第13話 じゃあ、彼女とかいない感じ?

 高校でも、スポーツが得意というのはモテる男子の条件のひとつであるらしい。

 小学生の頃は、明るい男子、おもしろい男子がモテた。中学に入ると、次第にかっこいい男子、スポーツができる男子がモテるようになって、ランキングの上位が入れ替わる。

 とはいえ、小学生の頃にモテていた男子がいきなりモテなくなるようなことはなく、その推移にはグラデーションがあるようで、中学に入ってからも明るい男子、おもしろい男子は相変わらず一定の人気を保っていた。

 中学から高校になってもそれは同様と見えて、高校では勉強ができる男子の人気が高まるとはいえ、スポーツのできる男子はやはり上位にランクインしているようだった。

 ましてや1年生でインターハイ予選上位入賞となれば、女子からの人気も上位入賞となるのも不思議ではなかった。

 団体戦より一足早く行われたインターハイ予選個人戦で、秋山シゲルは6位入賞を果たした。

 本人は、「オレの階級、出場者少ないから」と謙遜していたが、上級生との体格差が大きい1年生が上位に入るのは並大抵のことではない。事実、試合終了後には地元の新聞社が秋山のもとに取材に来ていた。

 実際の試合の動画はYouTubeにも上げられており、試合翌日にはこぞって生徒たちが見ていたようだった。

 試合開始直後、襟の取り合いははたから見れば殴り合いに近い。相手に僅かでも、1ミリでも有利な場所を取らせないように、それでいてこちらは少しでもいい位置をつかめるように、最初の数秒間は手の出し合い、はたき合いになる。そのあとは相手の膝を、足首を刈り取るように蹴りつける。

 初めて柔道の試合を観たという女子の中には、「引くわあ……」という感想を漏らす者もいた。

 きれいに投げ技が決まることなど滅多になく、相手が体勢を崩そうものならすかさず押し倒して上に乗る。相手も自分も収縮してなくなってしまうくらいに、全力で締め上げ、畳に押しつけて身動きできないようにする。

 そして少なくとも10秒、できることなら25秒、主審の腕がまっすぐ上にあがるまで押さえ込む。

 それは泥臭い、文字どおりの格闘技であって、いわゆるスポーツと一線を画するところだった。

 だからマンガやアニメのように、さわやかな汗とともに一本背負いで相手を畳に叩きつける、などという場面を期待していた女子からは、「思ってたのと違う」という反応もあった。

 しかし、大半の生徒からは称賛と敬意を集め、特に女子からは多少の好意も寄せられていた。

「御木元さんてさ、秋山くんと同中おなちゅうなんでしょ?中学時代から仲良かったの?」

 教室で弁当を広げながら御木元に話しかける女子の声は、ハルユキにも聞こえていた。そしてそれはもちろん秋山の耳にも届いているはずだったが、おそらくそれは計算の上のことだった。

「うん、まあそう」

 御木元は曖昧に答えた。

 どうして同じ中学出身ということと、仲が良いということが同義のように語られるのか。

 御木元としては秋山に対して特別な想いを抱いたことはなく、こうしてまわりが騒がしくなるのはうっとうしいばかりだった。

「中学のときから強かったの?」

「うん、そうだね」

 高校に入っていきなり活躍できるほどだ。中学時代にだってその名は広く知られていた。しかし御木元は柔道にも秋山にも興味はなかったし、3年生のときに同じクラスだったという以外にたいした接点はない。

——ていうか、眼中になかったと思うけど……。

 眼中になかったのは、秋山のことではない。秋山から見た自分のことだ。

 入学初日に秋山自身がいっていたように、片や高校からスカウトが来るくらいのスポーツマン、片やわたしは……。

「じゃあ、結構モテてたりした?」

 御木元は心の中でため息をついた。

——なんですぐそうなるのよ、この恋愛脳。

 それでもそんなことは、表情には出さない。

「どうかな。あんまりそういう話聞かなかったけど」

「そうなんだ。じゃあ、彼女とかいない感じ?」

 聞こえよがしなその言葉に、御木元は心底うんざりした。

——そんなの直接本人に訊けばいいじゃない。

 みんなそうやって安全策をとろうとする。

 真正面から告白してフラれるのが怖いから、遠巻きに眺めながら、チャンスが転がり込んでこないかと狙っている。

 あわよくば秋山くんの方から告ってくれないかしら……。

 そういう狡さが、御木元は嫌いだった。

 自分から行動を起こせば、その責任は自分にある。責任を負うのが嫌だから、不可抗力のように、自然にそうなったかのように、事態を持っていこうとする。流れを作ろうとする。

「さあ、いないんじゃない?」

 そう答えたのは、その女子の意図するところがわかっていたからだ。

 要するに彼女は、「あなたは秋山くんの彼女じゃないわよね?」といいたいのだ。

 そんなこと、あるわけがない。御木元にしてみれば、秋山が自分の名前を覚えていたことすら驚きに値するのだ。

 御木元の答えに満足したように、目の前の女子はサンドイッチにかぶりついた。

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