも、ここにいる全員はいたように憶えている」
「そうね。わたしもそうだったように憶えている。けれど、それがどのくらい正確なのかまでは分からないの。あなたが罪なく吊られてしまった前回の時の犯人と、今回の犯人が絶対に同じとは限らない。誰もそうだと言っていないから」
「……でも、あの時と流れが似ていたじゃない。最初の日に紋白蝶が壊されて、二日目には蜉蝣、三日目には稲子。一緒だったでしょう?」
「ええ、そのあと、花虻が壊されるところまでは似ていたわ。でも、そこまではね」
蛍は言った。
「その次は違った。前の試験ではその次に蟋蟀が壊された。生き残っている顔ぶれも若干違うし、見つけた時の状況もだいぶ違う。前と一緒とは限らない。むしろ、前の記憶がある別の犯人の仕業もあり得るんじゃないかって思うの」
「蛍君の言う事も一理ある」
瑠璃星が静かに言った。
「記憶に囚われすぎる事はあまり良くない。以前のものと混濁しているかもしれないし、犯人が同じとは限らない。前回の試験で犯人だった姉妹が願いを叶え、満足したあとで、今回の試験では被害者となっているかもしれない」
そして、瑠璃星は苦笑しながら続けた。
「どちらにせよ、僕は前も言った通り、記憶を頼れない。七星君に確認してみたが、どうやら僕は長く生き残っていたらしい。だが、僕はその事を憶えていない。恐らく、僕がどうなったのかは、僕よりも蛍君や揚羽君が良く知っているはずなのだが」
「どうだったかしら。記憶が曖昧だわ」
揚羽は皮肉交じりに言った。
「どちらにせよ、前回の記憶が頼りにならないのなら、誰が犯人であってもおかしくはないわね。別にそれでもいいわ。あたしだって、前回の記憶では確か吊られたはずって思った姉妹相手にも投票したわけだし」
「ちなみに誰なの?」
秋茜の問いに、揚羽は答える。
「蜜蜂よ。あの子が吊られた記憶はあったの。試験は終わらなかったから、無実だって事も憶えていた。でも、投票したわけ。様子の可笑しかったあの子を残しておく方が怖かったから。蛍もそうなんでしょう? 前回の記憶で違うと分かっている人にだって投票してきたのでしょう?」
「そうね。それで間違いない。でも、理由はある。わたしは、前回の記憶をあまり信じていない。それに、投票先は状況で決めている。生き残ってほしい人に票が集まらないように、考えて投票しただけ」
「それは誰?」
秋茜がまたしても問う。蛍は静かに答えた。
「空蝉。彼女は違うって憶えていたから」
蛍の言葉に、ぼくは希望を抱いてしまった。彼女は信じてくれている。そこには恐らく、何かしらの根拠があるのかもしれない。だが、そんな蛍の言葉に、揚羽は冷ややかな眼差しを向けた。
「その記憶は信じるってわけ? ずいぶんと都合のいい事」
吐き捨てるようにそう言った時、会議終了のチャイムは流れた。
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