第3話 お騒がせしました

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 ︎

 乃愛はゆっくりと瞼を上げた。落ち着いた女性の声がする。


「あ、気がついた?体調はどう?」


 どうやら乃愛は、意識を失ってしまっていたようだった。

 どれくらいの時間が経過したのだろうか。数時間か一瞬か、時間の感覚がほとんどない。

 乃愛の身体は横たわっているのか、視線が低い。様々な人の足元が見える。


「目を覚ましたぞ!」


 近くで直前に乃愛に声をかけてきていた男子生徒の声が聞こえた。

 ざわざわとした声も聞こえるが、気を遣ってか近寄ってくるような気配はない。


「もー急に倒れるんだもん。びっくりしたよ。でもまぁこんな状況だしね…起き上がれる?」


 女性の声が乃愛の頭上から聞こえる。

 少し身動ぎして気づいた。誰かに膝枕をされている。

 驚きのあまり、ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。恥ずかしくて、思わずガバッと身を起こした。


「わっ。…うん。とりあえず大丈夫そうだね」


 膝枕をしていたのは新田だった。乃愛はすぐさま立ち上がり、それに倣って新田も立ち上がる。そこで正面から乃愛の顔色を見たことで、新田はひとまず安心したようだった。乃愛のその顔はきっと真っ赤だったに違いない。あまりの恥ずかしさにひたすら目が泳げば、また顔を俯けてしまう。


「……ぁあ!ありがとぅ」


 新田は心配して、乃愛の介抱をしてくれていたのだろう。蚊が鳴くような弱々しい声だったが、乃愛は何とかお礼を言うことができた。

 その乃愛の反応を見て新田は目を瞬かせてから、小さくふふっと声を出して相好を崩す。


「はい、どういたしまして」


 やわらかな空気が流れてそのまま数瞬対面していたが、周囲はまだ少し騒めいている。


「志津さんもう大丈夫みたいだよー」


 遠巻きに伺うような声が聞こえていたので、新田は振り返って誰にともなくそう言った。次々と安堵のこもった声が上がる。

 不穏な空気が漂っていたなかで、乃愛が訳もわからないまま卒倒してしまったのだ。追い討ちをかけたような出来事に、この場を騒然とさせてしまったようだった。酷く責任を感じるが、どうしていいか分からず、乃愛はさらに顔を俯けてしまう。


 少しして、先ほど声を上げた男子生徒が、遠慮がちに乃愛へ近寄ってきた。所在無さげに、ポリポリと頬をかいている。


「無事でよかった。…なんか、悪かったな」

「…うぅ…ん!わっわたしこそ、ごめんね、びっくり、させちゃって」


 お互い若干モジモジしながら謝り合う。乃愛の返答を聞けたことで、男子生徒はあからさまにほっとしたようだった。乃愛も事が平和に終わったようで安堵した。

 和やかな雰囲気になり始めたころ、近くにいた別の男子が声を上げた。


「ところでさ、これからどうする?ここに来てから?結構経ったと思うが、俺たち以外は誰もいないみたいだ」


 弛緩していた空気が再び緊張に包まれた。だがこれまでの騒動で冷静になれた者が多かったのか、錯乱する様子はない。

 皆真面目な顔つきで、ただ困惑している。


「なんでいきなりこんな、洞窟みたいなところにいたのか分からんが、鉄格子は明らかに人工物で扉には錠まで付いてる。てことはつまり、他に誰か人がいるということにならないか?」


 その誰かの提言が皮切りとなって、皆それぞれに思いつくままの私見を言葉にし始めた。不思議な現象について考えるより、人為的なものだとする方がイメージしやすいのだろう。


「テロリストに誘拐されたんじゃないか?」

「ちょ、怖いこと言わないでよ。テロとか現実感無さすぎ」

「それを言ったらさー、教室が光ったと思ったら、いつの間にか別の場所にいて棒立ちだったんだぜ?これの方が現実感無いわ」

「んー、ずっと意識はあったしほんのすぐの出来事だったと思うんだけど、もしかして光った時に実は気を失ってた?その間にここに連れて来られたとか…」

「…俺も気絶していたような感じはない。でも他に説明がつかないしな…こんなことして一体何がしたいんだか」


 見通しが立たない状況に変わりはないが、理路整然とした会話が成り立つことで、張り詰めていた空気が段々とまた緩んでいく。


「視力が異様に良くなっているのも気になる。こんなに薄暗いのに、周りがはっきり見えるなんてさ。あとさっきからなんとなくだけど、体調も良い気がしてきてるんだよねぇ」

「あ!そういえば身体がいつもより軽くなってる気がしてた。力が漲ってくるというか」

「プッ、なんだそれ。その勢いで波動とか出し始めんなよ」

「うっさい。今ならワンパンで壁とか破壊できそうなんだよね。見てろよー」


 一人の男子が壁際に寄って行った。

 まさか本当に岩壁を殴るつもりなのだろうか。右腕をブンブン振り回してから、拳を大きく振り上げている。

 そのまま勢いよく前に押し出せば、ただ痛いだけでは済まなくなる。指や手の甲の皮膚が裂けて出血し、下手をしたら骨も折れて、かなり悲惨な目に遭うのが容易に想像できた。

 怪我をしてしまえば、こんな何もないところでは治療もできない。

 一体この男子は何を考えているのか。


「おい、冗談だろ?マジになんなよ」


 揶揄っていた男子が、慌ててその振り上げられている腕を掴もうとしたが、寸前で間に合わず、瞬く間にその拳は振り下ろされた。


 —-ダァァァンッ


 爆発したような音だった。

 どう考えても、人間の素手で出せる音ではない。

 岩壁は衝突したところを中心に深く亀裂が入り、そのまま放射状に伸びたヒビから衝撃波が出て楕円に大きく抉れた。崩れた岩肌の破片は、砂粒となってサラサラと剥がれ落ちている。

 側にあった燭台は、壁から外れかけてグラグラと揺れていた。

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