2.止まらなかった惨劇

「残念だけど日暮じゃなかったようね」

 会議が始まるなり、揚羽がそう言った。どこか冷ややかなその口調に、他の姉妹たちが不快感を示しているようだが、揚羽はきっと微塵も気にしないのだろう。蟋蟀が俯き気味に口を開いた。

「確かにそうだけど、後悔はしていないよ。彼女はこの不愉快なお遊びに付き合いたくなかったみたいだからね」

 吐き捨てるようなその言葉に、瑠璃星が軽く目を閉じる。そして、装飾品の眼鏡を掛けなおしてから、改めて発言した。

「雑談はこのくらいにしておこう。時間は貴重だ。今回の被害者は蜉蝣君。昨日、蜉蝣君と話した姉妹はいるかな。もしいたら、恐れずに名乗り出て欲しい」

 瑠璃星の冷静な呼びかけに、姉妹たちが俯く。ぼくもまた俯いてしまった。

 昨日のぼくは、とにかくショックで部屋に閉じこもっていた。その事を証明できる人はいない。証拠なんてものも思いつかない。ただただ、蜉蝣には個人的に会っていないはずだと主張を繰り返すことしか出来ない。それだけに、ぼくは怖かった。

 何せ、昨日の投票結果が頭に残り続けているのだ。あと少しで吊るされるのは、ぼくだった。そうならなかったのは単なる偶然と言ってもいい。

 昨日、ぼくに投票した姉妹たちは、今日もぼくを疑っているのだろうか。その事が気になって仕方なかった。誰かに疑われるという事はこんなにも不安なのだと教えられ、気が気でなかったのだ。

 皆、ぼくと同じような不安を抱えていたのだろうか。誰も発言しないまま、少しの沈黙が流れた。だが、その沈黙を割るように、手を挙げた者がいた。花虻だった。

「参考になるか分かりませんが」

 そう断る彼女を、瑠璃星は促した。

「些細な事でも構わないよ」

 その言葉に安心したのか、花虻は言った。

「では、証言します。昨日、私は蜉蝣さんをお見かけしました。あんな事があったから、きっとお部屋に引きこもるのだろうと思っておりましたが、珍しく外に出てきたのです。私と鉢合わせて気まずそうにされていましたが、そのまますぐさま何処かへ立ち去っていきました」

「それは何時ごろの事?」

 瑠璃星の問いに、花虻は落ち着いた様子で答えた。

「日没後です。外は真っ暗でしたので」

「なるほど、就寝よりも前に、何処かへ向かったのだと」

 瑠璃星が確認するように繰り返す。その後で、迷いながら声を上げたのは、揚羽だった。

「蜉蝣の行先に、心当たりがあるわ」

 その発言に、瑠璃星がすぐに食いついた。

「何処だい?」

 すると、揚羽は気まずそうにしながら、正直に答えたのだった。

「金蚊のアトリエよ」

 つまり、美術室だ。

 一気に視線が金蚊へと向いた。金蚊は頬杖を突きながら揚羽を見つめている。だが、疑いの目を向けられ、不快感を示すどころか不敵に笑みを浮かべた。

「なるほど、オレ様が怪しいってわけか」

 面白がるようなその態度に、秋茜が口を開いた。

「どうして笑っているのよ。笑っている場合じゃないでしょう?」

 そんな彼女に対し、金蚊はさらに笑う。

「確かにそうだな。だが、笑うしかないってことだよ。なるほど、オレ様がね。それを揚羽が証言するなんてなぁ」

「あたしは自分の見たものをありのままに証言しただけよ。あんたも反論があるならハッキリ言いなさいよ。違うなら違うってちゃんと言わないと、今日はあんたで決まりになっちゃうのよ?」

 叱るような揚羽の言葉にも、金蚊はさほど関心を示さない。

 ただ、興味ありげに姉妹たちを見渡し、言ったのだった。

「別にオレ様は構わないよ。ただ、述べておくとすれば、オレ様じゃないってことくらいかね。動機もないし、そんな暇があるなら作品に時間をかけたいからね」

「ちなみに、揚羽君の証言は正しいと認めるのかな?」

 瑠璃星の問いに、金蚊は頷いた。

「ああ、間違いない。確かにオレ様は蜉蝣クンと一緒にいた。蜉蝣クンが相談したいことがあるっていうから、時間を指定して来てもらったんだ。確かに揚羽に帰って貰ったあとで入れ違いに来たんだったね」

「相談ってなんだったんですか?」

 七星の問いに、金蚊はすんなりと答えた。

「言いたいところだが、本人の同意なく勝手に言っていいもんかねぇ」

「だいたいでいいよ」

 瑠璃星に促され、金蚊は頷いた。

「じゃあ、だいたいで答えよう。ざっくりと言えば、美術に関することだ。蜉蝣はね、ただ単に引きこもっていたわけじゃないんだ。オレ様から言える事はこのくらいかね」

 分かったことは、相談事があって、それを引き受けていたという事。それが本当なのかどうかは金蚊にしか分からない。金蚊の表情を見てみても、読み取れることはない。気難しいというか、心が読めないというか、それだけに疑いを向けてしまいがちな人物であるとも言えた。

「いつ帰ったかにもよるわ」

 沈黙を割って、蛍がそう言った。

「最後に会ったのは、本当に金蚊だったのか確認しないと」

 そんな彼女の発言に、瑠璃星は頷いた。

「ああ、確かにそうだね。誰か見た人はいないかな? 美術室から戻っていく蜉蝣君の姿を」

 だが、今度は誰も手を挙げなかった。

 代わりに口を開いたのは、金蚊だった。

「信じて貰えるかは分からないが、相談は一時間もかからなかった。就寝のチャイムの前には立ち去っていった。まあ、これを証明してくれる奴は誰一人としていないけれどね。それこそ、帰っていく時に誰かが目撃していない限りは」

 証明できる姉妹は、やはり、いないらしい。

 静かになったところで、ふと秋茜が手を挙げた。

「金蚊にちょっと質問しておきたいのだけれど」

「何かな?」

 本人に促され、秋茜は改めて問いかけた。

「昨日の投票結果、あなただけが瑠璃星に入れていたようなのだけれど、それはどうして?」

「ああ、その事か」

 金蚊は目を細め、軽く笑いながら答えた。

「そうだな。どうせだから言えるうちに言い残しておこうか。オレ様は、嫌いなんだよ。仕切り屋ってやつがさ。それに疑いもなく従ってしまう、迷える子羊クンってやつもね。だって、もしもその仕切り屋が悪人だったら、抗えなくなっちまうだろう」

 そして、金蚊は空虚な笑みを浮かべた。

「ま、もうオレ様には関係ないけどな。どうせ、お前ら、オレ様に投票するだろうからさ。別にいいぞ。恨みもしない。無駄に生き残って破壊されるよりはマシってもんだ。だけど、少しだけ怖いなぁ。生前の記憶、消えちまわないといいけど」

 と、金蚊が言ったところで、チャイムは鳴ってしまった。短すぎる会議の時間が、またしても終わってしまった。

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