第14話 入学もしていないのに、卒業だなんて
インターハイの予選以来、まわりがやけに騒々しい。秋山は周囲のざわめきをうっすらと意識していた。
それ自体、決して悪い気はしない。それ自体が目的ではないにしろ、自分の活躍が認められるのはうれしいものだ。
しかしその反面、煩わしいこともある。
それは男女問わず、自分に注目が集まったときにだけ寄ってくる連中の存在だ。
それをきっかけに友だちになろうとか、親しくなりたいというのはいい。新しく友だちになるには、なんらかのきっかけが必要だ。
だけど、あからさまに「有名だから友だちになりたい」というのは違う気がした。
——それなら、トロフィーや賞状と友だちになってればいいんじゃないかな。
とはいえ、それはいまに始まったことではなかった。
中学時代にも秋山が大きな大会で勝つたびに知らない友だちが増え、会ったこともない恩師が増え、元カノだという女子生徒の数は五指に余った。
そんなことが続くうち、秋山はだんだんと気にしないようになった。いや、気にしないというより気にならなくなったというべきだろう。
あまりにも日常的になってしまった周囲のそうした反応をいちいちまともに取り合うには、秋山の性格はおおらかすぎた。
だから、「面倒くさいな」とは思いながらも、それを思い悩んだり、聞き煩うようなことはしなかった。
それに、そんなことを気にしていては、好きなものを集められない。
きっかけは、父親が出張先で買ってきたウサギの根付けだった。
小学校2年生の頃、本当は3つ上の姉のために買ってきたものだったが、秋山はその根付けを「可愛い!」と気に入ってしまい、せがんで譲ってもらった。
カバンにつけて学校に行くと、女子からはもちろん、男子たちからも「可愛い」といってもらえた。
ところが、学年が進むにつれて、「男子が可愛いものを持ってるのはおかしい」という声がどこかから聞こえ始め、やがてその声は見えない川のように学校の廊下を流れ、いつしか奔流となって生徒たちを押し流していった。
花柄とか、ピンクとか、男子がそういうの持ってるのおかしいよ——。
そんな声が耳に入るともうダメで、男子たちはみんな一斉に可愛いものから「卒業」していった。
——入学もしていないのに、卒業だなんて……。
そう思っても口に出せる男子はいなかった。
だいたい、男子はかっこいいもの、強いもの、大きいものが好きなのが自然で、そうであるべきだという考え方自体、思い込みと押しつけであって、男子が可愛いもの、か弱いもの、小さいものが好きであってもいいはずだった。
もちろんその逆も然りなのだが、女子の場合にはかなりの年齢まで「ボーイッシュ」ですまされてしまうケースも多い。
その点は男尊女卑の逆、女尊男卑なのではないかと、秋山は思うことがあった。
ましてや秋山は、幼い頃からひときわ身体が大きく、いわゆる「男らしい」とされるものの典型だった。だから余計に、「そんな可愛いの持ってるの?」とか、「シゲルくんがそんなの持ってるの、変だよ」とことあるごとにいわれた。
いわれて、いわれて、いわれ続けて、しばらく悩み、少し考えて、秋山は結論を出した。
気にしないことにしよう。
——オレが可愛いものを持ってることで、誰かに迷惑をかけたか?
ノー。
——オレが可愛いものを好きなことで、柔道が弱くなったか?
ノー。
——オレが可愛いものを集めることで、誰かが嫌な思いをしたか?
ノー。
それなら、なにを気にする必要がある?
秋山の体格がいいこと、そして柔道が格段に強いことも、プラスにはたらいた。その身体を前にして、公然と「おかしい」といってくる連中は、少なくとも本気でいってくる連中は、中学に入ってからは皆無といってよかった。
だからこうして高校生になっても、秋山の部屋には可愛いものがたくさんあり、タオルはピンクだったり花柄だったりし、カバンにはウサギの根付けがついている。
自分の好きなものは自分の一部だ。
まわりからそれを否定されたからといって、自分の一部を変えることなどできるものか。
柔道が好きだ。だから強くなりたい。
可愛いものが好きだ。だから近くに置いておきたい。
だから先輩からなにをいわれようと、まわりがどう思おうと、オレはオレの好きなものに囲まれて、好きな柔道の練習に行くんだ。
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