2.第一シリーズの不具合

 会議室に到着し、話し合いが始まった後も、蜜蜂はただただ震えていた。ただ立っていることも難しいのだろうか、時折ふらふらしている。目の焦点も合っていない。一体何があったのか、ぼくは彼女から目が離せなかった。そんな中、瑠璃星が真っ先に発言した。

「知っている姉妹も多いと思うが、空蝉君などは憶えていないかもしれないから、まずは僕から蜜蜂君の事情について説明させてもらおう。事実確認も兼ねているから、間違いがある場合は遠慮なく口を挟んでくれ」

 そして、瑠璃星は言った。

「蜜蜂君は知っての通り、僕と同じ第一シリーズの機械乙女として誕生した。ご家族で旅行の最中、不慮の事故に巻き込まれたと聞いている。ご両親は残念ながら即死で助からなかったが、まだ可能性の残っていた彼女と彼女の姉である花虻君は、抽選によりプロジェクトに参加する事となり、機械乙女として生まれ変わる事となった。そして、花虻君は問題なく目を覚ましたのだが、蜜蜂君はそうではなかった。時折、その体が勝手に動いたり、暴走したりするという不具合に悩まされ、強制停止をして長期間のメンテナンスを受ける事になったのだ。彼女に起きた不具合により、僕を含めた第一シリーズの欠点が発覚。僕らはつまり未完成品であることが分かり、真の完成品である第二シリーズ開発への布石となったわけだ。そして、第二シリーズの成功をもとにさらなる改良を加えたのが第三シリーズ。今後しばらくはこの第三シリーズが主流となるそうで──」

「脱線しかけているからまとめるけれど、要するに蜜蜂は不具合を抱えているの」

 途中で口を挟んだのは秋茜だった。彼女はぼくに説明するように言った。

「無事にまた起動できてからは問題なく稼働していたけれど、バグが全てなくなったとは限らない。何かがきっかけで暴走してもおかしくはなかったってわけ。まあ、花虻をやったのが彼女とは限らないのだけれどね」

 そして、秋茜は蜜蜂へと視線を向けた。

「どうなの、蜜蜂。あなたがやったの?」

 だが、蜜蜂は震えるばかりだった。

「分からない」

「分からないってあんた、何にも憶えていないわけ?」

 揚羽が呆れたように訊ねるが、蜜蜂の反応はあまり変わらなかった。ただただ蜂蜜色の目をこちらに向け、すぐにまた俯いてしまった。

「分からないの。あたしがお姉ちゃんをやったの? 誰か教えてよ。だいたい、あたし、なんで自分があの場所にいたかも分からないのだもの。今朝の事も、昨日の事も、全然思い出せないの」

 泣き出しそうな声だった。だが、涙は流さない。そうだ。泣けないのだ。ぼくは思い出した。泣けるのは第三シリーズだけ。それ以外の機械乙女たちは泣くことが出来ない。

「こうなると、可哀想だけど投票しない理由を探す方が難しそうね」

 揚羽の言葉に、蜜蜂はさらに震えた。だが、再び顔を上げ、ぼくを見つめたその眼差しには、敵意のようなものすら感じ取れた。

 同じものを察したのだろうか、瑠璃星が彼女に問いかけた。

「そういえば、蜜蜂君。君とお姉さんの花虻君は、ずっと空蝉君に投票をし続けていたね。たしか昨日もそうだった。今のうちにその理由を教えて貰えるかい?」

 その問いに対し、蜜蜂は頷いた。

 どうやら、その理由については、ちゃんと憶えていたらしい。

「お姉ちゃんが言っていたの。前回の試験の事よ。お姉ちゃんもあたしも、その時の事を全く憶えていないのだけど、疑うのなら記憶がないと主張する姉妹にした方がいいって。揚羽ちゃんも言っていたじゃない。最初の日に。空蝉……その人が目を覚ましてすぐに試験がまた始まった。疑わしいんじゃないかって。揚羽ちゃんは前回の記憶があるんでしょう? 空蝉が怪しいって思うだけの事が、前回あったんじゃないの?」

 話を振られ、揚羽は何処か迷惑そうな表情を浮かべる。

 それでも、すぐに平静を取り戻し、彼女は答えた。

「そうね。確かに記憶はあるわ。自分が疑われて吊るされるまでの記憶だけれど。確かに、最後まで空蝉はそこにいた。だから、可能性はあるってこと。でも、この記憶だってどこまで正しいのかは分からないとも言ったはずよ。ついでに言わせてもらいましょう。誰かを疑う責任を、アタシに被せないで。あんたはあんたの考えで空蝉を疑っているのだから」

「まあまあ、揚羽さん。そうカッカなさらないで」

 七星が必死に宥めた。

 それに続いて、瑠璃星は軽く頷いた。

「うん、蜜蜂君の理由は分かったよ。揚羽君の主張もね。他に誰か気になる事はないか。投票までの時間いっぱい、確認出来る事は確認しておこう」

 瑠璃星の言葉に、秋茜が遠慮がちに手を挙げた。

「どうぞ、秋茜君」

 促されると、秋茜はちらりとぼくへと視線を向け、口を開いた。

「不具合の話なら、空蝉の状態についてもちゃんと確認しておいた方がいいわ」

 どうやら、ぼくにとってはあまり都合が良くない類の話のようだった。

「アタシたち、第一シリーズの欠陥は勿論だけど、空蝉に至ってはそれ以前──プロトタイプになるのでしょう。第一シリーズにすらなかったバグがあってもおかしくはないってことよね。そう思わない?」

 その言葉に気圧されて身が竦んでしまった。そんなぼくの反応を余所に、瑠璃星もまた考え込む。

「確かに、空蝉君には僕たちよりもさらに不安定ではあるとは聞いている。たとえば、記憶がいま飛んでしまっているというのもその一つだろう。まあ、その記憶がないというのが演技でなければの話だが……」

 と、ちらりと視線を向けられ、ぼくは慌てて発言した。

「演技じゃないよ。ぼくは本当に──」

 だが、その途中で蜜蜂に口を挟まれた。

「それならそれで、あたしと一緒ね。あたしは、自分が犯人なのかどうか、それすら分からない。お姉ちゃんを壊すなんて考えられないけれど、不具合だったらって思うと……。でも、もし、あたしが犯人じゃなかったら、その時は空蝉を選んでほしい。あたしが言いたいのはそれだけよ」

 きっぱりと言われ、ぼくは困惑した。

「ぼくじゃないよ」

 力なく訴える声が、虚しく会議室に響き渡る。

「……ぼくじゃない」

 手応えのなさに怯む一方で、ぼくのすぐ隣で呟くように蛍は言った。

「──空蝉ではない」

 それは、妙に確信めいた呟きだった。

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