第10話 冒頭直後から

♦︎


 柵越しに突如、人影が現れた。


「どういうつもりだ、はこっちのセリフなんだけど」


 近くの燭台に火を灯しながら、カツカツと足音を響かせて近寄ってくる。

 外から思わぬ人物が声をかけてきたことで、この場は一瞬で鎮まり返り、皆呆然とその姿を見据えた。


「君たちね、ちょっと目を離してる間に…何があったらこんな事になるの?全員生き埋めになって死にたいの?」


 沙奈だった。呆れ顔でジト目をこちらに向けている。

 無事だった安堵と確かに実在した歓喜に心震わせた乃愛だったが、事情を知らない他の者たちはもちろんそうはならなかった。


「お前…誰だ?見たことはあるような…あっ」

美濃みのうさんだよ!ずっと欠席してた…今日は来てたんだ」

「あれ?さっきまで後ろの方にいたような気がしてたんだけど」

「いやそれよりも!なんで外に出られてるの!?」


 誰だったか思い出すことに気を取られて皆徐々に正気を取り戻しつつあったが、一人がガシッと柵にしがみついて最もな問いかけをする。


「うーん…その事を話す前に、そこは今危ない状態に見えるから、ちょっと待ってくれる?」


 沙奈はそう言うなりこちらの方に手を翳すと、崩れかけていた天井や壁の破片が急に浮き上がったかと思えば、それを押し戻して固定した。

 平然と行われたその光景に、皆驚きのあまり声が出ない。


「とりあえずはこれでいいでしょ。そこを出してあげてから説明したいけど、また暴れられでもしたら収拾つけられないし、このまま少し話をさせて」


 誰もが訳がわからないという態をしているが、先ほどまでの惨状を思い出せば何を言われたところで否定しようもなく、皆バツが悪そうに押し黙る。

 そこで沙奈は溜め息をひとつ吐くと、一瞬悩む素振りを見せてから改めて向き直った。


「…君たちは、スキルの鑑定を使える」


 いきなりの発言に、キョトンとするしかない一同。


「…は?」

「いやそう言われても。何が?」

「それなにかの催眠術?……あ!」

「え、え、どゆこと??」


 まもなくして自分の身に起きた変化を感じ始めた者が現れ出した。

 ステータスが見えるようになったのか、様々なことに理解が追いついてきたのかもしれない。

 乃愛も皆が〈鑑定〉を使えたことに驚きを隠せない。


「念のために言っておくけど、別に私が何かしたとかじゃないからね。単にスキルはそれを認識しないと発動することができないものなの。だから先に使えるってことを伝えただけ。今から話すことは、それらを踏まえて聞いた方が受け入れやすいと思う」


 沙奈は皆の反応を一通り確認してから、説明を始めた。


「私がそこから抜け出せたのは、そのスキルのおかげね。鑑定以外も見えたと思うけど、全員が同じものを持っているわけではないみたい。私のこれは固有のスキルだったみたいで、やってみたら出来た、というわけ。そこの南京錠を鑑定してみて。…は?…ちょっと。それ、どこやったのよ」


 少し前までその扉を固く閉ざしていたはずの錠は、忽然と無くなっていた。


「あー…いや…その…。ずっとピッキングに挑戦しててさ…奇跡的にさっきやっと成功したんだよね。でも外しても扉が開かなくて……そこからなんか記憶が曖昧かも…?しんない」


 元眼鏡をかけていた大人しめだったはずの男子は、目を泳がせて言い淀みながら告白したかと思えば、最後は誤魔化すように高速テヘペロした。

 もう一人の元眼鏡男子が焦ったように勢いよく動き出し、何かを探している。


「おいテメェ…あんだけ暴れ回っておきながら記憶が曖昧だぁ?てめぇが投げつけてた錠、さっさと探してこいやゴラァ!」


 その発言を聞いて真っ先にブチ切れた男子の一人が、今にも射殺さんばかりの目つきで恫喝すると、ヒィッと情けない声を上げて眼鏡メガネはどこみたいな動きでその辺をうろうろ探し回る実質的犯人。

 周囲の皆もこめかみをピキピキと痙攣させながらも、とりあえず錠を見つけるのが先だと、不穏な静けさを纏いつつ辺りを見回し始める。


「…」


 乃愛もそれに続こうと少し動けば、足元で何かが当たった。

 明らかに件の錠だったが、空気が凍てついていて誰かに声をかけられそうにない。そのままそっと拾い上げると、スーっと沙奈に近寄って行ってそれを手渡す。その際にボソリと、息災で何よりであった事とお礼を伝えた。

 沙奈はそれに頷くだけで、この微妙な空気を悟ってか黙ってそれを受け取ると、目の前で錠を大きく翳して皆に見えるようにした。


「…あー、ここにあったみたいよ。これを見ながら鑑定と念じてみて」


 皆動きを止めて一斉に向き直ると、言われるままにそれを凝視した。


┏[アイテム鑑定]━━━━━━


【Relic】ルマニール錠

◆––––––––––––––––––––––––

 これで施錠をすると

 対になっている専用鍵を

 使用しない限り それは

 二度と開くことはない


 ※不壊


 状態: 良好

 価値: ★★★★☆

 相場: 50,000,000z


┗━━━━━━━━━━━


「5千万!?」

「…いや、そこじゃないだろ」

「なんだこれ、ゲームかよ」

「なるほど…それで何やっても無傷だったのか」

「これって錠が外れたとしても開かないってことなの?わけわからん」


 沙奈は各自〈鑑定〉ができた事を確認すると、錠をかけ直して元の状態に戻した。そしてどこからか徐ろに鍵束を取り出すと、その一つを鍵穴に挿して、回した。


 —-カチャリ、、ゴト


 妙に響いた金属音と共に再び錠が外れ落ちたかと思えば、扉が少し開いた。


「え?まじ?」


 一人が前に出て恐る恐る扉に手をかけると、普通に外に出られた。


「えぇ…」


 先ほどまでの苦労と騒動は一体何だったのか。

 殊の外に呆気なく開いた扉を見やればやるせない気持ちの方が勝るのか、釈然としない面持ちで佇む者が若干名。


「やったじゃん!?いぇーい!やっとここから出られるゥ!めっちゃありがとー!」

「まじ神!!」


 何より出られたことに感極まり涙目になって喜び勇む者、多数。

 早々と外に出ていき、皆と喜びを分かち合い沙奈を拝み倒す。


「鍵どうしたの?もしかして探しに行ってくれてたの?」


 開錠してくれた沙奈に新田が察して疑問を投げかけた。


「まぁ、そうね。あそこの階段上がった先はすぐ広間になってて…そこに落ちてたというか…」

「…そう。でも本当に助かった。ありがとう」


 どこか歯切れ悪そうに答える沙奈に若干の違和感を覚えるも、ひとまず状況が改善したことには変わりなく、新田はホッと息をついて心から礼をした。


 そのころ乃愛はいきなり訪れた開放感になんだか落ち着かなくて、キョロキョロと辺りを見回しては、手当たり次第の物に〈鑑定〉をかけてみていた。

 そこで一部だけを鑑定できることが分かり、クラスメイトたちの頭上へ常に名前を表示させておくことを閃いた。これだとまるでオンラインゲームのプレイヤーキャラのようにも見えてきたが、顔と名前が一致するまでの緊急措置だと、心の中で必死に言い訳する。


「それじゃあ全員出てきたわね?…少し離れて」


 —-ドンッ—ガラガラガラ…ズッ、シャァ!


 沙奈が手を軽く振り上げると、固定されていた崩れかけた岩が一斉に元の状態に戻った。その勢いで柵内の天井はすぐに崩落を始める。


『…』


 歓喜ムードから一転、見事なドンガラガッシャンを決めたその様子を能面のような顔で見つめる一同。その瞳は虚無を湛えている。


「あと少しでもそこにいたらマジで生き埋めだったじゃねぇか…。覚えてろよ…大須賀おおすがァ、小高こだかァ」

『はい本当にごめんなさい』


 ほぼ全員が顔面に青筋を浮かべると、鋭利のような視線を男子二人に睨み飛ばす。二人は素早く皆に向き直って、直立不動から真っ直ぐ腰を九十度に折り曲げると、声を揃えて猛省した。

 実はこの元眼鏡二人組、ずっと大人しそうにしていて地道にピッキングに挑戦していたのだが、それに成功した直後に扉が開かないと分かると、歓喜からの絶望が凄まじく、感情が急転直下した勢いで何かの糸でも切れたのか、真っ先に気狂いを起こして誰の手にも負えなくなっていた。

 周囲の制止を振り切って、全てのことが意味がないと言わんばかりに四方八方の壁を破壊し始めたかと思えば、そのうち未知のパワーに酔い痴れでもしてきたのか最後の方は恍惚とした顔になっていて、その光景は狂気としか言いようがなかった。


「皆んな、ちょっとは冷静になってきた?後のことは先に進んでからまた話したいのだけど。そこそこ衝撃的なものを見ることになると思うから、覚悟だけはしておいて。一応、この先すぐの所であれば、危険はないと確認だけはしておいたから」


 そう言うなり沙奈は先頭を切って迷いなくスタスタと歩き始めた。

 それぞれ何か言いたげな顔を向けあっていたが、事情を少しでも知っていそうな沙奈に置いて行かれないよう、皆慌てて足取りを揃えながらぞろぞろと後ろに続く。


 —-カツーン、カツーン


 足音だけが周囲に怪く響き渡る。

 柵外はただ只管に大きな空間が広がるばかりで、伽藍洞となっていた。

 階段へ続く動線上にポツポツと燭台が立っているだけだ。先ほどまで真っ暗闇だったが、沙奈がここに来るまでに火を点けていったようで、今は周囲が少し明るい。常人ではなくなった今の目には暗くとも歩行に不具合はないが、明かりがあるとないとでは気分は大違いだ。


 階段出入り口が近づくにつれ、段々と緊張感が押し寄せてくる。

 先の沙奈の発言がどうしてもチラチラと頭を過ぎる。危険はないと言っていたが、その先に一体何があるというのか。

 どんな覚悟が必要なのか先に教えてくれないかと沙奈の顔色を伺おうとしても、誰よりも距離を取って数歩先に行く後ろ姿に誰も声を掛けられないまま、階段をさっさと上って行くのを見送ってしまった。


「…ふぅ。何があんのかしんねーけど、頼むから発狂だけは勘弁な」


 次に先頭にいた波動男子—河内勇人かわちゆうと—が出入り口前で一旦立ち止まると、後ろに振り返って誰にともなくそう釘を刺す。

 皆顔を引き攣らせながら、一様にコクコクと頷き返した。

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