3.機械乙女の歴史

 投票を終えて解放されると、ぼくはすぐに個室へと戻った。投票先は迷わなかった。剥き出しの敵意に怯えながら選んだ名前は蜜蜂。迷いすらせずに選択した自分自身が後になって少し怖くなる。それでも、躊躇ったところで彼女の方は、すっかりぼくを疑ってしまっているから意味がない。

 部屋へと逃げ込むと、少しだけホッとした。蜉蝣が外を怖がっていたことを思い出し、自分の事のように思えてしまった。彼女は前回の試験の記憶があったのだっけ、なかったのだっけ、いずれにせよ、ここで集団生活を送るという事自体がストレスになっていたのだろうと想像できる。

 ぼくも同じだ。外に出たくない。誰とも話をしたくない。壊されるかもしれないし、感情をぶつけられるかもしれない。その可能性すら不安で、考えるだけで疲れてしまう。ずっとここに居たかった。

 それに、ここでだって出来ることはある。ぼくはまだまだ知らない事だらけだ。生前の記憶も戻ってくる気配がないし、姉妹たちが当たり前のように知っていることも思い出せない事だらけだ。

 たとえば、機械乙女のシリーズについても同じ。会議の時に耳にした話を思い出し、ぼくは端末へと手を伸ばした。

『姉妹たちのシリーズについて教えて』

 質問を送ると、返事はすぐに戻ってきた。

『機械乙女の誕生は、試作品として開発された空蝉の目覚めに始まります。空蝉はその後、生きた人間と同じく生活が可能となりましたが、スリープと再起動に不具合を抱えており、調査のための長期メンテナンスが行われ、その際に得られたデータをもとに完成品として第一シリーズが開発されました。そして、蛍、秋茜、瑠璃星、花虻、蜜蜂が製造されましたが、このうちの蜜蜂について予期せぬ行動をするという不具合が確認され、再調査が行われ、第一シリーズの欠陥が発覚しました。その後、第一シリーズは未完成品と判断され、真の完成品として第二シリーズが開発され、七星、蟋蟀、揚羽、日暮、金蚊が製造されました。その後、さらなる改良が施された第三シリーズが開発され、蜉蝣、稲子、紋白蝶が製造され、今に至ります』

 返ってきた答えを目で追って、ぼくはその名前を記憶した。蛍が呟いた言葉を思い出す。最初の頃に犠牲になった姉妹たちは全て第三シリーズだった。最新版で、泣くことも出来るという彼女たち。その事を思い出して、ぼくはさらに質問をした。

『第三シリーズについて詳しく教えて』

『機械乙女の第三シリーズは、第二シリーズを改良した最新版となっております。第二シリーズまでと比べて、より繊細な動きが可能になった他、感情の起伏で肌を紅潮させたり、涙を流したりすることが可能になりました。従来に比べて体温も高くなり、より生きた人間らしさを実現できたシリーズとなっています』

 この情報の中に、彼女らが犠牲になった理由らしきものは見当たらない。たまたまなのか、犯人だけが知る事情があるのか。今のぼくにはまだ分からなかった。

 ぼくはすぐに切り替えて、さらなる質問をした。

『第一シリーズの欠陥について教えて』

『機械乙女の第一シリーズは、試作品である空蝉から確認できた欠陥を克服した上で開発されました。蛍の製造に成功した後、秋茜、瑠璃星、花虻までは問題なく起動し、目覚めさせることに成功したものの、花虻の実妹でもある蜜蜂に致命的な欠陥が見つかり、そのデータを参考に第二シリーズを誕生させる運びとなりました。欠陥の具体的内容は、本人の意図せぬ暴走行為と記憶や意識の混濁、および放心状態が確認されております。現在のところ、これらの不具合は蜜蜂にのみ確認されておりますが、その後の調査によって第一シリーズ全てにおいてその発生の可能性が否定できない事が分かっており、蜜蜂以降の第一シリーズ製造は中止されております』

 つまり、秋茜、瑠璃星、蛍、花虻もまた同じことが起きる可能性はあるということだ。蛍。彼女もまたそこに含まれているところが心配になってしまう。だが、すぐにぼくは気づいた。他人の事を心配している場合ではないかもしれないのだと。

 ぼくは悩みつつも新たな問いを端末に入力した。

『試作品──空蝉の欠陥について教えて』

 すると、ややあってから、答えは返ってきた。

『試作品である空蝉には、いくつかの欠陥が報告されております。この度の記憶喪失もその一つでありますが、完全に記憶が抹消されたわけではなく、保存されている情報へのアクセスに何らかの障害が起きていると思われます。通常のメンテナンスでの調整は難しく、状態を回復させるには他の機械乙女との通信など別の手段が求められておりますが、現時点での実行は難しいと判断され、対処については保留となっております。また、第一シリーズが空蝉の情報をもとに製造されていることを考え、蜜蜂に確認された不具合を空蝉も抱えている可能性は高いとされています。さらに、スリープと再起動に関するバグも多く報告されております。機械乙女を社会に戻すために避けられない臨時試験の際、他の姉妹に破壊されることは勿論、強制停止のために吊るされる際も、試作品である空蝉の体はその負担に耐えられず、他の機械乙女と比較してスムーズに再起動させることが難しい事が多々あるようです。そのために故障と修理を繰り返していますが、一方で試作品であるがゆえに内臓基盤等に後のシリーズには使われていない最高級の品質の素材が使用されているため、後の機械乙女たちよりも本来は頑丈である可能性も指摘されています』

 ここから読み取れる事と言えば、ぼくは体自体は頑丈である事だけが取り柄であるということだろうか。それすらも、他の姉妹には生じないような不具合の数々の存在によって掻き消えようともいうもの。あまり知りたくはなかったことだけれど、どうやらぼくもまた、皆に疑われるだけの存在であるらしい。

 それでも、だ。

 ぼくは確信を持っていた。それでも、ぼくは犯人ではない。花虻も、稲子も、蜉蝣も、そして紋白蝶も、ぼくが壊したなんてことはない。蜜蜂のような不具合がぼくにもあるのだと言われてしまえば分からなくなるが、記憶にない以上、胸を張って言う事は出来る。

 ──空蝉ではない。

 ふと、蛍の呟きを思い出した。そうだ。彼女も確信をもってそう呟いていた。蛍。彼女は何か知っているのかもしれない。けれど、それを確認しに外に出る勇気が、いまのぼくには足らなかった。

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