2.臨時の試験
「まず、姉妹諸君に把握して欲しい事は、紋白蝶君を壊した犯人が一人この中に紛れているという事だ」
瑠璃星は言った。
「驚いただろうが、これもまた想定されている事ではあるらしい。前にも同じような事があったらしい。その際もこうやって生き残った全員で顔を合わせ、犯人を当てる試験をさせられたのだとか。実はね、僕も正確には憶えていない。だが、こちらの七星君が辛うじてその時の事を憶えていて、道中で僕に教えてくれたんだ」
瑠璃星の説明に、七星はどこか得意げに胸を張った。そんな彼女を横目に、瑠璃星は説明を続けた。
「七星君だけじゃない、その時の事を憶えている姉妹と、憶えていない姉妹がいるはずだ。その違いについては、議論している暇はない。ともかく、これから僕たちがやるべき事は、紋白蝶君を壊したと思しき姉妹を一人指名し、この端末で投票をする事だ」
「何のためにこんな事が起きたの?」
質問したのは秋茜だった。だが、瑠璃星は首を横に振った。
「その議論も後だ。とにかく今は手早く話し合わねばいけない。誰が紋白蝶君を壊したのか。紋白蝶君が最後に会ったのは誰なのか。どうか皆、自分の感じたことを自由に発言してほしい」
その言葉を受けて、真っ先に手を挙げたのが七星だった。
「七星君、どうぞ」
瑠璃星に当てられると、七星は立ち上がって発言した。
「おいらが思うまでもないけれど、もっとも怪しいのは空蝉さんだと思うんです。昨日の紋白蝶さんは、空蝉さんと始終べったりでしたから。そうでしょう、空蝉さん」
「え、えっと」
急に話を振られ、ぼくは戸惑ってしまった。確かに、昨日の紋白蝶と長く一緒にいたのはぼくなのだろう。──けれど。
「じゃあ、とりあえず今日は空蝉でいいんじゃなぁい?」
そう言ったのは揚羽だった。裸だった昨日はお目にかかれなかった黄色い衣装を身に纏っている。その名の通りアゲハ蝶を思わせるデザインだった。
そんな事はどうでもいい。とりあえず、で、とんでもない事を提案されている。
「どうせ間違ったって、明日もチャンスはあるんでしょう?」
他人事だと思って楽観的に言う彼女に、瑠璃星が静かに反論する。
「確かにそうだけれど、投票は慎重になった方がいい。もし間違っていた場合、明日の犠牲に選ばれるのは君かもしれないのだよ。それに、紋白蝶君のように破壊されるのは勿論だが、吊るされて強制停止になる事もまた故障の原因となりかねない。下手をすれば、大事な生前の記憶が飛んでしまう事もあるらしいと聞く」
──生前の記憶が飛ぶ?
その言葉にぼくはふと自分の事を重ねてしまった。
ぼくは、いまだに思い出せない。この体になる前のぼくの事を。ぼくは一体、何者なのだろうかという事を。
──ゆっくり思い出せばいいんだよ。
不意に紋白蝶の笑みが浮かび、心がきゅっと絞めつけられた。鼓動なんてないはずの胸元を抑えてしまう。
そうだ。この中の誰かが紋白蝶を壊したのだ。その容疑をぼくはかけられている。ぼくが、彼女を壊したと思われている。その事を理解すればするほど、耐え難いものを感じた。
「ぼくじゃない」
気づけば、ぼくはそう言っていた。
「紋白蝶を壊したのは、ぼくじゃないよ」
食って掛かるような口調が気に食わなかったのだろう。揚羽はぼくを思い切り睨みつけ、やや強く机に手を突いて、ぼくに質問を投げかけてきた。
「そう。じゃあ、あんたじゃないって証明をしてちょうだい。最後にあったのはいつ? どこだったわけ?」
強い口調に圧されつつも、ぼくは必死に思い出した。
「最後に彼女と別れたのは……確か蜉蝣の部屋の前だ。そこで、蜉蝣と挨拶をして、そして……そうだ。紋白蝶が呼ばれたんだ」
「誰に?」
苛立ち気味に揚羽が問いかけてくる。その問いに答えようとしたその時、ぼくより先に発言した姉妹がいた。
「それ、アタシだ」
そう、稲子だ。
「空蝉の言っていることは、間違っていないよ。アタシが呼びに行った時、二人共確かに蜉蝣の部屋の前あたりにいたと思う」
「それは何時ごろ?」
瑠璃星の問いに、稲子は首を傾げる。そこへか細い声で答えたのは、蜉蝣だった。
「たぶん、夕方くらいじゃないかな。わたし、部屋の端末で動画を見ていたから憶えているよ」
「そうそう。夕方くらいだった。西日がきつかったから」
稲子もまたそう言うと、瑠璃星はしばし考え込んでから質問をした。
「じゃあ、稲子君に聞こう。何故、紋白蝶君を呼んだんだい?」
「それはね、日暮にお願いされたからだよ。呼んできて欲しいって」
そこで、一気に姉妹たちの視線が日暮へと向かった。日暮は何処か妖艶な表情を浮かべ、そっと口を開いた。
「確かに、あの子を呼んだわ。大事な話があったから」
「大事な話って何よ?」
秋茜の問いに、日暮は怪しく目を細めた。
「今日起こるだろう惨劇の事。この中にも覚えていた人はいるのよね。紋白蝶が壊され、誰が犯人なのかを見つけ出す。同じ事が前にも起きた。空蝉が目を覚まして、姉妹たちが全員揃ったら、あの時と同じ事が起こるんじゃないかって、そんな気がしたから、その前にあの子に忠告したの。どうか気を付けてって。でも、あの子には伝わらなかったみたい。残念な事にね」
落ち着いた様子で彼女は言った。だが、腑に落ちないという表情の姉妹が複数いた。そんな彼女たちの顔を見つめ、日暮はさらに言った。
「あなた達、もしや私を疑っているの? それなら、私に投票したっていいわ。この臨時の試験とやら、私はあまり好きじゃないの。意味のない感情のぶつけ合いも、殺伐とした話し合いも、うんざりよ。それをまた繰り返すなんて。それなら、故障のリスクがあったって吊るされている方がまし。けれどまあ、私を吊るしたところで無意味だとは言っておくけれど」
彼女がそう言ったところで、再びチャイムは鳴った。
『時間となりました。話し合いを終えて、投票を行ってください』
どうやら、時間切れらしい。
「もう終わり? いくら何でも早すぎる……」
不満を漏らす蜜蜂に、瑠璃星は宥めるように言った。
「心苦しいが、従うほかない。投票を始めよう。ここで発表はしなくていいが、投票結果はあとで公開される事になっているらしい。だから、そのつもりで」
瑠璃星の言葉を聞きながら、ぼくは手元の端末を見つめた。
画面が自動的に切り替わり、姉妹たちの名前が表示された。ぼくと紋白蝶以外の名前がずらりと並んでいる。その名前を前にしばらく悩み、ぼくは息を飲んだ。
誰に投票したとしても、罪悪感は免れない。そう思いながらも、ぼくは、日暮に投票したのだった。
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