第30話 なにをやってもダメなのは
どうしてこんなに絵のセンスがないんだ?というより、どうしてこんなに頭が悪いんだ?
ハルユキは自分のバカさ加減に愕然とした。
城ヶ崎が描いたボード、生徒席の後ろで軽く両手を広げ、慈愛に満ちた表情で白組の生徒たちを包み込む女神の顔は、城ヶ崎の母親の顔にそっくりだった。
城ヶ崎の母親に対する嫌悪感、という言い訳は立つ。
彼女の物言い、アルコールのにおい、それが知らず知らずのうちにボードの女神と城ヶ崎の母親が重ならないようにさせていたのかも知れない。
——だけど、それにしたって……。
みんなは気づいているのだろうか?自分と一緒にこのボードを制作したみんなは?
あのとき、城ヶ崎の母親が教室で醜態をさらしたあのときに居合わせた連中も、「お母さんに似てるね」などと話してはいなかった。城ヶ崎の前でも、いないところでも。
おそらく、誰も気づいていない。いや、気にもしていないのだろう。
それはそうだ。あいつらはあのときしか城ヶ崎の母親を見ていない。
だけど、オレは?
オレは2回も城ヶ崎の母親に会っていて、しかも言葉まで交わしている。
——それなのに、気づかなかったなんて……。
気づけていれば、なにか出来たか?それはないだろう。
だけど、それでも!それにしても!
いまこうして気づいたところで、城ヶ崎になにかしてあげられることがあるとは思えない。しかし、気づいている人間がいるのといないのとでは、大違いなんじゃないのか?
あんな母親がいて城ヶ崎は困っているんじゃないかと、勝手に思っていた。ともすれば、母親を嫌っているんじゃないかと。
ところが、そうじゃなかった。そうじゃなかったんだ。
「お母さん、いつもあんなふうなわけじゃないし」という城ヶ崎の言葉は、みんなに心配をかけないようにいっているんだと思っていた。
——違うじゃんか、ぜんぜん違うじゃんか!
困っているのは確かかも知れない。クラスメートの前で、担任の前であの姿だ。恥ずかしくもあっただろう。
だけど、嫌ったり、憎んだりはしていないじゃんか。
城ヶ崎は、母親に呼びかけてるんだ。
ずっと、「お母さん、お母さん!」って。
ハルユキは頭をめぐらせて城ヶ崎の母親を探した。
なにか出来るとは思えない。なんといえばいいのかもわからない。
しかしとりあえず、どこにいるのかを知りたかった。
さっき言葉を交わした桜の木の下に、その姿はなかった。
ひょっとしたら、もう帰ってしまったのかも知れない。
——くそっ、なにをやってもダメなのは、城ヶ崎じゃなくてオレじゃないか。
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