エピローグ
どこにでもいる高校生だった俺が世界を救った。
こんな話、誰かにしても、きっと信じないだろう。
ましてやマンガみたいに、一度死んだ後に生き返ったというのだから、なおさらだ。
なにより俺自身が思い返してみて、ここ一週間のことは全て夢で、俺にとって都合のいい妄想だったのじゃないかという気がしてくるのだ。
それでも翌日、学校に行くため玄関を出た俺を、つばめが家の前で待っているをの見た時、それがまぎれもない現実だったことを再確認させられる思いがした。
「おはよー」
つばめが言った。あれから何が起きたかは、つばめから事情を聞かされて、ようやく理解できた。どうやら俺が死なずにすんだのは、あのふざけた天使のお姉さんの置き土産だったらしい。なんだかんだいって、あの試練がなければ、交通事故で死ぬ運命だったことを考えれば、感謝するべきなのだろう。それを認めるのははなはだ癪ではあるが、そうなれば、つばめへの気持ちだって未整理のまま終わっていたに違いないのだ。
「おはよう」
俺はどぎまぎして答えた。しかし、だからといって急に変わってしまった俺たちの関係をどう受け止めていいか、俺は、まだ心の準備ができていなかった。
「今日も途中まで一緒に学校に行こう」
つばめが言った。
それは彼氏に対する提案として、ごく自然なものだっただろう。昨日のことで、俺達は晴れて幼馴染から恋人同士となったのだ。
ただ俺は未だに夢の続きをみているような気分だった。
昨日の告白はどさくさまぎれのものだった。つばめだって自分が死ぬと思っていたから、人生の最後に恋人くらいは作っておきたいと、告白を受け入れてくれた可能性だってある。
好きな人と両想いになれるなんてことが、俺の人生に起こり得るなんて信じがたかった。
今だって緊張しているのは俺だけで、つばめはいつものように俺をからかっているだけかもしれない。次の瞬間には、冗談だったとネタばらしをされてもおかしくないのだ。
「どうしたの?」
つばめが怪訝そうに言った。
「……色々と恥ずかしいんだよ」
俺はつばめの隣に並ぶと、率直な言葉を口にした。
「なんでよ。昨日はあんなに素直だったのに」
するとつばめも不満を態度に表した。俺は、はあと盛大に溜息を吐いた。それから、学校に向かって、とぼとぼと歩き出す。
「あれは……。もうつばめと顔を合わすことはできないと思っていたからだよ」
「いいじゃん。なら、それが素直な気持ちだったってことでしょう?」
つばめは自転車を押しながら、唇をとがらせた。
「だから恥ずかしいんだよ」
「ほら、そんなこと言ってるから!」
「なにが――?」
俺は首を傾げた。
「だから……その。あたしがどれだけ待たされたと思ってるの」
「なんでつばめが待つんだよ」
「なんで……って――」
つばめは絶句したように頭を抱える。それをみて俺はデジャブに襲われる。そういえば、この一週間、こういうつばめの人をじらすような態度に、どれだけ心労を重ねたことか。
「つばめ。ずっと思っていたこと、あえて言わせてもらうけどさ。言いたいことがあるならはっきり言わないと。そうじゃないと、ちゃんと相手に伝わらないんだからな」
すると、つばめはまるで幽霊をみたかのように、息を飲んだ。
「な、ナオちゃんが……。それ、言っちゃうの――?」
「どういうことだよ」
「……い、嫌だ。あたし、これからも絶対、確実に、ずっと苦労するんだ――!」
なんだかよくわからないが、それが俺に対する誹謗であることだけはわかる。俺がなにか言い返そうかと考えたその時だった。十字路の交差路から、自動車が一時停止もせずに横断してきた。
「危ない――!」
俺は反射的につばめを引き寄せた。自転車が転がり、その鼻先をかすめるように車は走り去っていく。車内がチラリとみえたが、報道ワッペンをつけたカメラマンが乗っていた。向かった方角からして、隕石の墜落現場に行くのではないだろうか。
もうすっかりニュースバリューをなくしたと思っていたが、もしかしたらこのタイミングで、なにか新しい視点からの検証をするつもりかもしれない。
俺たちは車が走り去った後も、しばらく身を寄せ合っていた。せっかく交通事故で死ぬ運命を回避できたというのに、ここでまた事故に遭ってしまっては笑い話にもならないだろう。
だけど――と、俺は思った。
あるいは、そういうものなのかもしれない。普段は特別に意識することがないだけで、この世界は神様の気まぐれで壊れてしまうほどに脆いものだし、俺たちだって次の瞬間には死んでしまう身でないとは限らないのだ。
だとすれば、つまらない後悔を繰り返さないように、明日世界が終わってもいいように、今この瞬間を大事に生きていくしかない。人生には、格好つけている余裕なんてないのだ。
俺は胸のなかにいるつばめに視線を落とした。つばめは俺を見上げていたが、言葉を発することもなく、しばらく見つめ合った。
俺にとって一番大事なこと。それは今この瞬間、ここにあるものだ。
俺が頬に手を寄せると、すぐにその意味を察したのだろう。つばめはそれに応えるように、そっと目を閉じた。
白昼の往来で何しているんだって――?
そんなの知るもんか。この世界は俺たちが救ったのだから、これくらいは許されたっていい。
俺はゆっくりとつばめに顔を寄せる。
たとえ世界が終わらなくても、幼馴染はもうじらさなかった――。
(終)
〇
これにて本編は終了です。
ここまで読んで頂き、まことにありがとうございました。
明日からは番外編として後日談エピソードを更新します。
番外編1 2/22、23
番外編2 2/24
よろしければ、こちらもお楽しみいただけると嬉しいです。
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