第24話 おもしろい楽器持ってるなあ

「今日は音楽科の半田先生が合唱のアドバイスをしてくれるそうなので、昼練にはできるだけ参加してください。練習は音楽室で行いますから、お昼ご飯早めに食べて集合してください」

 朝のホームルームで伝えるあいだ、御木元はずっとハルユキから目を逸らさなかった。

——やっぱりアイツ、好きになれないかも知れない……。

 先日来、少しだけ御木元に親近感を覚え始めていたハルユキだったが、こうもあからさまに「おまえのことだぞ」という目線を向けられると、その気持ちも立ち消えになりそうだった。

 それでも、時々とはいえ練習をサボっているのは事実だったし、その点言い訳はできない。

——だけどなあ……。

 体育祭の応援歌の合唱くらいで音楽科の教師が指導に来るというのは、ハルユキは勘弁してほしかった。

——だって、ただの応援歌だぜ。

 一応パートに分かれているとはいえ、それでもなんの音響効果も期待できない屋外で、体育祭の真っ最中に歌うのだ。

 それまでのあいだにも、それこそ生徒たちは声を枯らして応援するのだろう。

——そんなとこで歌ったってなあ……。

 そんなことを考えながら、ハルユキは渋々昼休みの合唱練習に参加していた。

 半田という若い音楽科の教師は、もじゃもじゃの頭を左右に振りながらピアノを演奏し、「ここはもう少しこうして……」などと生徒たちに指示をしていった。

 マッチ棒みたいだ、とハルユキは思った。

 音大のピアノ科を卒業した人間らしく、その指は驚くほど長かったが、男性にしては細い身体もその印象を強くしていた。

「当日も先生がピアノ弾いてくれたらいいのに」

 クラスの女子がいった。

 体育祭当日、合唱の伴奏は生演奏ではなく、あらかじめ録音された音源が流される。屋外にピアノを運び出すわけにはいかないからだ。

「風が吹いて大事なピアノに砂が入ったらどうするの。そんなことになったら、先生泣いてしまう」

 笑い声の中、ひととおりアドバイスをもらって、「電子ピアノだっていいのに」などと口々にいいながら、生徒たちは教室に戻ろうとした。

 そのとき、半田はハルユキを呼び止めた。

「ああ、君」

 さっきまでの楽しげな空気が、急に色を変えたのがわかった。

「君だけ、ちょっと残って」

 誰もが、「やっぱり」と思った。

 相手は音楽の教師だ。口パクなんてすぐバレる。

 そして音楽の教師は、そんなもの許さない。

 ハルユキもそれは覚悟していた。

 だから半分ひねくれた調子で、心の中で「はいはい、すいませんでした」と肩をすくめていた。

「みんながんばってるんだから」とか、「心をひとつにして」とか、もしかしたら「音楽っていうのはね」なんていううんざりするような説教がこれから始まるんだ。

 そしてその正論に対して、ハルユキはなんの反論もできない。

 ところが、誰もいなくなった音楽室で半田はいうのだった。

「君さ、音楽好きだろ?」

——なにいってんだ?嫌いじゃないけど、好きだったら歌ってるだろ。

「ちょっと、ここ歌ってみて」

 半田はやにわに鍵盤を叩いてテナーの音程を確認させると、伴奏を始めた。

 しかし、そもそもテナーの音域はハルユキの音域よりはるかに低く、出そうと思って出るものではなかった。

 それでもハルユキは、潰れた声でに近い音程で歌ってみた。

 がんばってみよう、などというつもりはさらさらない。

 ここで抵抗したって、時間の無駄だ。

 相手がなにを考えているかは知らないが、とっとと話を進めて終わりにしようと思っていたのだ。

 そのためには、とりあえず適当に声を出しておけばいい。

 はい、どうですか。こんな声です。恥ずかしいんで歌ってませんでした。すみません。今度からはちゃんと歌います。ご指導ありがとうございました。

「なるほど、こっちか」

 そんなハルユキの心中を一切無視して、半田は今度はもっとずっと高い鍵盤を叩いた。

 ハルユキは仕方なく、さっきよりは楽に出せる音程で声を発した。

 その声を聞いて、半田はいった。

「君、おもしろい楽器持ってるなあ」

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