第29話 こんなことばっかりだ

 ハルユキが小走りに応援席に向かうと、そこにはすでに何人かの生徒が着席していた。

 その顔には午後の競技が始まるのを待ちわびていた表情が見てとれ、昼の休憩も彼らの興奮を鎮められはしなかったようだ。

 いち早く外に出て来ている生徒の中には御木元の姿も見え、ハルユキにはそれが少し意外でもあった。

 御木元は常に人の輪の中にいて、たくさんの生徒と一緒に出てくるものとばかり思っていたからだ。

 御木元は一人で他の生徒の椅子の向きを直したり、徒競走のコース上に転がり出た小石を外に放り出したりしていた。

 もしそれが、教師の目を気にしてこれ見よがしにやっていたら、ハルユキは「点数稼ぎ」と思っただろう。

 しかし、実際は違った。

 教師たちも生徒と同じく校舎内で昼食をとっており、まだ誰も外には出て来ていない。おそらくはいまごろようやく、「じゃあ、行きますか」「生徒たちは元気ですよねえ」「若いなあ」などといいながら、職員室を後にしているところだろう。

 そう思って見るからなのか、一人でいる御木元は教室でクラスメートに囲まれているときよりもリラックスしているようだった。

——まあ、気のせいだろ。

 陽キャという人種は、ましてやスクールカースト上位にいる種族は、群れて騒いでいないと死んでしまう属性持ちだ。だからすぐにも、同じ陽キャが大挙して押し寄せてくるに違いない。ハルユキはそんなふうに思った。

——だけどな。

 ハルユキは、酒に酔った城ヶ崎の母親に勇敢に立ち向かった御木元の姿を、目の前の彼女に重ねていた。

——陽キャってだけで、あんなことできるか?

 あれには正直、感服せざるを得なかった。他の陽キャたちは、ドアの陰から見守っているだけだったじゃないか。

 あれがあったからこそ、その後の合唱の練習はなおさら胸が痛かった。

 自分が悪いのはわかっていた。バカみたいにちっぽけなプライドを守りたいばっかりに、みんなに迷惑をかけているのもわかっていた。

 ましてや自分が出来なかったことを、それも彼女自身ギリギリの勇気を振り絞らなければならなかったことを御木元はしたのだ。

 陽キャだ、カースト上位だと揶揄しながらも、ハルユキはそれが掛け値なしに称賛に値することだとわかっていた。

——こんなことばっかりだ。

 それを直視すれば、自分の情けなさが際立つ。自分の卑小さが身に染みる。

 どこで間違えてしまったんだろう?

 声が女の子みたいに高くたって、「そうなんだよ」」と秋山みたいに笑えれば良かったのか?

 半田がいうみたいに、大事な楽器だと思えれば良かったのか?

——でも、オレはこの声が嫌なんだ。この声が嫌な自分が嫌なんだ。

 またうじうじと考えてしまう自分も嫌で、ハルユキは頭を振って顔を上げた。

 そのとき目に入ってきたものに、ハルユキは愕然とした。

 それはハルユキのそれまでの思いなど、吹き飛ばしてしまうものだった。

 どうしていままで気づかなかったんだろう?

 いや、どうして気づかずにいられたんだろう?

 誰よりも早く目にしていて、ずっと目の前にあって、この手で触れてさえいたというのに。

 白組の応援席の後ろにあるボード。

 白組の生徒たちを守り、赤組の炎を、青組の波を、緑組の竜を圧倒する白い女神は、あまりにも城ヶ崎の母親に似ていた。

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