第23話 かまうもんか

 コンペの締切から一週間が経ち、投票が行われてみると、白組のボードは圧倒的多数の票を得て城ヶ崎の絵と決まった。

 こうして応援席の後ろに立てかけられる絵が決まると、制作は下絵を提出したクラスが担当することになる。当然そのクラスの仕事は増えることになるのだが、誰もそんなことは気にしていない。

 なにしろ自分たちが描いた絵が体育祭当日に大きく注目されるのだ。しかもその絵は多くの思い出の背景となり、卒業写真集にも必ず掲載される。

 そうなれば、張り切らない理由がない。

 それに、とクラスの誰もが思った。

——城ヶ崎さんを応援したい。

 城ヶ崎が置かれている状況は、すぐに誰もが知るところとなった。

 誰も口には出さない、言葉にはしないまでも、クラスの共通認識として確かにそれはあった。

——だから、誰が見てもすごいって思える絵にする。

 幼稚な同情であっても、それが純粋な心持ちであることに偽りはない。

 だから誰もが労を厭わず手伝った。

 下描きのための鉛筆を削る者、アクリル絵の具を混ぜ合わせる者、絵筆を洗う者、城ヶ崎のために飲み物を用意する者……。

 クラス中が、それぞれにできることを探し、できる限りのことをした。

 ハルユキもその一人だった。

 相変わらず合唱の練習は手を抜いている。できるだけ口実を見つけてサボるようにしているし、参加するにしても口パクを貫いている。

 それでも、いや、それだからこそ、他の部分ではできるだけ協力しようと思った。

 それに、なによりも絵を描いているのが城ヶ崎であることが、その気持ちに拍車をかけていた。

 城ヶ崎のことはすごいと思う。自分にはない才能を、まざまざと見せつけられた。それを素直に応援したいと思う。

 そしてあの母親だ。

 城ヶ崎の母親を前にして、なにもできなかった自分が悔しかった。それは指先に刺さった抜けない棘のように、いつまでもハルユキの心を責め続けた。

 だからいま自分を駆り立てているのは、それを取り戻そうとするケチなプライドなのかも知れなかった。

 そうするとこの気持ちは、クラスメイトの同情心や正義感よりもっとずっと薄っぺらいものなのかも知れない。

——かまうもんか。

 とも思う。

 それに、それだけではないのも正直なところだ。

 あの場で、あの酒臭い母親を前にして、一歩も退かずにいる御木元の姿を見た。

 本当はよほど無理をしていたらしく、母親がいなくなった途端に腰が抜けたように座り込んでいたが、逆にそれこそが彼女の本質を表しているようにハルユキには感じられた。

——アイツ、筋金入りじゃん……。

 ただの陽キャで、人の気持ちなんか考えず、ひたすら明るく楽しくやっている、ある意味うらやましいタイプの人間かと思ったら、そうではなかった。

 それが彼女の持っている才能なのかも知れなかったが、そのお陰でなんとも思わずあの母親と対峙できたわけではないだろう。

 むしろその才能があったからこそ、あの母親と対峙せずにはいられなくなり、怖い思いまでしたんじゃないか。

 ハルユキはそう思った。

 だから少しだけ、ほんの少しだけ、御木元の迷惑にもならないようにしようとも思ったのだった。

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