◇ 3日目

1.飛び散った体

 また、朝がやってきた。夢の中で微かに聞いたチャイムの余韻を感じながら、ぼくはすぐにベッドから降り立った。すぐに視界に入ったのはチカチカと光る端末だった。確認してみると、そこにはこう書かれていた。

『投票の結果、金蚊さんが強制停止となりました』

 やっぱりそうなった。

 ぼくも一票を投じたから仕方ない。

 直後、緊張と罪悪感を覚えながら確認したのは、詳細の項目だった。金蚊に投票したのは、ぼくの他に四人。蛍、瑠璃星、揚羽、七星だ。他の姉妹はというと、花虻と蜜蜂の姉妹が相変わらず、ぼくに投票している。だが、それよりも目立ったのはもう一人への投票だった。瑠璃星。金蚊は昨日も彼女に票を入れていたらしい。その言動に思うところがあったのだろうか。秋茜、蟋蟀、そして稲子も瑠璃星に票を入れていた。

 金蚊と瑠璃星の票数は一票差。誰か一人でも瑠璃星に入れていたら、結果は違っていた。昨日の金蚊の言葉を思い出してみれば、確かにぼくも一理あると思ってしまう。もしも瑠璃星が犯人であれば、場を牛耳られるのはどうなのだろうと。

 さて、ひとしきり確認が終わってやることがなくなると、急にそわそわしてきた。今日も姉妹の誰かが壊されているのではないかと思うと怖かったのだ。だから、昨日と同じようにドアベルが鳴った時、ぼくはぎょっとしてしまった。恐る恐る応対してみると、そこにはやはり昨日と同じように七星が立っていた。

「おはようございます、空蝉さん」

 ベレー帽を手で支えながら、彼女はぼくを見上げてきた。

「本日もお変わりはなさそうで安心しました」

「君もね」

 ぼくは静かにそう言って、七星と視線を合わせた。

「今日も瑠璃星と一緒に確認しているの?」

「そうですよ。ほら、あそこ」

 彼女が指差す先では、確かに瑠璃星が他の姉妹の部屋を訪ねていた。昨日の結果は彼女も見ているはずだ。何を思っただろう。遠目に見た感じでは、憤慨しているようには見えない。ただただ冷静に、今やるべきことをしているようにしか見えない。

「おいらもお手伝いの続きをさせて貰いますね」

 七星はそう言ってぼくに軽く頭を下げると、そのまま隣の部屋へ向かい、背伸びをしてドアベルを押した。蛍がすぐに出て来て軽く会話をする。その向こうで、瑠璃星が次々に姉妹たちの無事を確認していく。その様子をしばらく見守っているうちに、瑠璃星はある部屋で立ち止まった。ドアベルを押す。一回、間を置いて二回、さらに置いて三回。誰も出てこなかった。

 ぼくは廊下へと足を踏み出した。そんなぼくの様子に気づき、部屋に戻ろうとしていた蛍も異変に気付く。瑠璃星は部屋へと視線を向け、そしてもう一回だけドアベルを鳴らすと、扉をノックした。

「稲子君、起きているかい?」

 返答はない。

 瑠璃星は少しだけ悩むと、もう一度声をかけた。

「悪いが開けさせてもらうよ」

 そう言って彼女が扉に手をかけると、そのまますんなりと開いた。施錠されていない。昨日と同じだ。瑠璃星はじっと中を見つめ、無言で入っていく。ぼくもその様子が気になって、近づいていった。

「稲子……?」

 と、そこへ、動揺した様子で近づいていくものがいた。蟋蟀だ。瑠璃星に続いて中へと入っていく。中はどうなっているのだろう。恐怖を感じながらも近づいていき、ぼくはそっと中を覗いた。中では瑠璃星と蟋蟀が立ち尽くし、困惑していた。きょろきょろと辺りを見渡しているかと思うと、蟋蟀が瑠璃星に問いかけた。

「稲子は何処に行ったんだ?」

「分からない」

 瑠璃星は静かに答え、廊下へと戻ってきた。

「どうしたの? 稲子は?」

 問いかけるぼくに、瑠璃星が答えた。

「中にいないようだ。昨日の就寝時間までに戻っていなかったのかもしれない」

「戻らないとどうなるの?」

「普通なら、スタッフの操る蜘蛛型ロボットが来て、俺らの体を強制的にスリープ状態にしちまうんだ」

 と、今度は蟋蟀が答えた。

「その後、この部屋に運んでメンテナンスが始まる。いずれにせよ、ここに戻されているはずなんだが……」

「そうだね。もしも壊されていなかったら、ではあるが」

 瑠璃星の言葉に、蟋蟀が不快そうな表情を見せた。怒鳴るかと思ったけれど、蟋蟀はそのまま感情を押し殺し、稲子の部屋から出てきた。

「探してくる」

 そう言って、彼女は立ち去ってしまった。

 蟋蟀の背中を見送っていると、瑠璃星もまたぼく達に向かって言った。

「僕も探してくるよ。君たちは好きに過ごしていて。手伝ってくれると嬉しいけれど、無理はしなくていい」

 そして蟋蟀を追いかけるように歩き始めた。そんな瑠璃星に七星がついて行く。立ち去る彼女たちを見つめながら、ぼくはどうするべきか悩んでいた。

「ぼくも探してくる」

 宛てもなくそう言って歩き始めた時、蛍がそっとぼくの手を握った。

「思い当たる場所があるの。少し不安だから、一緒に来てくれる?」

 問いかけてくる彼女に、ぼくはぎこちなく肯いた。

 それから、蛍は迷いなく何処かへ進んでいった。まるで、もう答えを知っているかのように。手を引かれるまま歩き続け、ぼくはただただついて行った。そして辿り着いたのは、かつて紋白蝶に案内された講堂だった。

 中に入ってみれば、すでにそこには姉妹の姿があった。蟋蟀だ。それに、瑠璃星や七星もいる。きっと彼女たちも思い当たる場所はここだったのだろう。舞台上にあがり、二人共一点を凝視していた。その視線の先をぼくも見つめ、そのまま固まってしまった。

「あ……ああ……」

 覚悟はしていた。紋白蝶も、蜉蝣も、それはそれは酷い壊され方をしていたから。でも、やっぱり見慣れるものではない。その上、今回は特に酷かった。

 稲子。彼女の事を紋白蝶が紹介してくれた時の事を思い出す。ダンサーだと言っていた通り、くるくると回ったり飛び跳ねたりする彼女は軽やかだった。その肢体が、今、舞台上にバラバラに散らばっていた。

 頭も、手足も、胴体も、あらゆる場所が散り散りに。

 あれがただのマネキンだったら、どんなに良かっただろう。しかし、仮にマネキンだったとして、今のぼくには堪えられただろうかと疑問にも思う。似たような体を持つ者として、この光景はとにかくおぞましすぎた。

「これで、前と同じく第三シリーズは全滅ね」

 蛍がそっと呟いた。その意味を深く問おうとしたその時、昨日も、一昨日も聞いた、あのアナウンスが流れてきた。

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