第11話 まさか…

 覚悟を決めて一列に並んで上り始めると、そこは石畳の螺旋階段になっていた。ここにも所々に火を灯してくれている。

 大して長くはないようで、頂上付近の踊り場が下から見えていた。そこで沙奈が見下ろして皆が上がってくるのを待っている。


「…こっちよ」


 その先が屋外にすぐ繋がっている様子はない。どうやら踊り場にある出入り口を通らなければ、次へ進めないようになっているようだ。

 促されるまま後に続いて足を踏み入れると、そこはどこか神殿を思わせるような大広間だった。突如現れた文明を感じさせる人工物に、驚き以上にどこかホッとしたような気持ちが先に出る。


 周囲の壁や床は大理石だろうか。手入れが行き届いているのか、磨かれたかのような光沢もあり、白を基調として表面に浮き出ている斑紋はとても美しい。

 壁周りを覆うように上部には繊細な彫刻で装飾が施されており、壁際は様々な生物の彫像も立ち並んでいる。

 床は幾何学模様になっており、中央には赤いカーペットが敷かれている。

 天井は青の暗色をベースに金で格子状に縁取りされており、中央部分は天窓になっているのか陽の光が差し込んでいる。その先には等身大より一回りはありそうな人物の白い彫像が聳え立ち、トップライトを浴びて見事に輝いていた。

 絵画や宝飾などはない質素で古めかしい造りではあるが、漂う雰囲気はどこか神秘的で、思わず息を呑んで魅入ってしまう。


 その光景に皆惚けながら足を進めていると、中央奥の方に祭壇のようなものが見えれば、その前でうつ伏せになった人が倒れていた。


『!?』


 クラスメイトは全員で20名。この場にいる者は全て健在だ。

 倒れている人物は黒いローブを着ている。現地人だろうか。


「誰!?…大丈夫ですか!」


 すぐさまそこへ駆け寄って行った女子—相馬紬希そうまつむぎ—は、肩を軽く叩きながら意識があるか声をかける。反応がないのでゆっくりと仰向けにして呼吸があるかどうか胸周りの様子見るが、動きは見られない。壮年の男性のようだが、その全身は傷だらけだ。念のため指先で頸動脈に触れるがやはり反応はなく、体は既に冷たくなっていた。


「…ッ…うそ…まさか、死んで…?」


 その現実に恐怖が襲ってきたのか、相馬はすぐさまそこから離れた。わなわなと身を震わせながら、血の気が引いて顔色が真っ青になっていく。

 他の皆もショックで同様に顔を青褪めさせて、言葉を失っている。


「…そうよ。その人は私が見つけた時には既に死亡していた。鍵もそこに落ちていたものだったの。忘れているようだけど、鑑定をかけてみて」


 後方で黙して見ていた沙奈は冷静にそう告げると、皆ハッとした顔になって〈鑑定〉を発動させた。


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 名前: ヨルク=エトムント•イェルカー

 年齢: 46

 性別: 男

 出身: 王国魔法師団魔導召喚隊研究班<アーシア王国<ピセス<KC3631-Qj82


 種族: ヒューマン

 天職: サモナー

 魔法: 火属性、闇属性、無属性

 能力: 鑑定、召喚術、邪術、投擲、撹乱

 才能: 魔力感知、走査、魔物召喚、自然回復、妨害


 装備: 常闇のローブ、虚ろなる黒錫杖、亡者の指輪


 状態: 死亡

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


「…なるほど。生死はこれで分かるというわけ」

「召喚隊だって?…もしかして俺らを拉致した犯人はこいつか?」

「死人を悪く言いたかないが…もしそうだとしたら複雑な気分になるな。文句を言う相手がいない上に理由もわからないままだ」

「あそこに閉じ込めて放置されてたのは、招び出した張本人がその時には既に亡くなっていたから…?もし鍵を見つけてもらえてなかったら、あのまま……ヤバ、鳥肌立ってきたぁ」

「まじまじでほんとありがとう美濃さんっ」


 代表して駆け寄った女子—椎名結已しいなゆい—が抱きつく勢いでガシッと沙奈の両手を包み込むように握ると、一同は再び囲い込んで拝み倒し始めた。

 沙奈は顔を引き攣らせながら、やめてやめてと繰り返している。


「これ、なんだ?…鑑定できない」


 祭壇を調べていた男子—上総恵大かずさけいた—は、赤い鉱石のような手のひらサイズの丸石が全て粉々に砕けているのを見つけた。それぞれの石は円を描くように配置されており、全部で四つあったような痕跡が見受けられる。

 この前で倒れていたということは、ここで何か儀式めいた事を行っていたのかもしれない。


「あぁ…それね。私はなんとか鑑定できたんだけど…。それでも、召喚石、とだけしか見えなかった」


 沙奈はチラッと乃愛の方を見た。同じ結果だったかどうか確認したいのかと察して、こくんと頷くことで返答した。小さく頷き返されたので意図は合っていたようだ。


「名称から察するに、召喚キーはこの石だと思ってる。キーマンと思われるそこの故人は一応専業だったようだけど、スキル構成や装備を見ても、あくまでこの世界の中だけで通用する効果しか無さそうなのよね。次元を超えて多人数を召喚してみせるなんて、一個人の能力だけで成し遂げられるとは到底思えない」

「…この世界?やっぱりそういうことなのか」


 理解が追いついていない面々はどういうことかと困惑しているが、上総は自分のステータスをきちんとみて一定の推測を立てていたのか、何かに合点した様子をみせた。


「もう一度自分を鑑定して。特に出身や加護を意識して見て」


 まだ話に続きがあるのか、沙奈はそう言って皆の認識を共有しようとする。

 改めて確認し直せば、目を眇めて皆徐々に顰め面となっていく。


「あぁ…うそだろ…召喚ってそういうことなのか…」

「ここは…地球じゃないどころか、そもそも世界が全く違う…?」

「この死体の出身と何もかもが違ってる」

「てか、もうこれ人間じゃなくなってね?」

「加護の運命神の祝福ってなに。神は美濃さんでしょ?」


 一部の者はまだ混乱から抜けきっていないが、皆概ね実感として理解できてきたようだ。


「これって、マルチバース理論が証明されたって事だよ!」

「泡宇宙モデルの観測は確実だよね。多世界解釈もあり得たり…?」

「まさか多元宇宙間を移動できるなんて…この世界って物理学がかなり進歩してる?近未来系!?」

「サイバーな世界か!これはロマンが止まらな—」


「…おい。」


 ドスを利かせた低い声が響き渡った。

 声の主は、先ほどブチ切れていた男子—鏑木颯かぶらぎはやて—だ。

 場違いにテンションが上がってきている二人に、改めて釘を刺すかのような据わった目を向けている。


 矛先が向いている相手—大須賀蓮おおすがれん小高湊斗こだかみなと—は、端の方でコソコソと話しているつもりだったようだが、その声音は興奮していて皆に丸聞こえだった。

 二人はビクッと体を硬直させて即刻黙ると、だらだらと変な汗をかいては目を明後日の方に泳がせている。


 沈黙した間ができたことで一瞬緊張が走ったが、上総が何事もなかったかのように話始めたことで場の空気はすぐに弛緩した。


「神が実在するような世界であれば、次元を超越したような召喚もあり得るってことか。その媒体になったのがこの石だったとしても…もう全て砕けてる。使い切りなのか…?」


 他に何か話がありそうだった沙奈に目を向ければ、ぼんやりとしていて何処かを見ていた。いや誰かを…?


 その視線の先を追おうとすれば、すぐに向き直って話を再開させた。

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