◇ 2日目

1.涙を流す人形

『投票の結果、日暮さんが強制停止となりました』

 朝、不自然に点滅する端末を見てみると、そこにはそう書かれていた。

 やっぱり、というのが正直な感想だった。昨日の流れから、こうなる事はだいたい予想がついていた。だが、そのメッセージの横にある詳細を何気なく確認し、ぼくは寒気のようなものを覚えてしまった。そこには投票結果の詳細が書かれている。誰が誰に投票したのかが細かく表示されていたのだが、投票結果の二位がぼくだったのだ。それも僅差。たった二票の差だった。

 ぼくは動揺しつつ、誰がどこに投票したのかも確認した。ぼくと同じく日暮に投票したのは、蛍、瑠璃星、七星、秋茜、揚羽、蟋蟀の六人だ。そして、ぼくに投票したのは、日暮、蜉蝣、蜜蜂、花虻、稲子の五人。最後の一人、金蚊だけは何故か瑠璃星に投票していた。それらの結果を何となく目に焼き付けると、ぼくは端末から目を放した。

 鼓動などないはずの左胸がちくりと痛む。きっとこの体が生身だった頃の記憶なのだろう。その頃のことはやっぱり思い出せないけれど、きっとこのように動揺した過去があったのだと思う。

「蛍……」

 ぼくはその名前を思い出し、心を落ち着けた。

「ぼくには投票しなかったんだね」

 昨日は何処か素っ気無かった彼女だけれど、その事実だけは救いとなった。

 さて、あとは日暮が犯人だったのかどうかが重要なのだが。と、考えているところへ、ドアベルが鳴った。

 応対してみれば、そこには七星がいた。

「朝早くにすみません、空蝉さん。瑠璃星さんが姉妹全員の無事を確認した方がいいっておっしゃったもので。お具合はいかがですか?」

 見上げながら訊ねてくる彼女と視線を合わせ、ぼくは頷いた。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 すると、七星は頭に乗せた赤いベレー帽をかぶり直し、はにかむような仕草をみせた。

「いえいえ、おいらも好きでやっているので。では、おいらはこれで」

 そう言って、速やかに隣へ──蛍の部屋へと向かう。

 背伸びをしてドアベルを鳴らすその向こうでは瑠璃星が同じように姉妹たちの無事を確認していた。

 蛍が出てきて七星と会話をし始めた後も、ぼくは部屋に引っ込まずに瑠璃星の様子をなんとなく眺め続けていた。瑠璃星がある部屋のドアベルを鳴らす。一回、二回、三回。間隔をあけて何度も押していた。が、出てこない。瑠璃星が扉を見つめる。その表情に、ぼくもまた気になって、廊下へと出て行った。

 誰の部屋だろう。そわそわする気持ちを抑えながら近寄っていく。他の姉妹たちの中にも、様子に気づいた者が現れる。ぼくと同じように近づいていき、瑠璃星の様子を見守った。その中の一人──蟋蟀が瑠璃星に言った。

「蜉蝣か。あいつなら、二度寝とかじゃないか?」

 それは可能性を指摘するというよりも、そうであって欲しいと願っているかのようだった。そんな蟋蟀の言葉に頷きつつも、瑠璃星は生きた人間のようにため息を吐いた。

「そうであって欲しいものだが」

 そう呟いてから、瑠璃星は蜉蝣の部屋の扉を直接ノックし、そして声をかけた。

「蜉蝣君。起きているかい? 聞こえていたら──」

 と言いかけたところで、瑠璃星の表情が変わった。彼女が軽く扉に手をかけた瞬間、勝手に開いたのだ。鍵がかかっていない。その事実にぼく以外の姉妹たちも嫌なものを感じたのか、戸惑いが一気に伝染していった。

「蜉蝣君……入らせてもらうよ」

 瑠璃星がそう言って足を踏み入れる。その後に七星も続いた。ぼくも気になって、隙間からそっと中を窺った。そして、奥まで入っていった瑠璃星の姿が視界に入った。一点を凝視したまま、静かに目を伏せた。七星は目を見開き、「わっ」と声を漏らして後退りした。

 ただ事じゃない。ぼくはそう判断し、部屋へと踏み込んでいった。そして、目撃したのだ。ベッドの脇、四隅に倒れ伏す、姉妹の変わり果てた姿を。その様子は、昨日の紋白蝶とほぼ同じだった。だが、決して見慣れるなんて事はないだろう。間近で目にしただけに、ショックも大きかった。

 飛び出さんかと思うほど見開かれた蜉蝣の目からは、ぽたぽたと涙のような透明な液体が零れている。衣服は破け、肌を突き破るように金属の骨格が飛び出し、臓器のような管が飛び出していた。

 手足は千切れてはいないものの、通常ならあり得ない方向に折れ曲がり、見るからに悲惨な状態となっていた。ほぼ全裸となったその姿から、瑠璃星は目を逸らした。

「残念な報せだ。蜉蝣君が」

 まだ廊下にいる姉妹たちに向かってそう告げた時、部屋に踏み込み、蜉蝣の様子を目にした蜜蜂が、生身の人間でいうところの過呼吸のような状態に陥った。

 膝から崩れ落ち、口をぱくぱくさせながら、ガタガタと震えだしたのだ。花虻や近くに居合わせた稲子らが落ち着かせようとする。その様子を見ていると、ぼくも何だか具合が悪くなってしまった。ふらふらするぼくの傍に、蛍が近寄ってきた。

「廊下に出た方がいい」

 静かに手を引かれ、ぼくは頷きつつ従った。よろよろとしながら廊下に出ていき、蛍の手をぎゅっと縋るように握り続けた。

「蜉蝣、泣いていた」

 震えながらそう言うと、蛍は短く肯き、静かに答えた。

「怖い思いをしたのでしょうね。泣けるのは第三シリーズの特徴でもある。わたしやあなたは、どんなに悲しくても泣くことは出来ないから」

「第三シリーズって?」

 ぼんやりと問い返したその時、アナウンスは聞こえてきた。

『姉妹の一人である蜉蝣が昨夜のうちに何者かに破壊されました。遺された姉妹たちは速やかに会議室へと移動してください』

 まだ試験は終わっていない。日暮は犯人ではなかったのだ。その事を実感し、罪悪感に苛まれる。罪のない日暮に投票してしまった罪悪感が。そして、また昨日と同じような時間がやって来る。その予感に早くも嫌気を覚えるぼくに、蛍は囁いてきた。

「行きましょう」

 その言葉に頷く事しかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る