2.親しいからこそ
「皆にも実際に見てもらう時間が欲しかったのだが、どうやらスタッフがそれを許さないらしい。だから、僕が手短に説明する。足りない部分があったら、共に見た姉妹が補足してくれたら有難い」
会議室に移動して、まず瑠璃星が話したのは他の姉妹への説明だった。
「アナウンスされた通り、講堂の舞台上で稲子君が壊されていた。酷い有様だったが、そこは重要ではない。誰がいつ、彼女に手をかけたのか。少しでもその真実に近づける情報が欲しい。昨日、稲子君を最後に見たのはいつだったかそれぞれ確認してみよう」
「その前に確認なんだけど」
と、口を挟んだのは、秋茜だった。
「壊された稲子を実際に見たのは瑠璃星の他に誰がいるのか教えて」
その問いに、七星が手を挙げた。それにつられて蟋蟀も手を挙げるのを見て、ぼくも慌てて手を挙げた。その後、静かに蛍も手を挙げる。秋茜はその一人一人の顔を確認してから、小さく肯いた。
「ありがとう。瑠璃星と七星だけじゃないって分かっただけでも大きいわ」
「僕を疑っているのかな、秋茜君?」
瑠璃星がやや皮肉っぽく問いかけると、秋茜は腕を組みながら答えた。
「ただの確認よ。無実の罪で吊るされてしまった金蚊の置き土産でもあるもの。仕切り屋は便利だけど、全てを委ねては駄目だって気づいただけ」
そして、沈黙の後で秋茜は付け加えた。
「ごめんなさい、どうぞ続けて」
その言葉に瑠璃星は気を取り直してぼく達に言った。
「まずは僕から言っておこうか。昨日、稲子君を最後に見たのはこの会議室だ。解散した後、僕はずっと七星君と図書室にいた。そうだね、七星君」
「ええ、他には確か、秋茜さんもいましたね」
「そうね。夕方までだったけれど」
話を振られた秋茜は、そのままぼく達に向かって証言した。
「アタシが稲子を見たのも会議室までよ。その後は何処で何をしていたのかも分からない。引きこもっていたのか、何処かにいたのか、誰か知っている人はいない?」
そんな彼女の問いに対し、答えたのは蟋蟀だった。
「稲子は俺と一緒にいたよ」
姉妹たちの視線が一気にそちらに向く。
「昨日も一昨日もそうだった。そもそも、ここんとこずっとそうだった。皆も知っているだろう。俺と、稲子と、そして日暮とでいつもここを占領していたんだよ。それぞれ外の世界に戻った後で、復帰したい世界があったんだ。俺は演奏の世界、日暮は歌の世界、そして稲子はダンスの世界……。ただ、昨日は演奏も踊りも身が入らなくて、ステージで日暮がいなくなった寂しさを共に語ったんだ。彼女がまたここへ戻って来る日までは、とにかく練習を続けるしかないって……語ったばかりだったのに」
がっくりと肩を落とす蟋蟀に対し、どこか冷めた様子で声をかけたのが揚羽だった。
「つまり、あんたが稲子を最後に見た姉妹ってわけ?」
棘を感じるその口調に、蟋蟀はすぐに返答した。
「そうだけど、でも、俺じゃないよ。俺なわけがない。あんな酷いこと、出来るわけがない。あんな……恐ろしい事を……」
そう言って蟋蟀は震えてしまった。彼女の姿を見ていると、ぼくの脳裏にも稲子の酷い様子が蘇ってきた。
「どんな状態だったんですか?」
おずおずと花虻が訊ねてくる。その問いに対し、瑠璃星は躊躇いつつも答えた。
「紋白蝶君や蜉蝣君よりも悲惨だったよ。詳しく聞きたい?」
無言で頷く花虻に対し、瑠璃星もまた頷いた。
「分かった。では話そう。聞きたくない姉妹は僕がこの手を下げるまで耳を塞いでいてくれ。いいね。では、語るよ。稲子君の体は舞台上でバラバラになっていたんだ。第三シリーズならではの美しい肢体が引きちぎられ、舞台上に散乱していた。目と鼻、そして口からは内用液が漏れ出していて、皮膚はところどころ捲れていた。あとは先の二人と同じような状態だった」
そう言ってから、瑠璃星は手を下した。耳を塞いでいた蜜蜂がそっと手を下す。聞いていた花虻の方は、血が通っていないはずなのに青ざめているように見えた。
「あんな恐ろしい事、俺は出来ないよ。人間に出来る事じゃない」
蟋蟀は言った。だが、そんな彼を追い詰めるかのように揚羽は言った。
「どうかしら。所詮、あたしたちは人形だもの。いざとなったら人間らしさなんて掻き消えてもおかしくはないわ」
「どういう意味だ。お前には出来るって事か、揚羽」
すぐに蟋蟀が噛みつくも、揚羽は鼻で笑った。
「そうかもね。でも、あたしじゃないわ。昨日のあたしは就寝ギリギリまで温室にいたの。そこの二人が証人よ」
そう言って指差したのは、花虻と蜜蜂だった。
「確かかい?」
瑠璃星の問いに、二人はそれぞれ頷いた。
「あたしたち、ずっとお話していたの」
蜜蜂が言った。
「誰に投票したのかとか、思い出話とか。いつもなら揚羽ちゃん、金蚊さんと一緒だけど、昨日は会いたくないって言っていたから」
「会いたくない?」
瑠璃星の言葉に、揚羽は呆れたように答えた。
「昨日の時点ではあの人の事を疑っていたからよ。あの人の芸術作品は大好きだったけど、狂気の人でもあるって分かっていたから、やってしまったんじゃないかって疑ってしまったの。でも、その一方で、ここ最近はずっと一緒だったから、だから顔を見たくなかったの。投票した罪悪感で心が潰されてしまいそうだったから。結局、あの人は犯人じゃなかったわけだけどね」
そして彼女は嘲るように笑ってみせた。
「親しかったからと言って、疑わしくないわけじゃないわ。むしろ、親しいからこそ、何かがこじれることだってある。そうでしょう? そもそも、あなただって親しかった日暮にしっかり投票しているじゃない。情を理由に壊せないなんて事、ないと思うけれど」
その言葉に、蟋蟀はまたしても反論した。
「俺じゃない。何度でも言う、俺じゃない。日暮は眠りたがっていたから投票しただけだ。でも、稲子は違う。眠るのを怖がっていた。ましてやあんな風に壊されることなんて望んでいるはずがないだろう。俺はあんな事、出来ない。だって、友達だったのに」
本心から否定しているようにしか見えない。だが、だとしたら、誰が疑わしいだろう。
「蛍はどうなんだ。空蝉はどうなんだ。行動を保証できる相手がいないのは、俺だけじゃないだろう? なあ、そうだろう?」
彼女の言葉に対して、誰も、何も反応しなかった。そして、そうしているうちに、終わりのチャイムは鳴ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます