第9話 あなたは誰

♦︎


「ちょっと君。さっきの…シヅさん、だっけ?いったい何者なの?」

「……えっ」


 ギョッとした。頭上からいきなり女性の声がしてパッと顔を上げれば、いつの間にか乃愛の真横に人が立っていた。知らない顔のはずだ。

 警戒しているのか、訝しげな目で乃愛を見下ろしている。

 整った容貌で背が高い。ロングヘアはサラサラのストレートだ。まるでモデルみたいなプロポーションをしている。これだけ目立つ風采の人が今までここにいて、なぜ全く気がつかなかったのだろう。


 相手が何者なのかは乃愛の方も言いたい台詞だったが、教室が光に包まれる直前に見た女子生徒が頭を過った。おそらく同じ生徒だ。そういえばあの時も誰だろうと思っていた。

 問われている意図がよくわからないし、乃愛にとっては相手の方が不審人物だ。

 そのとき唐突に既視感を覚え、乃愛が初登校した日の最初に出会った新田と立場が重なったが、気づけばいつのまにか〈鑑定かんてい〉が発動していた。


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

 名前: サナ=ミノウ (美濃 沙奈)

 年齢: 16

 性別: 女

 出身: 新総学園高等学校1年3組<日本<地球<AZ1201-De56


 種族: ネオヒューマン

 天職: スカウト

 魔法: 全属性

 能力: 鑑定、収納、瞬間転移、念力、仙法、奇術

 才能: 分析、解析、走査、言霊、霊気、次元、重力、通力、直感

 加護: 火神(邪)の寵愛


 魔力: 100

 気力: 100

 知力: 100

 視力: 100

 聴力: 100

 筋力: 100

 持久力: 100

 瞬発力: 100

 柔軟性: 100

 敏捷性: 100


 状態: 健康

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


 出身を見ると確かに同じクラスメイトのようだった。でも今日になって初めて見かけた。

 そうなると心当たりが出てくる。いつも空席だったあの机。


「…まさか今、鑑定かけた?体がゾワっとしたんだけど」

「っ…え、…ごめ、ごめんなさ……っも、も、もしかして、ずっと欠席してた人…?」

「あぁ、私?訳あって入学以来ほとんど学校行ってなかったし、忘れられてるのかもね。それより、君は誰?君だけ鑑定できなかったからすごく怪しいんだけど。それにスキルも使えているようだし…」


 乃愛も休みがちだったので、これまですれ違いになっていたのだろうか。入学式はいたようだが、乃愛は病欠したのでその日は確実に見ていない。

 それに鑑定。邪神じゃしんって魔神よりそこはかとなく不安感がある。


 然れども何はともあれ、まずやらなければならない重大事がある。

 ついに来た、この時。言うんだ、あれを。


「…っ……ぁあ、えぇと…、っは!じめまして、わたし、1年3組、乃愛!といいます」

「え?」


 乃愛は少し逡巡してからガバッと立ち上がり、勢いのままにそう言った。

 しかし相手はキョトンとしている。

 少し俯いて目を瞑ってしまったし、声も弱々しくて聞こえ辛かったかもしれない。

 それに握手を忘れていた。今からでも手を差し出すべきか。


「…ふふっそうね。確かに、初めまして。同じクラスの美濃沙奈みのうさなよ。よろしくね、ノアさん?」

「ここっ、こちらこそ、よろしく。…その…ノアだけでいぃよ。さ、サナちゃんって呼んでもいい?」

「ええ、好きに呼んで。うーん…くすぐったいなぁこの感じ。…はぁ、何してんだろ。なーんか急に気が緩んできちゃった」


 沙奈は毒気を抜かれて肩を竦めると、面映く顔を逸らしてはにかんだ。


 乃愛は上げかけた腕を引っ込めて顔を向けたが、沙奈のその様子に自分がとても恥ずかしいことをしているのではないかと、徐々に羞恥心が込み上げてきて身悶えそうになる。

 ただ拒絶されている感じはしないので、受け入れてもらえたのかもしれない。これで友だちになることができれば、幼少期以来の快挙だ。


 それになんだかとても会話が楽だ。沙奈とは今が初対面なのに不思議だ。身体の変化のせいか、それとも相手次第なのか。

 きちんと聞いて、答えてくれる。それだけのことなのに心嬉しくなって、自然と顔が緩んだ。


 沙奈は乃愛の緊張が解れたのを確認すると、気を取り直して会話を再開させた。


「それでノア。私のこと鑑定して見えたかもしれないけど、君も他の人と違って訳の分からない加護があったりしない?」


 そういえばこれはプライバシーの侵害にあたるのではないか。

 そのことに唐突に気づき、乃愛は顔を青褪めさせた。


「…ぅん、ある…と思う。ほんとーにごめんね、サナちゃんの、つい勝手に見ちゃって…」

「それは別にいいんだけどね。私ができなくて気になっただけだし。…そう、あれがあるのかぁ…じゃあそれが原因かな」


 沙奈は軽い調子でそう言うと、徐々に渋面になって黙り込んだ。


 何か気がかりなことがあるようだし、一方的に相手のことを把握したままなのはフェアじゃない。乃愛は自分のステータスやそれまでの経緯を、ありのまま全て答えることにした。

 ポツポツと時間はかかったが、落ち着いてゆっくり聞いてくれたおかげで、なんとか伝えることができた。


「教えてくれてありがとう。バイタルまで見えてるのはさすがにビックリだねぇ」

「っああの、状態が健康ってくらいしか、見えなかったから。いろいろ細かく見えるのは、自分のだけみたい」

「へぇ、そういうものなのね。…にしても魔神か…似たように感じるけど…この微妙な違い…何か意味が…?」


 考えを巡らせているのか、沙奈はブツブツと呟きながら上の空になっていく。

 沙奈も乃愛と同じでスキルが勝手に発動することがあって、それを気にしているのかもしれない。神は違えど寵愛を受けている同士だ。


「…ほかにもなにか、気になることある?」


 乃愛のその言葉に沙奈はハッと顔を向けると、真剣な面持ちになった。


「あ、ううん。大丈夫。…詳しいことはまたあとで改めて説明するつもりだけど、今は先に言い訳だけさせて。私もノアが倒れたタイミングくらいで頭痛が始まったの。そのとき色んな情報が濁流のように見えてきてね、私の場合は止められなかった。勝手に鑑定もされるから皆んなの情報もそれで見えちゃって…。そしたらノアだけ見えないものだから、この状況と何か関係があるかもなんて、変に勘繰っちゃった。さっきは急に色々と聞いてごめんね」

「…っぜ、ぜんぜん、へーき。わたしもだし、お互いさまっぽい…?ね」


 乃愛が少し慌てたようにそう言うと、沙奈は胸を撫で下ろした。


 それにしても、乃愛が気を失っている間に何かあったのだろうか。

 あの波動は身体パラメータの影響かと漠然と考えていたが、他にも似たような状態になった人がいるのかもしれない。


「…うん。それでね、やっと落ち着いてきて情報を整理してたの。それで何が起きたのか、ここが何処なのか、だいたい認識はできたと思うんだけど…なぜ閉じ込められているのかまでは分からなくて。それで考えたんだけど、とりあえず私だけでもここから抜け出そうと思って」

「…え」


 そんな事が可能なのか。それよりも、出会ったばかりなのに、もうお別れになるのだろうか。

 乃愛は驚きつつも、もの悲しい気持ちが湧きそうになる。


「ほら、瞬間転移っていうの見えてたと思うけど、あれでね、私だけならいけそうな気がしてる。とにかく先ずはこの付近一帯を確認して、鍵もないか探してくるつもり。外がどうなってるかわからない状況で、今は皆んなを巻き込めない。…余計に混乱を招きそうで」


 そこで沙奈は嘆息すると、目の前で広がる騒ぎにわびしげな顔を向けた。

 これには乃愛も同情的な眼差しを向けるしかない。


「それにこれだけ話してても、誰もこっちに気づいてないでしょ?これもスキルのせい…おかげかな。だから危険じゃない範囲でやってみようかってね」


 沙奈はニッと口端を上げると、パチンとウィンクして悪戯な笑みを浮かべた。

 思わず乃愛はこくんと頷き返す。


「急に誰か居なくなると怪しまれそうだから、このまま幻影を残していくね。じゃ、また後で」


 そう言うと沙奈の姿が一瞬ブレて、空気に溶けるように跡形もなく消えた。


「あ…」


 ヤバい。めちゃくちゃカッコいい。まるで忍者だ。

 どうしてそんなにも冷静でいられるのか。言動もスマートすぎる。


 幻影とは一体なんのことだったのか。

 クラスメイトたちは相変わらずこちらを何も気にしていないように見えるが、それと関係があるのだろうか。


 流されるままに聞いていただけだったが、なんだか心配になってきた。

 瞬く間の出来事だった気もする。時間が経つにつれ、不安感も押し寄せる。精神状態が極限となって見えたイマジナリーフレンドだった…?


 疑心暗鬼に陥りかけるも、沙奈の安否を祈ること小一時間。

 この場は冒頭部分に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る