3.犯人は何のために
自室へと真っすぐ戻ると、今日もぼくは引きこもっていた。
いなくなった蜉蝣の代わりを引き継ぐのは、ぼくになりそうだ。……と言いたいところだけれど、金蚊によれば蜉蝣もただただ引きこもっていたわけではなかったのだっけ。どちらにせよ、蜉蝣はいなくなってしまったし、恐らく金蚊もいなくなってしまうだろう。ぼくの一票もまた、それを後押しする事になる。
金蚊が本当に犯人なのかどうか、それは正直分からなかった。あの態度だ。違ったとしても不思議ではない。でも、それすらも演技で、場を混乱させようと藻掻いたという可能性だってある。可能性なんて考えだしたら、キリがない。結局のところ、尻尾が出てこない限りは、手探りで決めつけるしかなさそうだった。
いったいこれが何回続くのだろう。負けたらどうなるのだろう。最後の最後まで犯人が見つからず、全滅してしまったら。前にも同じような事があったなんて言っていたけれど、その時はどのように終わったのだろう。今になって色々と気になり始めた。だが、それを誰かに確かめに行く元気が、今のぼくには全くなかった。
──質問は、スタッフへ。
ふと、ぼくは蛍とのやり取りを思い出し、のそのそと起き上がった。「蜘蛛の目」は、チカチカ光りながら今もぼくを観察している。その向こうにいるスタッフたちは、全てを見ているはずなのに、黙って見守っているわけだ。それが試験だから。では、その試験の中枢を担う犯人は何者なのだろう。彼らが誰かを操って、そうさせているのだろうか。あらゆる事を疑いながら、ぼくは端末へと触れた。
『犯人は誰なの?』
返事はすぐに来た。
『恐れ入りますがお答えいたしかねます』
ぼくはすぐに質問をした。
『どうして二人は壊されたの?』
『恐れ入りますがお答えいたしかねます』
『犯人はどこにいるの?』
『恐れ入りますが──』
いたちごっこだ。
ぼくは一呼吸置いてから、頭の中を整理した。冷静にならないと。このまま感情任せに続けていたって全く意味がない。
ぼくは何を知りたい。何を把握しておきたい。その事を静かに考えてから、深呼吸し、ぼくは再び端末に文字を入力した。
『犯人はどうしてこの試験に協力するの? その目的は何?』
すると、今度はややあってから返答がきた。
『臨時試験の際の犯人となる機械乙女には、その試験結果に応じた報酬が発生する場合もあります。特に、試験の最終日まで他の機械乙女たちを出し抜き、生き残ることが出来た際には、規約により機械乙女の要望を聞き、それになるべく応じることが約束されております。しかし、中には特に要望もないまま試験を開始する機械乙女も確認されております』
報酬。要望。
その言葉に心惹かれ、ぼくはさらに訊ねた。
『たとえばどんな報酬があるの? 過去にはどんな要望があったの?』
『報酬の内容は多岐にわたりますが、主に当施設内での生活環境や待遇にまつわる内容が殆どです。生前の仕事や趣味にまつわる道具や設備の購入なども含まれます。過去の要望につきましては、社会復帰後の地位の回復や、生活基盤を整えるためのまとまった資産などが求められた例があります』
表示された文字を眺めながら、ぼくは生き残っている姉妹たちの顔を思い浮かべた。あの中に、犯人はいる。その誰かはここに書かれたような目的で、この試験を始めたということだろうか。
──中には特に要望もないまま。
ふと、その文言を思い出し、ぼくはさらに訊ねた。
『要望がない姉妹は何が目的で犯人になるの?』
『その動機は各機械乙女の生来の性格や、生い立ちなどに左右されるため、お答えいたしかねます。ですが、過去の例では、ただ単に快楽などその時々の感情のままに他の機械乙女たちを襲った方もおりました』
つまり、おかしな奴も紛れているかもしれないというわけだ。
一気に怖くなり、ぼくは恐る恐る訊ねた。
『その人は、まだこの施設にいるの?』
だが、その返事はこうだった。
『恐れ入りますがお答えいたしかねます』
聞かなければよかった。そう思うくらい、もやもやした。ただ単に、個人情報だから答えられないのか、今回の試験に関係するから答えられないのか、どうにも読み取れない。それだけに不安が押し寄せてきた。
もしかしたらあの中に、快楽のためだけに他の姉妹を苦しめるとんでもない奴が紛れているかもしれないのだ。そう思うとあまりに怖かった。
『どうしたら犯人に襲われなくて済む?』
思わずそう訊ねると、しばらく経ってから返事は来た。
『なるべく自室に引きこもり、他の機械乙女と会わず、来客にも応じず、会議の時のみ外出するようにすれば、破壊される可能性は低くなるはずです』
つまりは、蜉蝣のように引きこもっていればいいという事か。そんなの簡単だと思いそうになるものの、改めて自室を見渡してみれば、やはり難しいのではないかと感じてしまう。
蜉蝣だって来客には応対していたし、部屋の中では何かに没頭していたようだ。ぼくの部屋はと言えば、いまだ趣味など見つけていないためにシンプルそのものだ。こんな部屋に長時間引きこもっていても、心が耐えられないだろう。話し相手が欲しくなってしまうだろう。今は大丈夫だとしても、明日、明後日には外に出始めているかもしれない。
「結局は、祈るしかないか」
ぼくは一人呟いて、自分の手をじっと見つめた。
昔の記憶が戻らないのは何故だろう。他の姉妹たちは、犯人に破壊されたり、投票により強制停止されたりすることで、生前の記憶が飛ぶことを恐れているようだった。では、ぼくもそのような事情で記憶が飛んでしまったのだろうか。それにしたって、全く思い出せない。まるで、生前のぼくなんていなかったかのようだった。
ぼくは何者なのだろう。本当に人間だった過去があるのだろうか。二度とその記憶が戻らないのならば、それはもう他人と同じではないのだろうか。色んなことが頭を過り、怖くなっていく。
──ゆっくり思い出せばいいんだよ。
優しい言葉と笑みが、脳裏に浮かんだ。
紋白蝶。なんで壊されちゃったんだろう。修理はどのくらいかかるのだろう。また彼女に会える日が来るのだろうか。また会えたとして、ぼくの事を憶えているのだろうか。色んな疑問が頭に浮かぶと、どうしようもなく恋しくなってしまった。
寂しい。そして悲しい。けれど、どんなに胸が締め付けられても、ぼくの目は涙を流すことが出来なかった。
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